023
「ルフィが!!!勝ったァ――――!!!!」
そう叫んだウソップさんが、両手を突き上げる。皆が口々に快哉を叫ぶ中、ナミさんの「全員すぐに脱出船へ!」という指示が微かに聞こえた。ルフィさんの勝利に呆然としている海兵を薙ぎ払い、私は脱出船までの距離を測る。どうやら私が一番遠い位置にいるようだった。
私のせいで出航が遅れたら洒落にならない。急いで脱出船に向かわなければと思うのに、倒しても倒してもきりがなくて嫌になる。剣を振り上げて向かってきた男を五人ほど吹き飛ばし、殴り掛かってきた男を八人ほど弾き飛ばして、ようやくウソップさんやゾロさん、フランキーのところまで戻ってくることが出来た。これでとりあえず置いていかれることはないだろう、と思わず内心胸を撫で下ろした瞬間、――――ぐわん、と、大音量の快哉が耳を貫いた。
『やったぜ麦わらさ〜〜〜〜〜ん!!!』
『うお〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
「え?」
「・・・・・・この、声」
「あ、ああ」
思わずフランキーと顔を見合わせる。この声は間違いなく、――――解体屋さんのものだ。まさかという思いに心臓が騒ぐ。
『バ・・・・・・バカお前ら、向こうまで聞こえちまうだろ!!』
『いいんだ知らせてやるんだよ!!!』
『アニキー!!!アニキー!!!』
「何だこの声!?・・・・・・!!?誰だ!!?」
『やめろ!!!このまま逃げりゃ俺たちは死んだことになったのに!!』
じわりと目頭が熱くなる。生きてたんだと思わず零した私の視界で、ゾロさんの横顔が、刀を咥えた口元を少しだけ吊り上げたのが分かった。
――――パウリーさん、ロープで網を作ることは出来ますか?
――――当たり前だろ舐めんじゃねェよ。まァでも言いたいことは分かった。俺に任せろ。
そんな会話をした数十分前を思い出す。私は賭けに勝った。大砲を受け谷底に落ちたところで、パウリーさんのロープが網となり全員が崖にぶら下がることに成功した。大砲は主に巨人の二人が受け止めてくれたため、砲撃によるダメージも少ない。計画は成功と言っていいだろう。まさか状況把握用に確保した電伝虫で、向こうにコンタクトを取ってしまうとは思わなかったけど。
「押すな落ちる!」
「ロープが切れる」
「バーカ、ガレーラのロープは切れねェ!!――――ったく、黙ってろってのに」
「あちらに電伝虫を渡したのが失敗でしたね」
そんなことを言ってため息をついてみせるけれど、私は、解体屋さんたちの気持ちもすごく良く分かる。ロブ・ルッチを倒したとはいえ、まだこれから海軍との戦闘が残っているであろう彼らに、少しでも何かしたかったのだ。私たちが生きていると知らせるだけで、それがフランキーさんやミナトの、海賊の皆さんの活力になるのなら、こんなに嬉しいことはない。
電伝虫を持っている彼を見上げる。もうばれてしまっているし、私もミナトに生存報告をすべきだろうか。でもあの子は頭がいいから、解体屋さんが明るい声でこちらの近況を伝えているだけで、こちらに死者はいないと分かってもらえそうね。
「・・・・・・オイ」
「はい?」
「妹になんか言ってやらなくていいのか」
「え、」
「言いたいなら言えばいいだろ。変な遠慮してんじゃねェよ」
私のすぐ真横、全員の命綱であるロープを握っているくせに随分と涼しい顔をしたパウリーさんが、不意に私のほうを向いた。その口から思いもよらない言葉が出て来て、私は思わず握っているロープを手放しかけ、慌てたように伸ばされたパウリーさんの腕に抱きとめられる。
「っおま、何で手ェ放すんだ死ぬぞ!!!」
「あ、・・・・・・すみませんパウリーさん、抱きとめていただけて助かりました」
「だ、抱き・・・・・・ハレンチなこと言うんじゃねェ!!」
