019


「おォ・・・・・・確か、『風射手』」
「・・・・・・どうも」

 しまった。一番ヤバイのを引き当ててしまった。舌打ちしたいのを堪え、私は右手を彼へ向けて構えた。
 下ろされた跳ね橋が途中で止まってしまい、古代兵器プルトンの設計図を燃やしたフランキーと共に『ロケットマン』に乗って司法の塔に突入してから、まだ二十分も経っていないだろう。
 CP9がそれぞれ一本ずつロビンさんの手錠の鍵かもしれないものを持っている、という話を聞いたのも十五分かそこらか前の出来事で、正直まだあまり覚悟が出来ていなかったというのに。
 でも、目の前の彼、――――カクが、恐らく『本物の鍵』を持っている。ロブ・ルッチを抜かせば、一番強いのだろう。少し見ていただけで狡賢いと分かるスパンダムが、彼に本物の鍵を渡す確率はかなり高い。ここで倒してしまわなければロビンさんが助からない。ひゅう、と音を立て、私の手のひらに風が集まっていく。

「お前は殺してはいけないんだったかのう」
「さあ?・・・・・・政府の人の考えることはよく分からないので」
「しかし奇特なモンじゃ・・・・・・風を操るのに能力者ではない、と。興味深い」
「・・・・・・!」
「まァ、ここで捕えておくか」

 すらりと抜き放たれた刀に、私は気を引き締める。油断したらきっと一瞬だ。

「“乱脚”」
「ッ、“風壁”!!」

 風の壁は斬撃を弾いたけれど、“剃”を駆使して距離を詰めてきた彼を防ぐ力はなかった。振りかぶられた足が勢いよく振り抜かれ、私はとっさにもう一枚風壁を出したけれど、それごと蹴り飛ばされて壁に叩きつけられる。これぐらいなら痛くないけれど、彼との間に圧倒的な実力差があることは理解した。ため息をつきながら立ち上がると、彼はやや意外そうに目を瞬かせた。

「・・・・・・別に、『秘密』だけの7千万じゃないですよ」
「わはは、そりゃあそうじゃ!」
「――――“風爆”」

 ぱちん、と指を鳴らす。その音に反応するようにカクの周りが突如爆発する。その間に距離を取って、同じ技を連続で仕掛ける。
 どうやらこれは普通に効いたらしく、爆風の最中で彼が顔を歪めたのが分かった。ぱちん、ぱちんと空気が弾けるたびに、連動して爆発が起こるのはちょっと気持ちがいい。でも、まさかこれでこいつが倒せるとは思っていない。
 果たして、私の攻撃の合間に唇から垂れた血を拭ったカクは、ゆるりと首を傾げてみせた。

「ふむ、だがまァ、――――別にどうということもない」
「っぐ、」

 “剃”で私の攻撃を躱したらしい彼は、またいとも簡単に私の身体を蹴り飛ばしてみせた。今度は少々効いた。壁に叩きつけられた瞬間、喉から咳が零れる。私はそもそも、肉弾戦を得意とする相手とは相性が悪いのだ。それと、やっぱり実力に開きがありすぎる。分が悪いのは明らか、――――でも逃げるとか負けるとか、そんなことをしている暇はない。
 ロビンさんを、絶対に助けなきゃいけないんだから。
 すう、と息を吸い、こちらに近づいてくる彼を見据える。拳銃のような形で指を突きだせば、その彼が僅かにこちらを警戒したことが分かった。しかしその瞬間、派手な音を立ててこの部屋のドアが開かれる。
 ちらりと視線をそちらに向ければ、そこに立っていたのは、もう刀から鞘を払ったゾロさんだった。

「悪ィな、遅刻した」

 ニヤリと笑ってみせたその顔に、私は思わず少しだけ肩の力を抜いた。




 身体を縛り上げる、硬い麻縄に眉をしかめながら、私はその放送を聞いた。
 隣で同じように縛り上げられているパウリーさんも葉巻を揺らして眉を吊り上げる。
 私たちは跳ね橋レバーを下げることに成功したのち、倒しても後から出てくる海兵たちに数で押し切られ、体力切れで全員捕まってしまった。パウリーさんはさっきまで一人戦っていたけれど、やがて取り押さえられてしまったのだ。

「・・・・・・『バスターコール』」
「こりゃ、いよいよ事態は最悪ってことだな」
「島を焼き尽くすほどの攻撃、ですか。厄介ですね」

 スパンダムとロビンさんの通話が切れると、海兵たちはこぞって逃げ出していく。なるほど、敵も味方も関係ないということを、海軍側は何となく知っているらしい。完全に敵側である私たちには、どちらでも関係のないことだけど。

