018


「は、逸れた・・・・・・!」

 ゾロさんじゃあるまいし、私は何をやっているんだ。
 裁判所内の廊下、階段を探しながら走り回りながら私は辺りを見渡す。後方にはここに辿り着くまでに倒してきた敵が転がり、今のところ前方に敵影はなし。たぶん、同時に裁判所に入ったメンバーの中では私が一番上階にいるんだと思う。一瞬、引き返すことも考えたけど、このまま上っていけば確実に屋上にはつけるし、多分他の人だってすぐに上ってくるはずだ。・・・・・・ゾロさん以外。
 とりあえず進むしかないかな。そう内心呟いて一歩を踏み出した瞬間、――――床が崩れた。

「エッ」
「いやあああ〜〜!」

 下から聞こえてくる悲鳴は、私の記憶が正しければナミさんのものだ。ああ嫌な予感しかしない。おそるおそる振り返れば、私がさっき裁判所の入り口で生み出したのとよく似た竜巻が、私の背中を掠めて天井をぶち抜いていた。たらりとこめかみに汗が伝う。勢いよく吹き飛ばされていったのは、予想通りナミさんと、ついでにチョッパーくんだ。
 悲鳴は遠くなり、見上げた先には空が覗いている。私はゆっくりと視線を戻し、未だにばくばくとうるさい心臓をなだめるべくそっと呟いた。

「・・・・・・なにこの竜巻」
「なんだミナト、そこにいたのか」
「・・・・・・」

 大穴から上がってきたゾロさんを見た瞬間、大方の事情を理解してしまったのがひどく虚しい。
 たぶん、階段を探して上るのが面倒になったんだろう。私を見下ろすゾロさんはかったるそうに首を鳴らしたのち、何かを考えるように、今度は私の全身を眺めた。ゾロさんに押し付けられたままの上着はまだ汚れてないけど、何か気になることでもあるのだろうか。首を傾げた私を余所に、彼はいきなりぐっと手を伸ばすと、一瞬のうちに私を抱え上げてしまった。

「えっ、ちょっとゾロさん!?何してるんですか!?」
「さっさと行くぞ」
「いやあの、抱えてもらわなくても平気・・・・・・」
「俺が連れてったほうが早ェ」

 事もなげにそんなことを言ったゾロさんは、結局私を抱え上げたままジャンプ一つで天井の大穴をくぐり、屋上へ辿り着いてしまった。存外優しく地面に下ろされて、私は屋上のタイルの上に座り込む形になる。さすがに何階分もジャンプして疲れたのかゾロさんも隣に座りこむ。彼によって吹き飛ばされてきたナミさんが「やっぱりアンタか!!」なんて怒鳴っているうちにサンジさんまで床を突き破って登場し、果てには何故かロケットのように下から飛んで来たそげキング、――――ウソップさんが屋上に身事墜落してみせる。
 私は対岸の司法の塔に目を遣り、そこに佇むCP9の面々と、ロビンさん、フランキーを確認する。そして、それに対峙するルフィさんの背中も。

「頼むからよ!!ロビン・・・・・・!!」

 ルフィさんの真剣な声。私はそれに引き寄せられるようにして、ゆっくりと彼のもとへと向かう。追いついてきたナミさんが軽く私の肩を叩いた。

「死ぬとか何とか・・・・・・何言っても構わねェからよ!!!そういうことはお前・・・・・・」

 ロビンさんの瞳が、僅かに涙に濡れているのが分かった。かつりと靴を鳴らし、屋上の淵、装飾の上にルフィさんと並ぶように立つ。風がまるで身体を攫うように吹き付ける。それでもじわじわと熱くなる頭を冷ますには少々足りないらしい。

