パソコンを立ち上げつつ、電源を入れるところから文字入力までざっくり説明する。
「ここをこうすると…ほら、漢字になったでしょ?こんな風に文章を打っていくの」
とりあえずテキストが打てるようになればいいので、それ以上のことは教えない。パソコンをそれなりに使えるようになれば、これから三成がしようとする仕事はかなり楽になる。むしろ、パソコンが使えなければ仕事にならないのだ、テープ起こしというものは。
「あ、じゃあUSB郵送…するのは、怖いですね。えっいいんですか?じゃあそれで。はい、こちらこそよろしくお願いします」
三成がパソコンを使い始めて数日後。姫は彼に仕事を頼むべく、連絡をとっていた。
相手は姫が卒業した大学の後輩だ。卒業後、在学生とほとんど関わりのない姫にとって後輩とは名ばかりで恩師の紹介がなければ会話することもないだろう。
「とりあえず、これでよし」
通話を終了してちらりと顔を向けると、三成はさほど気にした風もなく一心にパソコン操作の修練に励んでいた。
仕事の段取りはこれでよしとして、だ。姫は本当にこれでいいのかと悩んでいた。仕事に打ち込むことが三成のためになるのだろうか。そしてそれは巡り回ってあるひとつの問に還る。心にポッカリと空いた穴をどうすれば埋めることができるのだろう、と。
自分のすべてを失った、奪われてしまったとしたら。彼にとってのすべてを自分たった一人で埋めることなど、できるわけがないと姫自身わかっている。それでも何とかしたい、あるいは何とかしなければならないと思っていた。この不思議な使命感はどこからくるのだろう。もしかしたら三成の言うように、前世が豊臣と関わりのあるものなのかもしれない。あるいは、ただの偽善か。
「…姫様?」
「あ、えっと、どうしたの?」
「いえ…お疲れなのではありませんか?」
「大丈夫。少しぼんやりしてただけ」
そういって笑ってみせ、姫は腕を伸ばして息を吐く。思考が固まると身体も凝る。逆もまた然り。そういったときはろくな考えが浮かばない。
「気分転換に少し歩こうかな?」
「お供します」
即答した三成に苦笑しつつ、姫は結局考えることを放棄した。
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