奪取せよ!
「違う。さっきのとこ左折」
「ありゃ、すみません…」
「目線、固まり過ぎだから。遠く見てって何回言わせるつもり?」
「…あ、はは。学習しないもんで」
「……アンタ、本当に免許取るつもりある?」
「一応…」

見なくても分かるほど盛大に吐き出される溜め息。
こっちだって、溜め息出るっちゅーの。


…あ、どうも皆さんこんにちは。
私は今車の中です。
助手席には美人な男の子。ウハウハだって?馬鹿言っちゃいけません。
この時ほど憂鬱なことはありませんよ。

何故って…彼は私の運転にいちいちケチをつけてくるからです。なんでかって?そんなの、こっちが聞きたいぐらいだ!
…って、そんなことも言えませんし。

なんてったって、彼は私の教習所の先生なのです。
文句の一つでも言おうものなら減点、という、なんとも理不尽な関係です。


「運転中の考え事、厳禁だって教わらなかった?アンタにそんな余裕があるとは思えないけど」
「しっかり習いました…」


学科を教えてくれたササライ先生を思い出して、少しだけ憂鬱な気分が晴れ…


「アンタがそれじゃ、教えた人間も浮かばれないね」

るのも束の間。
そんな風、嘲りにも似た冷たい声が聞こえるのです。

「浮かばれないって…でも確かに、ササライ先生に申し訳ないかも」


ポツリ呟いた言葉は単なる独り言のつもりでした。
なのに。





「…………………へぇ、」

助手席から伝わる温度がぐぐんと下がって。
何故だかヒヤリ、心臓を鷲掴みにされた心地がしました。
全身の血の気が引く、というのはこう言う感覚なのでしょうか。


これ以上この話題には触れない方がいい、ですよね…?かといって沈黙、は気まずいですし…

「…せ、先生?」
若干左頬が引きつるのを感じつつ、そうっと助手席を窺うのですが。


「………………」

先生は相変わらずの仏頂面。この人、何考えてるのか全く読めません。
私、何かマズイことでも言ったでしょうか。正面きってそんなことを聞く勇気もなく。


だけど次に進む道が分からなくて、結局声をかける羽目になるのです…


「先せ「ルック」…………え?」

「アレと同じ呼び名ほど不快なものはない。むしろアレの名を口にするな、その時点で罰則」


ばっ、罰則?教習所で罰則ってなんなのでしょう。
大体なんでいきなりそんなこと。

「ちなみに。アレと挨拶しても目を合わしても罰則だから」

んな阿呆な。にっこり穏やかに微笑むササライ先生にいつも癒されてきたのに。
ああ、これからは誰に癒しを求めればいいのでしょう。こんなの、横暴です。

私は落ち込む気分を感じながら、適当に場内を運転していました。

「次、3番目のポールで駐車」

外周をぐるぐると回っていて、漸く出された指示なのですが。

「前、誰もいませんけど…3番目でいいんですか」
「いいよ」

確か、誰もいなければ前から詰めて駐車するのだとフリック先生に教わったのですが…罰則は嫌なので先生、もといルックさんに従います。


「左に寄って…っと。これでいいですか?」
「前後左右、安全の確認は?」
「えーっと…大丈夫です、誰もいません」
「誰も?」

やけに念入りに聞くなぁ、と思って、私はもう一度目視で確認しました。
ガラス張りになっている校内から受付が見渡せる以外、特に人がいるようには思えません。
もちろん、教習車に乗って場内を走っている人はいますけど。

「えー…っと。誰もいません、安全です」

ミラーを見つつ、そう言えば。


「警音器、鳴らして」
「……………警音器?」

警音器。別名クラクション。
みだりに鳴らしてはいけないと、学科で耳が痛くなるほど言われた気がするのですが。

ちらり、ルックさんを見るも視線で早く鳴らせと促されるだけ。
あぁ、もうどうにでもなれ、です!


ありったけの力を込めて、クラクションを押せば(もしろぶったたく勢いです)車内からビビーっと煩い音。

あんまり大きな音が出たから、つい自分でもびっくりです。


「なまえ、」

助手席から突然名前を呼ばれて。
え、と思って振り向けば。

肩を掴まれて唇にふにゃっと柔らかな感触。
それはほんの一瞬のことだったのですが。


ええと、これは、つまり。

「間抜けな顔」

ルックさんに鼻で笑われたのですが、そんなこと、気にしてる場合じゃないです。だって、ものすごい至近距離…って、その前に………わ、私!
ルックさんにキスされた!?

頭の中は真っ白なのに、全身がやけに熱く感じます…!


「っわ!?」

そんなことはお構い無し、とばかりに突然ぐいっと腕を引っ張られて(いつの間にかシートベルトが外されてます!)。



気が付けば助手席のルックさんの胸の中。

「あ、あのぅ……」


おずおずと視線だけ上に向ければ、涼しい顔をしたルックさんと目があって。


「いい気味」

何が、と思っていたら顎でくいっと示されて。


「あ………」


さっきバカでかい音でクラクションを鳴らしたため、受付にいる人たちの視線はこちらに釘付けになっていて。

その中に、椅子から立ち上がってビックリしているササライ先生がいました。
ルックさん、これがやりたかったんでしょうか…

「人のモノに手を出そうなんて全くいい度胸だよ」
「私…ルックさんの物じゃないですけど……」
「は?何言ってるのさ、」


ムッと反論しようとした私の言葉は、次の瞬間見事に呑み込まれました。





「出逢った時からなまえは僕のモノだけど?」


そう言ってニヤリと笑ったルックさんに、私の心は見事奪取されたのでした。


END


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