「いえ事実なので・・・・・・」
「クソ!!!」
そんなことをやっているうちに、どうやら解体屋さんは電伝虫の通信を切ってしまったらしい。皆がロープを上り始める中、パウリーさんは何故か顔を真っ赤にしたまま視線をうろつかせており、上りきったルルさんに呼ばれるまでそのままだった。ちなみに私を抱きとめた腕もそのままだった。
言いたいなら、――――そうだ。本当は、自分の声でミナトに無事を伝えたかった。彼にはどうしてそれが分かったのだろう。何だか胸が苦しいような気がしたけれど、その理由が何なのか、考えてもよく分からなかった。
な、何をやってるんだセノンは・・・・・・。
解体屋さんの言葉に男泣きをするフランキーの隣にいるのが嫌になってきた。彼は同じように身内を心配する同志なわけだが、私のほうの身内はこんなときまでラブコメ体質だったようだ。非常に恥ずかしい。解体屋さんを見習え。
たぶん聞かせるつもりはなかったんだろう。向こうの会話が、彼らが思っているよりも拾われているだけだ。きっと。
「ミナト・・・・・・」
「何も言わないでナミさん。こんなときに何やってんだラブコメ野郎とか言わないで」
「そこまで言ってないわよ・・・・・・と、とりあえず!セノンさんの無事も確認できたことだし、さっさと脱出するわよ!」
「そ、そうだった・・・・・・それで、ルフィさんは!?」
視線を遣った先のルフィさんは、さっきロブ・ルッチを倒したその瞬間から一切体勢も位置も変わっていない。もしかして動けないんじゃ、と私が呟こうとしたところで、ご丁寧に海軍が大音量で通信を入れてくれた。
『海賊、麦わらのルフィもまた、致命傷の色濃く!!その場から全く動きがありません!!!』
「なんだと!?」
「おい!!ルフィ!!急いでこっちへ来いよ!!逃げなきゃ助からねェんだ!!!――――どうしたんだよ!!もう一息だ!!」
ウソップさんが必死に呼びかける。私の位置ではルフィさんの声は聞こえない。また攻撃を仕掛けてきた海兵を薙ぎ倒しつつ、ウソップさんの言葉を聞いていれば、やはりルフィさんは疲労と傷で動けなくなっているみたいだ。
いくらゴムゴムの能力があっても、動けないのではこちらへは飛べない。こちらから回収に向かうしかない、――――私は背中合わせに戦っていたナミさんを振り返る。
「ナミさん!!船を第一支柱に回そう!!」
「ッ、そうね!!――――ウソップ!!ルフィのいる支柱へ船を回しましょう!!!全員急いで船へ!!!」
彼女がそう叫んだ瞬間、爆発音が響き渡った。
爆炎と火柱が上がったのは、脱出船があった場所だ。事態を理解して私とナミさんは顔を青ざめさせた。
「うそっ!!脱出船が!!!・・・・・・あっ」
「なんてこった・・・・・・!!!絶望的だ!!あの船以外にここからの脱出手段はねェんだぞ!!!」
「ココロさん!!チムニー、ゴンベ!!チョッパー!!!」
船が沈んでいく。いよいよ状況は絶望的、まさにフランキーの言う通りだ。船に残っていた四人(?)はサンジさんが助けてくれて事なきを得たけど、これじゃあルフィさんの救出にも向かえない。
「ッ、ミナトちゃん!!走れ!!!」
「えっ、うわっ!」
『撃て!!』
「おわ!!危ねェ!!走れー!!」
『第二支柱へ追いつめろー!!!』
「うわああああ」
サンジさんに背中を押されて走り出したら、もともと足があった場所が砲撃で崩れ始めた。容赦ない攻撃は橋をすべからく消滅させていく。踏み外しかけたのをサンジさんに引っ張り上げられたりしながらも走った結果、私たちはあっという間に足場を失い、第二支柱へと追いつめられてしまった。
そういえば私、怪我してたんだった。立ち止まった途端に襲ってきた眩暈と吐き気に思わず座り込む。傷口が発熱しているのか、ひどく身体が熱い。意識したら急に痛みがやってきて、生理的な涙が零れた。
