夢心地の現実
姫様の心地よい体温を感じながらも、ぼろぼろと零れる涙が止まらない。
目の前の人物は私の知る姫様ではないという。顔も名前も同じなのに違う人間とは俄に信じがたい話だった。私の知る姫様ではないと言うのなら、何故私に構うのか。

「いいよ、泣いちゃえ。誰も見てないしさ」

その言葉に頭をあげれば、少し困ったように眉を下げた姫と目があった。真っ黒い瞳の中に映る自分はまるで幼子のようだ。
私は一体何なのだろう。何のために、誰のために存在しているのか。そして姫様は。

「…姫様は、」

「ん?」

「姫様は、何のために生きているのですか」

喉の奥が掠れて声がでない。それでもきっと、姫様には届いた。

「何のために、か…それは難しいなぁ。哲学的な話になりそうだし…」

後から思えば、その時の私は動転していたのだろう。普段ならばそのようなことは訊いたりしない。だが、何故だかその時は姫様の考えを知りたいと思ったのだ。

「ねぇ、三成」

「はい」

「うーん…わたしもうまくは言えないんだけどね、何のために生きているか、ってみんながみんな明確な目的を持っているわけじゃないと思うの」

「そう、でしょうか」

「多分ね。じゃあ何のために生きてるのかって話なんだけど…」

そこで一旦言葉を区切って空を見上げた姫様の言葉を、ただじっと黙って待つ。

「生かされてると、思うんだよね」

「生かされている…?」

「うん。お母さんの身体から産まれ落ちた瞬間から、今現在まで、自分一人の力では到底生き抜けなかったと思うの。生きていくためには周りに頼って、頼られて…商いも一緒だよ。品物を買う人がいるから商品を売ってる。それが加工してるものなら関わる人はなお多いよね。そういう、ひとつひとつとってみたら小さなことの積み重ねが、今の自分に繋がるというか」

だが、私は秀吉さまに必要とされて生き直した。その秀吉さまを失った今、生きる意味があるのだろうか。まして、ここには私の存在を知り必要とするものなど。

「だからね、」

頬に触れたのは姫様の右手。柔らかい皮膚がじわりと熱を孕む。

「三成がここにいるのも、何か意味があると思うの」

「姫様…」

「ここに、わたしのところに来てくれてありがとう」

心の中にすとんと落ちるように姫様の言葉が染み込む。この世界で私が生きていく理由が、見つかった気がした。





END


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