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「ん、んんッ!」

こそこそと元就のたちの背後まで進み、わざとらしく咳をする。

「ごきげんよう、皆さま方?お久しぶりですわね?」

「「「!!!!!!」」」

「Hum,知り合いか?」


にっこりと綺麗な微笑みを浮かべて普段使わない上品な言葉で挨拶をする名前。それだけで元就たちは『ヤバい』と直感した。
それもその筈。名前を無理やり縛り付け、家に置いてきたのだ。どう考えてもこの場にいる訳がない、にも関わらず、名前はすぐ目の前に居る。



「お、おおお、おまッ、なんでこ、こんなとこに居んだよ?」

パニック代表、元親が口をパクパクさせながら訊ねる。周囲の目などお構い無しだ。


「あら嫌だわお兄様ったら。招待状は私宛に来たんですもの。参加しなければ我が家の威光に関わりますでしょう?」

「お、おにいさまッ……!?」


うふふ、と裏声で上品に笑って口元を隠す名前。異例のお兄様発言にピクピクと頬がひきつっている元親も眼中にない。


「本日のご招待、誠にありがとうございます。もしよろしければ、御一曲…」


淑やかぶりながらも強かな名前は、是が非でも王子さまと踊ってやろうと目論んでいた。

しかし。

「Sorry,アンタが噂の名前なら、ダンスの相手は俺じゃねぇ」

「え?」


そんな名前の思惑は呆気なく裏切られた。

どういうことか、名前が訊ねようとした瞬間だった。






「政宗様ァァァッ!」


突如響いた怒号の一喝で、辺りはしん、と静まり返った。人々のざわめきも、優雅な管弦楽も、すべて。

皆が息を詰めて見守る中、この男だけはまるでそうなることが分かっていたかのようにニヤリと笑った。


「Hey!小十郎、ご苦労だったな」

その言葉にプツンと何かが切れた音がした。


「…………ここで何を、していらっしゃるのです」

「Ah-??見てわかんねぇのか?It'sダンスパーリィ!」

「ほぅ…では最北端での一揆衆鎮圧命令は……」

「Yes,お前がここに居ちゃ準備ができねぇからな。大事なのはサプライズ、アンタもそう思うだろ?名前」

「わっ、私か!知らねぇし話振んな!」


名前も大事なのは我が身。よく分からない話の流れで小十郎という男の怒りを買うのは御免だった。


しかしそんな名前の願いも虚しく、小十郎の纏う空気がより一層不機嫌なものになっていく。
辺りの空気はバチバチと帯電し、いつの間にか巻き込まれたくない人々はさっさと隅へ隠れている。

遅れてなるものかと名前も慌てて隠れようとするのだが。



「Ha!アンタが隠れてどうするんだよ」

名前の腕を掴んで放さず己の盾にしようとする政宗。

「や、私関係ないし!ちょ、てめーら私を見捨てて隠れやがって…!」

身の危険を感じ慌てて元就たちに助けを請う名前だが、彼らはすでにだいぶ離れた場所にいた。

「俺らぶっちゃけ招待されてねぇし、外で待っててやっからよ!」

「フン…精々励むが良い」

威勢がいいのは口だけか、と心の中で毒づいて。


「ちっ…薄情者どもめ…小太郎!」


もとい、しっかりと毒を吐いて最後の頼みの綱、小太郎の名を呼ぶ。


「……、…(フルフル)」


が、振られる。

これも日頃の行いによるものなのだろう。名前は恨めしそうに小太郎を睨みつけた。


「余所見してる隙はないみたいだぜ?」

音程差のある口笛の後に呟かれた声が、焦りを滲ませていて慌てて名前も振り向いた。


「ちょ、え、どうするつもり?」

「俺に任せろ」


政宗が何をするか分からないが、どうやら策があるらしい。
名前は半信半疑だったが、その策で小十郎の機嫌が直ると信じるしかなかった。



「黙って聞いてりゃごちゃごちゃと…」

バチリ、一際大きな火花が弾ける。その勢いで、小十郎の綺麗に纏めあげたオールバックがはらりと乱れた。

「う、わ…!」

その不思議な色香に名前は思わず口を押さえて小さなため息を溢した。
そんな名前を見て政宗はまたニヤリと笑う。

「惚れたか?」

「惚れた、かも」


ごくりと生唾を飲み込んで、ただひたすらに小十郎を見つめる名前。
惚っと半ば放心でとろとろに蕩けそうな視線だった。いまの名前になら、きっと何を頼んでも怒られないだろう。


「アンタが小十郎を止めてこい」

「は?」

「名前、お前の愛が小十郎を鎮めるはずだ」

「私の愛が…?」


平素ならここで胡散臭ぇ、と一蹴する名前なのだが。


「わかった、やってみる!」



愛に浮かされた乙女は時として何をしでかすか分からない。
この時の名前は、まさにそんな…恋する乙女だった。






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