021


 本当に情けない。いの一番に助けに来ることが出来たのに、あっさり斬られてしまうなんて。
 私を庇って地雷の爆風を全て受けたフランキーは、私に一言「先に行っとけ」と呻いて海に落ちた。庇われた、その事実を理解すると同時に私は走り出していた。何としてでも、私がロビンさんを救わなければと思ったのだ。それがこのざま。ウソップさんがいなければどうなっていたことか。
 顔をしかめる私に気付いたのか、ロビンさんが小さく微笑んだ。

「長鼻君が来るまでの時間稼ぎをしてくれたのは、貴方よ」
「・・・・・・そう、ですかね」
「それに・・・・・・庇ってもらったわ。ありがとう」
「いいの。ロビンさんが斬られなくてよかった。・・・・・・フランキー、鍵は」
「今やってる!1番・・・・・・3番・・・・・・4番・・・・・・」

 やっぱり5番、――――カクの鍵か。私の勘は間違っていなかったらしい。
 海から上がってきたフランキー、この風の中正確な狙撃をするウソップさん、そしてゾロさん、サンジさんが勝ち取った鍵のおかげで、形勢は逆転とまではいかずとも僅かにこちらへ傾いた。

「外れた!!!」
「・・・・・・!!」
「よかった・・・・・・!」
「バカなァ〜〜〜〜っ!!ほ・・・・・・本物の鍵っ!?」

 ふらついたロビンさんを、フランキーが支える。私も何とか立ち上がるけど、思いのほか出血量が多い。脇腹に宛てた手がぬるりと滑った。でも大丈夫。まだやれる。
 唇を噛みしめて、二人の前に立つ。まだ電伝虫は繋がっている。状況把握を終わらせるまでせめて、私は二人のことを守らなくては。ぱちんと指を鳴らし、近くの海兵を吹き飛ばす。

「こちらフランキー!!おい長っ鼻!!ニコ・ロビンの手錠は外したぞ!!!」
「長鼻くん・・・・・・ありがとう!!」
『礼なら全てが済んでから、必死に鍵を集めたものたちに言いたまえ!君は紛れもなくルフィ君たちの仲間だ!!もう思うがままに動けば良い!!』
「・・・・・・ええ」
「!?」
「“六輪咲き”――――“スラップ”!!!」
「ホゲぶ!!!」
「存分に・・・・・・!!やらせてもらうわ」

 ロビンさんの技が、スパンダムを吹き飛ばす。彼女の顔にはもう、悲壮さも絶望も、微塵も残っていなかった。そのことに安堵すると同時に、少しでもその表情のために貢献できていたらいいなと思う。
 これから私たちは護送船を奪わなければならない。私は一度目を閉じる。ここで護送船を奪えなければ全滅だろう。ざっと見たところ、この橋にいる海兵の数はそこまで多くないし、どうやら大した実力者もいなそうだ。こういうときは私の技が一番効率がいいはず。血の味のする唇をぺろりと舐めてから、私は右手をかざした。

「ッ、――――“風龍塔”!!!」
「ギャアアア!!」
「急に竜巻が!!!」

 どうやら私は思っているより消耗しているらしい。生み出した竜巻は、裁判所のときよりも大きさも威力もいまいちだ。それでも、この橋の海兵を粗方片付けるには十分すぎる威力だった。忌々しいことにスパンダムは残ってしまったみたいだけど。
 フランキーの様子から察するに、向こうは全員無事のようだ。ウソップさんことそげキングさんは、司法の塔への爆撃からぎりぎり逃れられたらしい。これで一安心だ。

「アイツらそのうちにここへ来る。今のうちに海兵を、――――ってオイ、ミナト!一人で全部ブッ飛ばすんじゃねェよ!おめェ怪我人だろうが!!」
「うっ・・・・・・待っていまそんな大きな声出されると頭に響く」
「わ、悪ィ――――じゃなくてだな!!」
「いいじゃない。ミナトが頑張ってくれたんだから。・・・・・・でも、ここからは、私にも挽回させてほしいわ」

 ね、ミナト。
 にっこりと笑ってみせるロビンさんは、たぶん言外に「これ以降は私たちに任せて大人しくしてろ」と言っている。自分を助けに来てくれた仲間のために、捕まっていたときの分まで何かしたいという気持ちは大変良く理解出来たので、私はお言葉に甘えて休憩することにした。
 血を失いすぎたのか、座りこんだ途端に急に視界がぐるりと回る。ちかちかと視界が明滅し、身体の自由がきかなくなった。あ、これもしかしてやばいかも。そう呟いたはずが声も出ず、海軍に立ち向かう二人の背中を見ながら、私は意識を手放した。




「急げ!!!」
「エニエス・ロビーの入り口は・・・・・・『正門』はすぐそこだ!!」
「もう少し!!」
「頑張れ巨人〜〜〜!!!」
「任せとけい!!」
「島から出られる!!!」

