主の命は絶対。
だから従わなければならない。例え、己の意思に反する命令だったとしても。
「小太郎」
有無を言わさぬ響きを持って。否、初めから有無など存在しないのだが。
「逝かせて?」
紡がれるのはそんな言の葉。
何が彼女にそうさせるのだろう。なんて、らしくもない。
ただ主の命を忠実に実行するのみ。それが忍の本業。
「だって、いつどこの誰に殺されるかも分からない。いつも気を張りつめているのに…疲れたの」
ぽつりそう呟いて笑った名前は、泣いていた。
目に見えないものだからこそ、分かることがある。閉ざされた闇の中で、懸命に叫び続ける声の存在。
にっこり笑っていながら、心の中では泣いている。だから、見えない筈の涙が見えた。
涙は普通、しょっぱいものだけれど、名前の見えない滴もそうだろうか。
単純にそんな風思って、ぺろっと頬を舐める。
甘い香が鼻腔をくすぐった程度で味はしなかった。
「違う…違うよ小太郎……!」
『辛いの、本当はとても怖いの』
「殺してって、言ってるじゃない…」
『だけどそんなこと言えないの。だから……』
「殺してくれないなら放っといてよ…」
『独りにしないで。傍にいて』
目に見えるものがすべてじゃない。
言葉にすることがすべてじゃない。
底知れぬ、深い心の奥で叫ぶ声に気付いた時から、貴女がとても愛しい。
「小太郎、」
今日も俺を呼ぶその声が。
「ねぇ、小太郎。お願い」
自らの意思に反する命令を下す。
他の誰かに奪われるくらいなら、いっそ己の手で、と思わないこともないのだが。
「お願いだから、私を逝かせて頂戴…」
それでも俺は、貴女に生きていてほしいと願う。
だって名前。俺は一度だって貴女が笑っているところを感じたことがない。
END