「・・・・・・!?軍艦が来るって何で海軍が逃げるんだ」
「島が焼き尽くされるって言ってたろ」
「政府の島だぞここは!!」
「知るかんな事まで!!」
「おいおめェらァ!!逃げるんなら縄解いてけェ!!!」
「・・・・・・仕方ないですね。あの、パウリーさん」
「なんだ」
「私の胸元、探ってくれませんか」
「ハァ!?!?」
「谷間に一本、小さいナイフを挟んでおいたので。さすがに谷間まではチェックされませんでしたから、まだ残っています」
「いやいやいやおかしいだろ!!!!」

 ぶんぶんと首を横に振るパウリーさんは、顔まで真っ赤だ。そんなに焦られるとこっちまで恥ずかしくなってきてしまうからやめてほしい。

「っつーか!!何で俺に頼むんだおめェは!!モズかキウイに頼めよそんなもん!!!」
「あ、そうか。そうでしたね」
「バカかおめェは!?」
「パウリーにやらせたほうが面白そうだわいな」
「でも時間がかかるわいな」
「うるっせェ!!!!!!!!」
「あの、もう誰でもいいので、早くしてもらっていいですか」




「うううわァ――――っ!!!やめろ――――っ!!!」
「ブオォオ!!!」
「ひええ・・・・・・」

 なんかすごいことになってきてしまった。私は頭を抱えたいのを堪えながら、振り下ろされた腕を紙一重で避ける。あ、危ない。
 私がカクと戦ってるところにゾロさんが乱入し、そこにさらにウソップさんと敵方であるジャブラが参戦、ゾロさんとウソップさんが手錠で繋がれてしまい、私が二人のサポートをしながらなんとか戦っていたところに、――――これだ。

「おい!!アレが本当にチョッパーか!?何で俺たちが分からねェ!!!」
「知らねェがチョッパーだろ、あの帽子と角で他に誰がいるってんだよっ!!」
「多分、あの巨大化の影響で自我が薄れてるんじゃ・・・・・・!」
「・・・・・・じゃあ俺たちの“希望”は!?2番の鍵は!?」
「知らんもうだめだ俺たちは死ぬんだ・・・・・・」
「ち、ちょっと諦めないでくださいってば!!」

 チョッパーくん(?)の腕を風でなんとか押し返し、方向を無理やり逸らせる。質量があるだけに、これが精一杯だ。チョッパーくんは確か能力者だ。このまま海に落としてしまえば能力が溶けて元に戻るかもしれないけど・・・・・・これは賭けに近い。それにゾロさんたちのサポートも放り出すわけにはいかないのだ。チョッパーくんがこうなってしまった以上、2番の鍵が遠のいたのは間違いない。
 私がチョッパーくんを抑えている間に、二人はこの巨大化が、チョッパーくんの生命力を奪っているという結論を出したようだ。それなら余計に何とかしなければならない。やっぱり海に落とすしか、――――

「邪魔なモノは消すに限る」
「チキショーあいつらチョッパーに!!」
「背スジを伸ばせ!!名刀“鼻嵐”!!!ミナトはチョッパーを守れ!!」
「了解!!――――“風壁”!!!」
「“三十六煩悩鳳”っ!!!」
「はばべばふ!!!」

 ゾロさんがウソップさんごと斬撃を繰り出した瞬間、視界の端にフランキーが映る。合流したのかナミさんも一緒だ。
 そしてフランキーの構えで、彼が私と同じことを考えていると理解する。

「どいてろおめェらァ!!」
「フランキー!!てめェ何する気だ、こいつァ俺たちの、」
「わかってら黙ってろ!!」
「待って、私が飛ばしたほうがいい!!」
「ミナト!?」

 慌ててフランキーの前に出て手をかざす。フランキーの攻撃ではチョッパーくんにさらにダメージがいってしまうかもしれない。

「貴方は壁を!!」
「・・・・・・チッ、分かった!しくじるんじゃねェぞ!!」
「おいミナト、何するつもりだ!?」
「海に突き落として弱体化させるの、で!!」

 フランキーが横合いからチョッパーくんの後ろの壁を吹き飛ばす。私はそれを確認してから、この巨体が吹き飛ばせるだけの風をチョッパーくんにぶつけた。彼は塔外に放り出され、海へと落下していく。フランキーがそれを追ったのを見て、私は一瞬だけ後ろを振り返る。ゾロさんと目が合った。その口角が僅かに上がったのが分かって、嬉しくなる。でも、まだだ。まだやることは残ってる。
 私はフランキーの後を追って、塔から飛び降りた。後から思えば、あくまで身体能力は一般人よりマシ程度な私がなんて無茶をしたのだろうと思う。それでも私は、今自分がやるべきことが、恐ろしいほどに想像できた。
 私は、彼らのために何かがしたいのだ、――――どくどくと五月蠅い心臓が、私にそれを伝えている。


酩酊

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