「くそっ!!!とうとう橋なんかなくなっちまった!!!支柱に追い込まれた!!」
「これ以上何もできねェぞ――――っ!!!」
「ここでコレ全部と戦うしか・・・・・・!!」
「バカいえ!!もっと強ェのゴロゴロ出てくるぞ!!?」
視界がぐらぐらと揺れる。だめだ。ただでさえ危機的状況なんだから、お荷物を増やしている場合じゃない。そう思うのに、足に上手く力が入らず、立ち上がることも出来ない。
ルフィさんに砲口が向けられる。私だったら風で彼を浮かせてこちらへ運ぶなり、私がそちらへ行くなり出来るかもしれないのに、今は指先一つすら満足に動かせない。瞼が、重い。皆が口々にルフィさんを呼んでいるのが聞こえる。ルフィさん、そう動かしたつもりの唇はちゃんと音を紡げていただろうか。
「誰だ・・・・・・誰なんだよ、この声一体!!」
「!?・・・・・・だからこれはウチの子分共が!!」
「違う!!『そっち』じゃない方だ!!さっきからずっと!!」
斬撃音が微かに聞こえてくる。ああ、海兵がまた来たのか。
ルフィさんを動かすなら、早くしなければ。
一瞬でも休んだおかげか、さっきより力が入る。無理やり足に力を込めて立ち上がった。視界が開ける。まるで地獄のような黒煙の空の下、皆が戦っている。私は指先に力を込めた。
ルフィさんを一度動かしたら、こちら側へ渡すまで絶対に落としてはいけない。失敗は許されないのだ。
人差し指でルフィさんを指す。それをそっと持ち上げれば、ルフィさんも一緒に浮く。驚いたらしいルフィさんが何か言っているのは分かったけれど、その内容に意識を割いている場合じゃないので、私は無視してそのまま指を動かした。今度は指をこちら側に向けて傾ける。ルフィさんの身体はゆっくりとこちらに向かって海の上を飛んでいく。
砲口も慌ててこちらの動きについてくる。ロビンさんも海兵もいるこの足場には、迂闊には砲弾を撃ち込めないだろう。こちらへ渡してしまえば、まだ希望はある。
浅い呼吸を繰り返しながら、ルフィさんを慎重に運ぶ。ちょうど半分まで来ただろうか、そのとき突然、ウソップさんが叫んだ。
「海へ飛べ――――――!!!!」
一瞬、集中が切れそうになる。海、って、なんで。ちらりと視線を彼のほうへ遣れば、「ミナト!!」
「そのままルフィを海に落とせ!!」
「え、・・・・・・え?」
「バカ野郎!!自滅する気か!!!ヤケになっても助かりゃしねェぞ!!!」
「助かるんだ・・・・・・!!助けに来てくれたんだ!!!まだ俺たちには・・・・・・!!!仲間がいるじゃねェかァ!!!」
「チョッパー下見た!?」
「見たァー!!!」
「いいからミナトは早くルフィ落としてくれ!!!俺たちの仲間を信じろ!!」
「ッ、ほんとうに、落とすよ!?いいよね!?」
「ああ!!」
皆が次々に海へと飛び込んでいく。私は彼らを信じて、能力を解除した。ルフィさんが真っ逆さまに落ちていく。能力という意識を保つ糸が切れたせいで、また身体がぐらりと傾いた。そこを力強い腕に引き戻される。
何時間も前のことのように思える、裁判所でも同じ腕に抱えあげられた気がする。ゾロさん、と呻いた私を無視したまま、彼もまた海へと飛んだ。
真っ青な海が視界を埋め尽くす。その中にぽつんと、見覚えのある船が、見えた。
「うそ・・・・・・」
「メリー号に!!!乗りこめ〜〜〜〜!!!」
「メリ〜〜〜〜〜!!!!」
可愛らしい羊をかたどった船首。ゾロさんと初めて出会ったときのことを思い出す。
ルフィさんの声に応えるように、誰かの声が聞こえたような気がした。僕に出来る最低限の献身
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