指先からはじまる物語


「ですがフェルト様、」

「あああもう!誰かコイツを黙らせてくれっ!」

世界のどこかで叫んだ少女の声を、ひっそりとしかし確かに聞き届けたモノがいる。そのモノは、少女の願いを果たさんと世の理からは少しばかり外れたところから、解決策になるべくものを拾ってきた。そして「ほら届けてやったぞ」とばかりに二人の前にソレを放り込んだ。

******

「で、アタシの願いを叶えるためにアンタが寄越されたってのか?」

「そんな感じ…ですかね」

二人の目の前に現れたのはなまえ、と名乗る女性だった。曰く、フェルトの願いを聞き届けた竜神なるものがなまえを呼び寄せたらしい。

「にわかに信じがたい、ですがこうして目の前に突然現れたというのは事実です」

さすがの剣聖ラインハルトも、その気配を察知できなかったようで驚いている。

「てーと、アンタがラインハルトを黙らせることができる…って話になるんだけど、」

「あ、はい。一応そのように伺ってます。なのでえーと、あなたがこの方に黙っていてほしい時に仰ってくださったらわたしが彼を黙らせます」

とは言うものの、フェルトは半信半疑だ。あの剣聖を黙らせる、というのにこの目の前の女性はちっとも強そうな感じがしない。どちらかというと頼りなくて掴みどころのない、そんな印象があった。正直、胡散クセェ、が本音だ。

「ふーん?まぁいいや。アンタがそういうんなら、一丁物は試しってやつだ。コイツを黙らせてみろ。で、ラインハルト。お前はアレだ。いつものようにアタシに小言言ってろ」

小言、という言葉に思うところがないわけではないがこの際だからとラインハルトが口を開いたとき。なまえが一体何をするのだろう、とフェルトは半眼で見ていたのだが、彼女はたった一瞬、ラインハルトの口に自分の手をあてた。ただそれだけだった。

「しー、ですって」

左手は人差し指を立てて自らの唇の前に。右手はラインハルトの唇に指先が触れただけの、たったそれだけの行為。

「…で?それでもう終いってんじゃねぇだろうな…」

「これで終わりですけど…黙らせる、ってお願いだったので。ダメでした?」

確かに、当の本人ラインハルトは押し黙ったままだ。なまえの指先を退けることもしない。

「いや、ダメっつうか…」

そんなことでラインハルトを黙らせることができるのであれば、なまえでなくてもできそうなものだ。普段のフェルトであれば一蹴していたであろう出来事なのだが、この時ばかりはため息を吐いただけでやめにした。ラインハルトの過剰な諸々が他に向けられるのであればそれに越したことはない。

「まぁいいや。で、アンタはこれからどうすんだよ?その竜神さまとやらのお使いはいつまで有効なんだ?」

「さぁ…?でも帰る時期が来たら神託が下るでしょう。たぶん」

「たぶんって。まぁ、じゃあこれからもよろしくって…おい!ラインハルト!いつまでも顔真っ赤にして固まってんじゃねーよ!童貞じゃあるまいし」

「っ、フェルト様その言い方は」

と、いつもの調子で言い放ってから「あ、」と思い立つ。

「なまえ」

だがそれより先に抗議の声を上げたラインハルトを顎で指し、早速なまえのお役目を与えてやる。

「お口チャック、ですよ」

「…っ、」

そうしてまたしても真っ赤になって黙り込んでしまったラインハルトを見て、フェルトは少しだけ反省した。一目惚れをしてしまった女性がいる前で童貞だとかそうでないとかはちょっと悪かったなぁとか。しかもその初っぽい反応からすると童貞臭いし、だとか。
でもまぁ、なまえがどこが余裕そうな雰囲気でもあったので自分はいつもどおり気にせずいよう、とさっさと気分を切り替える。

「そうそう。いいじゃん。そんな感じでよろしく頼むよなまえ」

側から見れば見つめあっているような二人にそう声をかけ、フェルトはさっと踵を返した。


END


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