024


 羊をかたどった船首、ひらめく麦わら印の海賊旗。間違いなく、ルフィさんたちの船だ。
 私はゾロさんに抱えあげられたまま、その海賊船、――――メリー号に乗船した。能力者の三人も無事に船の上へ投げ飛ばされて、全員がメリー号に乗り込むことに成功する。距離が足りなくて落ちかけたルフィさんをロビンさんが何とか捕まえ、船の上へと引き戻す。ルフィさんは少し痛そうな音を立てて甲板に激突した。
 それにしても、どうしてこんなところに海賊船が入ってくることが出来たのだろう。あらかじめ準備していたのかとも思ったけれど、皆驚いていることから、これは完全に予想外の展開のようだ。

「一体誰が乗ってきたの!?」
「そんな話後だ!!指示を出せ、ここを抜けるぞ!!!」

 ゾロさんの腕から存外優しく投げ出され、私は甲板の床に転がる形になった。それでもずきずきと嫌な痛みを訴える傷口に、思わず顔をしかめると、隣に転がったチョッパーくんが心配そうな顔になる。そういえばチョッパーくんも全然動けないって言ってたのに、私の手当てをしてくれたんだ。無理やり手を動かして彼の頭を撫でると、きょとんとした顔をされた。

「ぶはー!!危ながった軍艦に殺されるかと思ったー!!」

 大きく息をついたルフィさんが、私のほうへ首だけを向けて「ありがとな、ミナト」と笑う。たぶん、ルフィさんを運んだときのことを言っているのだろう。私が小さく首を振ると、彼は今度は反対側、――――ロビンさんのほうを向いた。

「おい!ロビン!!さっきは助かった、ありが・・・・・・ムグ!」

 お礼を言いかけたルフィさんの口が、突如地面から咲いた手によって塞がれる。不思議そうな顔をするルフィさんに向かって、ロビンさんは優しく微笑んで、そして、船の上の皆をぐるりと見渡した。

「――――みんな!!ありがとう」

 万感のこもった声音。皆が一瞬息を呑み、次いで照れくさそうに、嬉しそうに、笑った。その中一人険しい顔をしたままのゾロさんが、早く逃げなければ元も子もないなんて言って、サンジさんとチョッパーくんに攻撃されていたけれど、それを見たロビンさんが楽しそうだから、――――ああ、いいなあ、なんて。

「ミナト、どうした?」
「・・・・・・ううん、何でもないよ。ウソップさん」

 じくりと痛んだ胸を無視して、私はゆっくりと身体を起こす。最後の正念場だ。少しでも動けるなら貢献しなければ。
 依然として危機的状況に変わりはない。軍艦の砲口は全てこちらを狙っている。上手く避けて逃げ切るなんて、それこそ奇跡が起きないと難しいだろう。
 私が吹き飛ばせればいいけど、とそっと息を吐いた瞬間、ついに砲撃が開始された。右手を突き出し、風壁で防ごうとして、――――その必要がないことに気が付く。
 目の前の軍艦が撃った弾は、後ろの軍艦の船体に大穴を開けた。

「・・・・・・え?」
「じ・・・・・・自爆!?」
「他の弾も全然当たらねェ!!!」
「どうなってんだこりゃ・・・・・・!」
「・・・・・・まさか、サンジさん」
「サンジ、って・・・・・・どういう意味だよミナト」
「“正義の門”、閉じたでしょう」

 ぶつかり合って、砲撃し合って、派手に爆発する軍艦を愉しそうに眺めていたサンジさん。確か、私たちが海軍と戦っているときに、一人だけどこかへ行っていたはずだ。船での脱出時に、軍艦に囲まれるであろうことを想定して、先にあの正義の門を閉めに第三支柱へ向かっていたとしたら。
 私の言葉にウソップさんがまさか、というふうにサンジさんを振り返る。サンジさんはにやりと笑って、自分の頭を軽く小突いてみせた。

「流石ミナトちゃん。その通り・・・・・・根性だけで逃げ切れる敵じゃねェだろ?」
「流石、はこっちの台詞なんだけど・・・・・・」
「す・・・・・・!!すげーぞサンジ!!」
「天才かお前」
「喜んでばかりいられねェ、渦潮は俺たちにとってもヤベェだろ!!」
「そうだ!!!死ぬー!!!」
「おだまりっ!あんたたち!私たちが乗ったメリー号に、越えられなかった海はないっ!!!」

