「じゃ、あとは任せたぜ名前」
「え、は、ちょっと!」
あとは野となれ山となれ、な政宗は名前を置いて立ち去ろうとしたのだが。
「政宗様」
そうは問屋がおろさない。背を向け逃げ出す一歩手前の政宗は己の肩に置かれた手によってピタリと動きを止めた。
「どこへ行かれるのです」
そう訊いた瞬間の声と表情とオーラがまったく噛み合ってない。ちらりと小十郎の方をみてしまった名前は自分の軽率ぶりを激しく後悔した。
(やっべぇーもうすべてが素敵すぎる…!)
まったくもって恋する乙女心とは不可思議なものである。政宗などは独眼竜なんて異名があるくせに小十郎の恐ろしさ故動くことすらできないでいるのだ。物陰からひそかに成り行きを見守る観衆をみても、小十郎が男前過ぎて直視できないとか、その御目に映ることが憚られて身を隠しているとかそんな理由でないことは一目瞭然である。
しばらくは小十郎の怒声をうっとり聞いていた名前だが、ハッと気が付いた。
(この男前、ここで落とさずいつ落とすよ!)
そうなのだ。せっかく変な魔法使いやら腹立たしい馬にノリの軽い御者たちにここまで連れて来てもらったのだ。いまこのときに何か事を起こさなくては『物語』は進まない。
「あ、あのー…」
「大体政宗様は…」
無視。
「…あの、すいませーん」
「何度言えば分かるんです。いい加減王子としての自覚というものを…」
「Stop!それを言うならお前もだ小十郎。同じ一国の王子であるお前がなぜそこまで俺を敬う必要がある」
さらに無視。
「ねぇってばぁー」
「政宗様。都合が悪くなると話を逸らそうとするのはお止めください」
「人聞き悪いこと言うなよ小十郎」
プチン、と何かが切れた。
言わずもがな、名前の堪忍袋の緒が切れた音なのだが。
「てめーらさっきから聞いてりゃ鬱陶しい!他国の王子に説教なんてナンセンス。ンなにビービー言わなくても善政で評判だからいいじゃん」
「なっ…!」
「Ha!アンタ、なかなか分かってるじゃねぇか。もっと言ってやれよ」
「じゃあ言わせてもらうけど。他国から心配されてどうするってんのよこのスカポンタンが。大体文語でパーリィって何よパーリィって。口語と文語の使い分けぐらいできないわけ?外国の文化勉強する前に日本のこと一から学び直した方がいんじゃね?」
「…………………」
「…………………」
「あーすっきり」
なんかもう、色々と立ち直れない政宗と小十郎。そしてやけに晴れやかなイイ笑顔の名前なのであった。
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