戦に勝って勝負に負けて
「やれ、ぬしは何を欲するか」

「はい?」

しゅるしゅると包帯を靡かせながら移動してきた吉継の突然の問いに、名前はちょん、と小首を傾げた。

「いやなに、何を欲しがって騒いでいるのかと訊いておるのよ」

さっきまでノリノリダンスパーリィしてたあなたに言われたくない、と名前が突っ込まないのには理由がある。そこまで考えるだけの力を使い果たしたのだ。主に酒のせいで。つまり酔っ払っている。

「そうですねぇ、わたしが欲しいものは…」

腕を組んでウンウン唸り首を左右にゆさゆさと。そうして名前が導きだした答えは。

「わたしは愛が欲しい、です」

少し顎を引いて上目遣いで、唇は弧を描いた薄い笑み。もしかしたら本人はあざといぶりっこのつもりかもしれないが、その顔はまるで吉継が悪巧みをしているときのような。彼流に言えば、蒔いていた不吉の種が芽吹いてきたような、そんなときにするような、所謂イイ微笑みであった。

「…あい?(情愛のことか?そのような顔で?それとも鮎の聞き間違えか?われの口癖の真似か?)」

「そうですよー。わたしは大谷さんの、愛が欲しいですねぇ」

「ヒィィっ!?」

しゅるりと舞う包帯の端を捕まえて名前は今度こそニヤリと悪どい顔で笑った。

「さぁ、逃がしませんよ…?」

グイグイ引っ張る包帯のせいで輿から引き摺り降ろされる。じりじり迫る名前と後退する吉継。普段から弱い足は酒の力でますます弱っている。おまけに婆裟羅も先ほどの宴会芸ですっかり消費してしまった。視界に映るのは神水ではない、つまり役に立たない酒ばかり。

「ま、まァ待て名前。そう焦るものでもなかろ」

ずりずり下がりながら吉継は必死で三成を探した。この状況で名前を止められるのはもはや三成しかいない。そう判断して視界の隅に彼を捉えた、のだが。

「パイパ〜イ」

「………(三成っ!ぬしは、ぬしは…!)」

まだやっていた。
秀吉の目の前、何故か一人でダンスパーリィを続ける三成に思わず力が抜ける。その隙を名前が見逃す筈もなく。

「あらー?大谷さん、浮気はダメですよ?そんなことしてるからホラ」

「……っ!」

「捕まえた、ってね?」

ぐいっと思いきり引っ張られ、ハッと気がついた時にはもうすでに名前に囚われていた。

「大谷さんから愛を奪ってやりますよ!!はっはっはっ!」

後ろからぎゅうぎゅう抱きつかれながら溜め息ひとつ。

「……はぁ(夢いっぱいなおっぱいとは如何様なものか)」

着物だからだろうが、これではまるで布団がへばりついてきたような。人肌に温められた心地よい布団、これはもう寝るしかないのかと思ったり思わなかったりしたそうな。





シュプレヒコール



へばりついた布の塊と一緒にふくり、と肩に何かが乗った。これは何ぞと思う間もなく。

「大谷さん温かい。アルコール効果ってヤツですかいコノヤロー」

耳元で呟かれた名前の声に肩に乗ったのは彼女の顎だと理解する。温かいを連呼しながら吉継の肩の上でうりうりと顔を擦る。

「名前…ぬしは何をしておるのだ」

「えー?だからぁ、大谷さんから愛を貰ってるんじゃないですかー」

「われから?」

「ぬしから」

「…われの真似事をするでない。混乱するであろ」

誰が、とツッコミをくれる人材も今はいない。えー、とぶーたれる名前に溜め息を吐きつつ。

「…餅のようよな」

何が、と名前が問うより早く吉継がくるりと振り向き彼女の頬に手をかけた。両手で触れた、包帯越しにも分かるその柔らかさをむにむにと。

「へ?ちょ、ひたいんれすけど」

「なに、情愛が欲しいのであろ?愛よアイ。われの夢はこれでよい」

「はぁ…?」

大して伸びる筈もない頬を伸ばされたりつねられたり、アルコールの力をもってしてでもやはり吉継には敵わないと名前は改めて実感した。




END


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