「っ!」
荒い呼吸とともに覚醒した意識が今まで見ていた光景と、いま目の前に映る現実の差異に暫し戸惑う。
何度か意識的に息を吐き出して理解する。夢を、見ていたのだ。アレは夢だった。現実ではない。頭の中ではそう、理解できるのに胸騒ぎが治まらない。
再び床に就くことなどできる筈もないが、この夜更けに主君を訪ねるわけにもいかない。ましてや、女人である姫様の室になど。そう考えつつも、結局足は姫様の休む部屋へと向かってしまう。
部屋の前へ辿り着いて、そこで漸く息を吐く。お会いしなければ完全に、とは言えないが、部屋の中の気配は大阪城によく馴染んだ姫様のものだった。
*
朝、いつもと同じように目覚め布団の中で微睡んでいると、外から女中の声が聞こえた。入室を許可した際にちらりと人影が見えた気がしたが、気のせいだろうか。
「姫様、石田様がいらっしゃって御出です」
「三成が?ありがとう、少し整えたらそれで構いません。通して」
と、なると先ほどの人影は彼なのだろう。こんな朝早くからどうしたと言うのだろう。不思議に思いながら女中を下がらせ、三成を招き入れる。
「姫、様…」
私の名前を呟いたきり、後が続かない。頭を下げたままの彼を見ていれば肩が小さく震えていた。
「三成、どうしたのです?」
「いえ…姫様の無事を確認できれば、」
「三成。あなたいつから此処にいるの」
過保護、心配性とでも言えばいいのか、彼のそれは今に始まったことではない。けれど今日はどこか様子がおかしい。
「…昨夜より待機しております」
「それは、何故。平素より、身を休めることは心身を鍛えることと同義だと、半兵衛殿から聞いています。その理由、私から重ねて言わずとも分かるでしょう」
「っ、申し訳、ありません…」
謝罪の言葉を口にし押し黙ってしまった三成に思わず溜め息が漏れる。食事、睡眠を疎かにする彼が、また理由不明の徹夜をしたならば半兵衛殿からもお叱りを受けるだろう。
さて、どうしたものか。
「……夢を、見たのです」
沈黙を破ったのは三成だった。
「夢?」
「起こり得ない、妄想です…!秀吉様が討たれ、半兵衛様が倒れるなどッ、」
兄上が、討たれる。
確かに起こり得ないが、それでどうして三成がここに来たのかが分かった気がした。
「それで私の身を案じて?」
夢を思い出したのか、それとも感情が昂ってなのかは分からないが、溢れる涙を拭って頷く三成に苦笑が漏れる。
「それならば、責任の半分は私にもありますね」
そう呟いた私の言葉に、ハッと顔を上げた三成と目が合う。
「こちらへ来て、少し、お休みなさい。半兵衛殿には話をしておくから、兄上もお許しくださるでしょう」
「いえ、私はっ…」
「三成。私の計らいに不満でも?」
「…いえ、そのようなことは」
少し強引かとも思ったが、これぐらいでなければ彼の意志は折れない。
いまだ自分からは動けずにいる三成のもとへ足を運び、両手で頭を抱きかかえる。
「眠りなさい。私がそれを許可します」
「はっ…」
彼の悪夢が現実とならぬように、私にはこれぐらいしかできないのだから。
END