滲む疑心
「…は?」

随分と間抜けな声が出た。声だけでなく、表情にも出ていたかもしれない。それもそうだろう。今日こそは日頃の鬱憤をいざ晴らさんと出陣したはいいものの、敵─…即ちヤマトタケルは不在だったのだから。しかも、なまえの守護神として冒険に出ているらしい。

「あら、その様子ではご存じなかったようですわね」

クスクスと可笑しそうに笑うのはコノハナサクヤヒメだ。なまえはいつも姫、とかサクヤ姫と呼んでいる。いや、そんなことはどうでもいい。問題は、

「彼女はあなたに嘘をついたのかしら」

「………」

沈黙は、意地だ。状況から判断するに、なまえが嘘をついたのは間違いない。ただ、それを認めるには自分の中に混在する感情を整理しなければならず、ジークフリートは静かに息を吐き出した。そうして思い起こす。少し前の、なまえとのやり取りを。



「ジーク、入っていい?」

コンコン、とノックの音に続けて控えめななまえの声が聞こえた。解放された神々はなまえと連絡がとりやすいように各々個室が与えられている。個室の前に設けられた広間には魔方陣が敷かれており、各地域別に神々は集められている。すべて、なまえの動きやすさを重視してのことらしい。魔方陣の力を借りなければ自由に移動できないとは、人間も不便なものだ。
その魔方陣のある広間から入ってきたなまえは珍しく一人だった。

「どうかしたのか」

「これ、あげる」

そう彼女が差し出したのはオリーブの木の枝だった。先には3つほどオリーブの実が生っている。所謂、貢物だ。貢物とは不思議なもので、触れるだけで故郷を彷彿とさせるイメージが広がる。見渡す限り一面の草原、くっきりとした蒼い空、漆喰の神殿に清涼な空気。

「あんまり…嬉しくない?」

「いや、いつもすまない」

故郷に想いを馳せていた意識を引き戻してなまえに感謝の意を述べる。

「ジークはギリシャの神様なんだよね?」

「ああ」

「ギリシャかぁ…一回行ってみたいなぁ。あ、魔神退治じゃなくてね、買い物とか観光とか…外国って行ったことないから」

そこまで聞いて漸く納得する。

「確かに息抜きは、必要だな」

「でしょ?」

悪戯っぽく笑ったなまえを見つめながら、ふと違和感を覚える。思えば、彼女とこんな風ゆっくりと話をするのは随分久しぶりな気がした。そして、思い当たったのは。

「今日は、あいつと一緒じゃないのか」

声が頑なになったのは、もう仕方がないと諦めた。

「あー、今日はアヌビスと一緒なんだー…って、もうそろそろ行かなきゃ。じゃ、またね」

「ああ、油断するなよ」



そうしてなまえは部屋から出ていった。その時は何も疑問に思わなかったが、そもそも一緒に居たのは本当にアヌビスだったのか。思うところはあるが、別になまえは嘘をついていたわけではなかった。しかし─…ではなぜなまえはあいつと?分からない、何もかもが。

「…訊いてみたらいいのに」

「何?」

「ふふ…お部屋で待っていてくださいな。なまえを喚び戻しますから直接訊いてみては?」

鈴を転がしたように笑うコノハナサクヤヒメの言葉に、今は大人しく従うしかないように思えた。



END


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