 予感、とでもいうのだろうか。ぞわりと肌を這う、微かな、それでいてひどく不吉な殺気に私は身体を震わせた。隣に座っていたパウリーさんが怪訝そうにこちらを見遣る。

「どうした」
「いえ・・・・・・このまま、逃げ切れるものかと思いまして」
「・・・・・・確かにな。縁起でもねェが、噂のバスターコールとやらが、俺らをみすみすと見逃してくれるもんか・・・・・・」

 パウリーさんがそう呟いた瞬間、巨人の拳がエニエス・ロビーの正門を崩していく。そして、――――その向こうに現れたのは、海軍の軍艦三隻だった。
 やっぱり、そう来ましたか。はしたないけれど、舌打ちぐらいしてやりたい気分だった。私たちはもうすでに満身創痍、とてもじゃないけれど海兵をたくさん積んだ軍艦に敵うわけがない。海列車もない。今から島の内部に戻ってもそこは地獄、かといって、現在のコンディションでは砲撃を避けることすら難しい。

「マズイぜこりゃあ〜〜〜〜!!」
「確かに逃がしてくれる雰囲気じゃねェな」
「後ろは滝と・・・・・・」
「燃える島・・・・・・!!逃げ場だってないわいな」
「前面からは銃口!!砲口!!」
「今何考えてる、パウリー」
「・・・・・・人生の思い出」
「縁起でもねェ・・・・・・」
「パウリーさんの借金・・・・・・回収できませんでしたね・・・・・・」
「おめェは黙ってろ!!!」

 私なりの絶体絶命ジョークだったのに。ひどいです。
 でも、今回は本当に不味い。このままではこちらが全滅してしまう。何かこの場面を乗り切る策はないか、と軍艦を睨み付けていて、その砲台を見てふと思う。
 もしかしたら、逃げ切れるかもしれない。軍艦は海兵たちを乗せて離れていく。離れてくれるのなら、この作戦が上手く行く確率も上がる。私はパウリーさんの服の袖を引いた。

「・・・・・・何だ、何かあったか」
「現状を打破する作戦を思いついたかもしれません。・・・・・・成功には少々犠牲が必要ですが」
「犠牲ってのは」
「砲撃を一度だけ受けなければなりません。それに耐えきれなければ・・・・・・」
「全滅、ってか・・・・・・正直全員、体力は限界だ。だが、やるしかねェ。どうすりゃいい。教えてくれ」

 袖を掴んでいた指先を、硬くて厚みのある手のひらに包み込まれる。驚いて彼のほうを見れば、いつもハレンチだなんだというはずの彼が、真剣な眼差しで私を見据えていた。その視線に、その手の感触に、心臓が跳ねたのが分かったけれど、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。私は今一度呼吸を整えてから、彼を見つめ返した。

「・・・・・・全てはパウリーさんにかかっているんです。お願いできますか」




「やだ、ちょっとミナトどうしたの!?」
「お、オイオイオイ・・・・・・ミナトちゃんの玉の肌に傷をつけた野郎がいるってのか・・・・・・?」
「それ、やったのスパンダムよ」
「あンの野郎タダじゃおかねェ・・・・・・!!!!」
「ミナトは大丈夫なの?」
「たぶん、一時的に気を失ってるだけだ・・・・・・止血するよ。誰か綺麗な布持ってないか?」

 随分と周りが騒がしく、意識が浮上する。そして聞こえてきた声が誰のものか理解すると、私はそうっと目を開けた。
 目の前には心配そうに私を覗き込むチョッパーくんの顔があった。

「あ・・・・・・!!ミナト、大丈夫か!?気持ち悪かったりしないか!?」
「お、おはようチョッパーくん・・・・・・ここは?」
「おはよう。ここは護送船だ!ミナトも頑張ったって、おれ、ロビンに聞いたぞ!ありがとう!」
「・・・・・・こちらこそ。手当てしててくれたん、・・・・・・痛い・・・・・・」
「斬られてすぐに動き回っただろ!だから血が足りないんだ。帰ったら輸血しないと・・・・・・」

 お礼に合わせて頭を下げたら、お腹が引っ攣れて痛かった。思わず呻く私に、チョッパーくんはぷんぷんと怒りながら包帯代わりの布を巻いていく。か、かわいい。
 チョッパーくんに癒されていたら、急に視界が陰る。傍らに座り込んだ人が私の顔を覗きこんだからだ。逆光の中で判別したその顔に、私はへらりと笑いかけた。

「ゾロさん。おつかれさま。さっきは助かりました」
「あァ。・・・・・・お前は無茶しすぎだ。顔色悪ィぞ」

 ゾロさんの手が私の首筋に滑り込み、親指が頬をするりと撫でた。その仕草にどきりとして顔が熱くなるけれど、どうやら元の顔色が悪いせいで微かに赤くなってしまったことには気付かれなかったようだ。ゾロさんはそのまま何度か親指の腹で私の頬をなぞって、最後に髪をぐしゃりと掻きまわして離れていってしまった。な、なんだったんだいまのは。
 私が首を傾げていると、手当ての仕上げをしてくれていたチョッパーくんが、きらきらと目を輝かせて言った。

「ゾロ、ミナトのことすげー心配してるんだな」
「エッ」


心の容れ物をそっと撫ぜて

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