「申し訳ありません!私は…!」
「あの、とりあえず落ち着けば?」
あられもない姿を見られて泣きたいのはこっちだろ!男なんだからシャキッとしろ!
などとは到底言えなかった。ともすれば自らを斬滅しそうな勢いで謝ったかと思えば真っ赤になったり泣きそうに声を詰まらせたり。眺めている分には面白いのだが、このままでは拉致があかない。
「あのさ、さっきも言ってたけど…わたしのこと、知ってるの?」
思い切ってそう訊いて、すぐに後悔する。目の前の彼がざっくりと…見て分かるほどに傷ついた顔をしたから。
「姫様、は…私のことを、お忘れですか…?」
聞いている方が気の毒になるほどの声音だった。小さく掠れた声を必死に絞り出したような、泣き出したいのを無理矢理堪えているようにも聞こえる。
やばい、困った。今にも泣きそうな大の男に何を言ってやればいいのだろう。選択を誤れば、何もかも崩壊してしまいそうな彼の世界が見えるような気がした。
「あなたは、石田三成、でしょ?」
「…はい」
「そのことは知ってるけど、わたしはあなたと今日初めて会ったの。わたしの名前は確かに姫だけど…あなたの知ってる人とは違うんじゃないかな」
「…名前も、姿形も同じなのに、姫様ではないと、そう仰るのですか…」
俯いたままボソボソと呟く彼の表情はこちらからは見えない。けれど、事態はあまり芳しくない方向に進んでいることだけは分かる。
「うーん…必ずしも違うとは言えないのかも知れないね。顔をあげて、周りを見てみて」
その言葉にゆっくりと顔をあげた彼の表情はやはり暗い。
「ここにある…例えば電気とか、パソコン。こんなものは、あなたの身の回りにもあった?」
「いえ、」
「そっか。これはね、特別わたしだから持ってるっていうものではなくて、いまのご時世なら大抵の人は持ってるの。逆に、それ」
言いながら刀に視線を送り、再び彼に視線を戻す。
「刀とか…刃物っていうか…そういうものは、普通は持ってないの。基本的に平和だから、戦なんていうのもないしね」
「そう、ですか…」
彼はそう呟いたきり押し黙ってしまう。伝わっていればいいけれど、どこまでこの状況を飲み込めたのかさっぱり分からない。
「…半兵衛様亡き後、秀吉様と姫様のことを頼まれ結局果たせず…」
独り言をボソボソ呟きながらゆらりと立ち上がった彼を見守る。見守る、というより彼の陰鬱なオーラに気圧されて動けなかった。
「秀吉様…私は…」
「三成…何を、」
「姫様が私を必要ないと言うのであれば、私がここにいる理由はありません」
三成の言葉を聞きながら、違和感を覚える。あまりにも覇気がない。ゲームをプレイしていないにも関わらず彼のことを知っていたのはあまりにも印象的な、絶叫。
そうだ、彼は家康のことを口にしていない。復讐のためだけに生きている、そんな印象だったのに。
「待って」
深く考える間もなく三成を呼び止めていた。これから先どうするか、なんてことは本当に考えてなくて。
「ここを出てどこに行くって言うの?さっきも言ったけど、ここは多分、あなたが今まで生きてきた世界とはまったく違う場所」
本当は、踏み込んじゃいけない部分なのかもしれない。深く関わったらいけないのかもしれない。
「ねぇ、行く当てがないなら…ここにいたらどう、かな?」
だとしても、彼をこのまま見捨てるわけにはいかない。自分の中の何かがそう、強く訴えていた。
END