 ナミさんが鋭い視線を海面へと向ける。私たちは彼女が渦潮の軌道を読むまでの間、この攻撃を凌ぐことになりそうだ。
 と、言っても渦潮のおかげでほとんどは勝手に外れていくんだけど、――――なんて思っていたら、直撃コースに弾が飛んで来た。

「やべェ!!これは直撃だ!!」
「避けきれねェ!!!」

 そう叫んだゾロさんとサンジさんが、何故かルフィさんの手と足を持つ。

「・・・・・・ま、まさか」
「どへうっ!!!!」

 弾はルフィさんの胴に全て当たり、ゴムの反発する力でか、弾を撃った軍艦へ全てはじき返されてしまった。ルフィさんのお腹を犠牲にして。ルフィさんの手と足を振り回してそれを成したゾロさんとサンジさんがこちらにピースサインを向けてくるけど、いや、あの。

「い、痛そう・・・・・・」
「鬼か!!!」

 ついでに白目を剥いたルフィさんもピースをしていた。あの人本当に頑丈だなあ。
 流石にあれを何度もやらせるわけにもいかないので、その後の直撃コースのものは私が全て弾き飛ばした。弾は速いうえにひどく重いので、軌道を逸らすので精一杯だけど。
 その攻防が数分は続いて、――――ややあって、ナミさんがぱっと目を輝かせた。

「見えたわ!!勝者の道・・・・・・!!」

 渦潮の流れを掴んだメリー号は、ものすごい勢いで軍艦の隙間をすり抜けていく。砲弾も、もう防がなくても当たらない。

「畜生!!畜生あいつら・・・・・・!!『エニエス・ロビー』の全戦力をかけて、国家級戦力“バスターコール”の力をかけて!!!あんなちっぽけな海賊団から・・・・・・!!たった一人の女を!!!――――何故奪えねェ!!!!」

 スパンダムの声が、近くの軍艦から聞こえてくる。ロビンさんがすっと目を眇め、そちらを冷たく見据えたのが視界の端に、ちらりと映った。
 ロビンさんは自らの手を、身体の前で交差させる。

「――――“クラッチ”!!!」

 彼女は、自分の過去を象徴するあの男を、自分と仲間を苦しめたあの男を、自分自身の手で倒してみせた。スパンダムの胸糞悪さは、一瞬だけ一緒に捕まった私にもよく分かるから、胸がすくような思いがする。本音を言えば、ロビンさんを苦しめ、私を『土産』なんかにしようとした馬鹿野郎を、私だってぼこぼこにしてやりたかった。まあ私の能力じゃ、ぼこぼこはちょっと難しいんだけど。
 でも、ロビンさんが何か吹っ切れたような、すっきりとした顔をしているから、私は良かったなあと思うのだ。

「フランキーお願い!!」
「おっしゃ!!オイ、ミナト!!ちょっと手ェ貸せ!!!」
「えっ?」
「俺とおめェの風で一発ふっ飛ばしてやろうぜ!!」

 進行方向を塞ごうとする軍艦と、フランキーが構えたものを見て、何を求められているか瞬間的に察する。私はフランキーの隣に並んで、両腕を掲げる、――――船の後方へ。

「ちょっと船体にゃ堪えるが・・・・・・!!『風来』・・・・・・『砲』!!!」

 彼の声に合わせて、大量の風を後方へ向かって押し出した。メリー号はその力を受けて、勢いよく空を飛んで軍艦の間を通り抜けていく。
 それを援護するように、ウソップさんが煙幕を張り、敵の砲撃を防いだ。その間にも、私たちはどんどんエニエス・ロビーから遠ざかっていく。軍艦は渦潮の軌道が読みきれていないらしく、追うことすら出来ないようだ。ルフィさんが楽しそうに笑う。私も気付けば笑っていた。
 軍艦の山も、黒々とした煙の空も、燃え盛る島も、全部後ろへ残して、――――私たちはエニエス・ロビーを脱出した。

