「世の中のすべての女性のために言っておきますが、夢いっぱいなおっぱいしてる人なんてそういませんよ。あれは男性の勝手な妄想に過ぎません」
杯に注がれた酒をずずっと飲み、ケッと唾でも吐きそうな勢いで名前は愚痴る。
「そんな極稀な人種と比べられるその他大勢の気持ちにもなってほしいもんですよ、まったく。そう思いません?片倉さん」
「なぜ俺に振る。だが、まぁ…そこまで気になるもんか?」
「あんなん歌われて気にしない方が変でしょ!?ちくしょー、このままではわたしの気が済まない…どう落とし前つけさせてくれるか…」
ブツブツと呟く名前の声が低く、またその内容が不穏なものに変わりつつあることに気がついた小十郎は彼女の周りをそっと窺い、そして静かに目を伏せた。秀吉と同じく、彼女の周りにもいくつかの空の酒瓶が転がっていたからだ。つまり、名前も結構酔っている。
「くそっ…まずいな…」
現状を打破するにはまずどうするべきか。とりあえずは。
「………(気付け竹中この野郎。てめぇの部下の管理ぐらいきっちりしろ!)」
思いきりガンを飛ばしてみる、とそこはさすが戦国一の天才軍師。なんと気がついた。
「おや、片倉くん。どうしたんだい?もう豊臣に与する決心がついたのかな?」
「アホかてめぇは。どこに君主の目の前でそんな宣言をするヤツがいる。それより名前の、おい、名前?」
半兵衛の誘いを華麗にスルー、できずにしっかり突っ込み本題の名前について触れようとしたが、肝心の本人がいない。どこに行きやがった、と視線を巡らせれば。
「Ha…俺を束縛するつもりか名前?俺の女房を気取るにはまだ必要な手順をこなしてないぜ?」
「ぶっ、はッ!に、似てない…ぷっ、しかも女房て似合わん…!はははっ」
「Ah−?お前が言えっつったんだろうが。じゃあ次どうする?」
「……」
「……政宗くん、全然気付いてないみたいだけど」
いいの、アレ。言外にそう促せば、というか半兵衛が促すまでもなくブチっと何かがキレる音がした。
「…ふっ、てめぇにも聞こえたか?緒の切れた音がなぁッ!政宗様ァァっ!」
「ふふっ、片倉くんも大変だ。ねぇ秀吉」
「ッ!?」
半兵衛は気付いていない。彼が今しがた秀吉だと思って気安く話しかけたのは後世、豊臣に二兵衛ありと語られる軍師の片割れ、黒田官兵衛だということに。普段ならどこをどう取り違えても間違えようのない人物同士なのだが。やはり、天才軍師も相当酔っ払っているらしい。
END