(んんー…ちょーっと早まったかなぁ)
勢いよく家をでた名前だったが、歩きながらふと気が付いた。
以前、奥州まで行ったのは魔法使いの用意した天馬がひく、所謂空飛ぶ馬車だったのだが。
(瀬戸内から徒歩で奥州って…!)
どんだけ遠いんだ、と一人ノリ突っ込みをする名前。急がなければ、自分以外の誰かが王子の元へ行ってしまう。靴のサイズが特別大きい訳でも小さい訳でもないから、他人でも履いてみたらピッタリでした、なんてことが有り得るのだ。
しかし馬車に乗るにしてもお金がない。どうしたものか、名前が思案している時だった。
「……………」
「小太郎っ……って、どしたのその格好」
黒い羽根を撒き散らせながら現れたのは紛れもなく小太郎なのだが。見慣れない服装に名前も思わず怪訝な表情になる。
そんな名前にはお構いなしに、小太郎は名前の前でしゃがみこむ。
「…?なんの真似?」
「……………おぶる」
ぽつり、聞こえた小太郎の声にちょうど疲れたからラッキー、なんて浅はかな考えで小太郎の背に乗った。
「掴まって、」
「え?っ、ぅぎょわぁぁぁぁぁぁ!?」
名前を乗せた瞬間、小太郎は目に止まらぬ早さで走り出した。木々を渡り、風を切り進んでいく。助走をつけてぴょい、と軽々木に跳び移る。
「ちょ!落ちる!小太郎落ちるってぇぇぇぇえ!!」
背中でぎゃあぎゃあ喚く名前は華麗に無視。ただ、今は一刻も早く名前を白石城へ連れていく。小太郎の頭にはそのことしかなかった。
そして、数刻後。
「ぐぁっ、もう無理気持ち悪い…」
物凄いスピードで白石城へ到着。ここは正しく城門だった。
小太郎の背からズルズルと崩れ落ちるように下りた名前はぺたり、その場にしゃがみこんだ。
「ああー…疲れた……」
ここが城門だと言うことも気にせずに、地べたへ寝転がる。一呼吸ついて空を見上げれば、雲ひとつない青空が広がっていた。
「随分遅かったじゃねぇか?名前」
「あ?」
仰向けのまま声のした方へ視線を向ければ、そこには。
「っ!!!!王子さま!」
ダンスパーリィでぶちギレ、何とも不思議な色香を放っていた小十郎が立っていた。
きらきらと目を輝かせ、両手を胸の前で組んでいる乙女モード全開な名前に、小十郎は思わず苦笑する。
(っっっくぁぁぁぁぁ!!いま鼻で笑った!やべぇ堪らん…!)
心の中で悶える名前の目に、ふとあるものが映る。
「あ、あれ……」
そこにあったのは、ダンスパーリィの日に名前が脱ぎ捨てたガラスの靴だった。ここにある、ということは、いままさに王子は靴の持ち主を探しに行くところだったのだろうか。
「ん?あぁ、あれか。持ち主がなかなか現れねぇからいらないのかと思っていたが」
「え?血眼になって探してたんじゃ…?」
「あぁ、そういう噂を流させた。仮にも一国の王子にそんなことをさせていると知れば、どんな物臭だろうと取りに来ると踏んでな」
「あっ、そ…」
「だが…」
噂に騙された、と凹む名前を小十郎はまるでそこから救いあげるように立ち上がらせる。
「わっ!?」
「待ちくたびれたぜ?名前…」
「え、え?」
急に立たされた反動で前のめりになった名前をしっかり抱き締めて、その耳元で囁く。
「お前のようなじゃじゃ馬は、調教し甲斐がありそうだ」
(……はうぅ、)
その声の色っぽさに脳髄が痺れてしまって、小十郎の問題発言は頭に入らなかった。
(なんかよく分からんけど幸せー…)
ただ、憧れの王子に抱き締められているという事実が名前の胸を穏やかな気持ちで満たしていた。
END