「・・・・・・ほんとに、勝っちゃった」

 呟いてみても、いまいち実感が湧かない。ルフィさんがメリー号の船首へ抱き着いてお礼を言うのをぼんやりと眺めながら、私は、どくどくとうるさい心臓を宥めようと必死だった。
 駄目だ、だめだと思うのに、心臓は私を裏切ってしまう。私は、この空間が、この人たちが、――――たまらなく好きだと思ってしまうのだ。私には、置いてはいけない大切なものがあるというのに。

「――――しかしお前ら、コリャとんでもねェことしちまったぞ・・・・・・だいたいな、世界政府の旗を撃ち抜くなんて」
「取られた仲間を、取り返しただけだ!!」

 ルフィさんがこちらを振り返る。呼吸が苦しくて、喉が塞がって、私は何だか泣いてしまいそうだ、と思った。

「――――このケンカ!!俺たちの、勝ちだァ!!!!」




 船が喋る、という現象は、あるのだろうか。
 船にはやっぱり、私たち以外の誰も乗っていないようだった。一味の皆には聞こえたという声、その主は結局謎のままで。何となくメリー号の声ではないかと私は思っていたけれど、それはあまりにも非現実的な話だ。ルフィさんはメリー号が喋ったと思っているみたいだけど。

「・・・・・・」

 またそげキングの仮面を被ってしまったウソップさんを、ちらりと見遣る。彼はこのメリー号のことを本当に、大切に想っていた。物に魂が宿る話は、伝承やお伽話の中ではわりとメジャーなものだし、彼らに大切にされていたメリー号に魂が宿ったとしても、この海ならおかしくはない気はする。
 それでも、私はこの問題に関しては部外者だ。口を出すのも憚られて、視線を水平線のほうへと投げる。するとそこに、船影がぼんやりと浮かび上がった。それはあっという間にしっかりとした輪郭を描くようになり、帆に描かれた文字まで読み取れるようになった頃には、その船から聞こえてくる歓声まで届くような距離になっていた。

「ガレーラカンパニーの船だ・・・・・・!!!」
「うおー!!麦わらたちだー!!」
「生きてるぞ〜〜〜〜!!」
「お前ら無事だったんだな!!!」
「すげェ!!高潮の海へ飛び出したのに、信じられん!!」
「あのエニエス・ロビーから帰ってきやがった!!」

 快哉、歓声を上げるガレーラの職人さんたちの中に、一人、じっとこちらを見つめて佇んでいるひとを見つける。ルフィさんが顔を輝かせて、「アイスのおっさん!!!」と叫んだ。
 あれがアイスバーグ市長。そういえば、ちゃんと見るのは初めてかもしれない。市長自らお出迎えなんて、すごいことになってるんだなあ、なんて暢気に思っていたら、――――急にガタンという音がして、船体が傾いたのが分かった。
 メリー号の甲板が、二つに裂ける。

「メリー!!!」
「おい何だ!!どうしたんだ急に!!」
「メリー号が!!!」
「・・・・・・急にも何も・・・・・・!!これが当然なんじゃねェのか!?」

 サンジさんの言葉に、私はウソップさんが一味を抜ける原因となった『メリー号の限界』の話を思い出す。忘れていたけれど、この船はもうとっくに、走れなくなっていた船だったんだ。

「おっさーん!!やべェ!!メリーがやべェよ!!!何とかしてくれ!!!」

 ルフィさんがアイスバーグさんに向かって叫ぶ。必死な瞳の奥に焦燥が透けて見えた。

「お前ら・・・・・・!!ちょうどよかった!!みんな船大工だろ!!!頼むから!!何とかしてくれよ!!ずっっと一緒に旅してきた仲間なんだよ!!!さっきも!!こいつに救われたばっかりだ!!」
「だったらもう、眠らせてやれ・・・・・・!!」

 アイスバーグさんの声は、ひどく硬くて、少しだけ悲しい音をしている。
 見事な生き様だった、――――そう言った彼に、ルフィさんはそっと目を閉じる。その胸にはどんな思いが渦巻いているんだろう。船を持たない海賊だった私には想像することしか出来ないけれど、それでも、恐ろしいほどに苦しいのに。
 ルフィさんが決断するまでのたった数秒の静寂は、何分にも何時間にも感じられた。

「わかった」

 囁くような声でそう言ったルフィさんの後ろで、ウソップさんが項垂れたのが、分かった。


さよならを始めようと君は謂う

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