謝罪を吐き溢す器が無い
疲れたときはゆっくりと湯船に浸かりたい。身体を温めて血行がよくなると浮腫みも多少改善される。淡く色づいたライラック色のお湯にほんのり漂うラベンダーの薫り。鼻が慣れると匂いが薄まった気がするけれど、頭からお湯をかぶるとたちまち柔らかな薫りに包まれる。
身体を休めるためにも穏やかなバスタイムを過ごしていた、ハズだった。ほんの、数分前までは。

「退け!邪魔をするなっ!」

突然現れた細長い何かと、鋭い男の怒鳴り声。そろ、と視線を動かすと確かめるまでもなく、その細長いものは金属性の所謂剣、あるいは刀。そしてそれは自然にぶら下がっているでも空中で浮かんでいるでもない。誰かがこの刃物を持って背後にいるのだ。この状況下、とりあえず一般人のまともな思考回路を停止させるだけの迫力はあった。

「ここは…!?おい、」

心臓は煩いぐらいにバクバクと音を立てている。いっそこのまま、心臓発作か心臓停止か。何でもいいから一瞬で苦しまずに消えてしまいたい。そう、思えるほどには現地逃避してしまっていた。

「おい!」

緊張と恐怖とでガチガチに固まっていた身体では抵抗することも叶わず、ぐっと掴まれた肩からくるりと身体が回転して。

「っ、」

対面して息を飲んだのはさてどちらだったか。無言で見つめ合っていた時間はそんなに長くはなかった。
がしゃっと音を立てて男の手から刃物が落ちる。そして。

「姫様…?」

囁くような声を耳が拾ったのは、きっと自分に関わる単語だったから。目の前の人物をまじまじと見つめて考える。まったく見知らぬ人物、というわけではなかった。
甲冑に刀という時代錯誤な服装、白銀の髪の毛、そしてなんと言ってもあの特徴的な前髪。どこをどう見ても、あの三成にしか見えないわけだが、なぜ彼が自分を知っているのか。何が起こっているのかさっぱり分からない、が。

「…っ!も、申し訳ありません!」

突然大声をあげてぐるりと勢いよく背を向けた彼を不審に思ったのは一瞬。冬でもないのにぶるりと震え、その事実を認識するのに時間がかかった。
つい先程までは入浴中だったわけで、何を考えるでもなく部屋着を着ようとしたところに三成が現れた、ということは。とどのつまり、素っ裸で対面してしまった、ということだ。



END


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