「俺たちのそばで言え!!!」
「そうだぞロビンちゃん!!!」
「ロビン帰ってこーい!!!」
「――――あとは俺たちに任せろ!!!」




「あの人、大丈夫なんですか?」
「あ?・・・・・・大丈夫だろ、アイツらの仲間だしよ」
「・・・・・・まあ、そうですね」

 思い思いに暴れはじめた二人の巨人を眺めながら、私は手の内のナイフをくるりと回す。まだ万全とは言えないけれど、彼らの背中で少し休んだおかげで、何とかやれそうだ。
 四人で迫りくる軍勢全てを相手していたとき、巨人二人が起き上がってきて私たちは半ば絶望した。さすがに彼らを相手する体力は残っていない。これはいよいよ年貢の納め時か、――――そう覚悟した瞬間、彼らに攻撃されたのは海兵たちのほうだった。どうやら一味のウソップさん、いやそげキングさんの言葉で二人はこちらに協力することにしたらしい。肩に乗せられて裁判所まで行くまでの間、能力で敵を妨害こそしていたものの、ほとんどすることもなく実に快適だったのだ。
 今や巨人二人はこちらの軍勢、これで跳ね橋のレバーを作動させることさえできれば、私たちの役目は終了だ。一味の人たちの場所まで飛ばされていったそげキングさんを案じながらも、私は裁判所内の敵と戦うために走り出したパウリーさんに続く。

「・・・・・・ここが正念場だな」
「そうですね。・・・・・・でも、」
「なんだよ」
「何だか、もう勝ったような気分なんです。変ですね」
「そりゃァお前、・・・・・・油断すんなよ」
「勿論」

 再び喧噪の中に身を投じる。突き出された刃を避け、ヒールの先で相手の顎を蹴り上げる。さらに身体を捻って、もう一本の足で追撃を与えたのち私は左手で後ろの敵を突いた。
 いくらでもかかってきなさい。あの子が先に進むためなら、私はいくらでも自分の命を削る。
 巨人の肩の上で治療したはずの足から、たらりと血が垂れる。歯を食いしばりながら、私は戦い続けた。




 ロビンさんの瞳は、まるで何もかもを飲み込んでしまう海のように揺らめいている。それがひどく、哀しいと思った。

「今ここで『バスターコール』をかければ、このエニエス・ロビーと一緒に、貴方たちも消し飛ぶわよ・・・・・・!!」
「何をバカな!!味方の攻撃で消されてたまるかっ!!何言ってんだてめェはァ!!」
「二十年前・・・・・・私から全てを奪い、大勢の人たちの人生を狂わせた・・・・・・たった一度の攻撃が『バスターコール』・・・・・・!!その攻撃が・・・・・・やっと出会えた気の許せる仲間たちに向けられた・・・・・・!私が貴方たちと一緒にいたいと望めば望むほど、私の運命が貴方たちに牙を剥く!!私には海をどこまで進んでも振り払えない巨大な敵がいる!!私の敵は・・・・・・“世界”と、その“闇”だから・・・・・・!!」

 まるで叫ぶように言葉を紡ぐ彼女の想いが、まるで突き刺さるようだ。私はそっと、自分と並び立つ彼らの顔を窺う。皆真剣な眼差しでロビンさんを見つめている。
 こんなふうに助けに来てもらえるなんて、嬉しくないわけがない。でも彼女はそれと同じぐらい、彼らを失うことを恐れている。一度手に入れてしまった宝物を自分のせいで失うことほど恐ろしいことなんてないのだから。
 それでも、私はそれを、――――羨ましいと思ってしまうのだ。

「青キジの時も!!今回のことも・・・・・・!!二度も貴方たちを巻き込んだ・・・・・・!!これが永遠に続けばどんなに気のいい貴方たちだって・・・・・・!!いつか重荷に思う!!いつか私を裏切って捨てるに決まってる!!それが一番怖いの!!・・・・・・だから助けに来て欲しくもなかった!!!いつか落とす命なら、私は今ここで死にたい!!!」
「ロビンちゃん・・・・・・」
「ロビン・・・・・・」
「そういうことか・・・・・・」
「ワハハハハハ!!成程なァ!!・・・・・・まさに正論だ!そりゃそうだ!!お前を抱えて邪魔だと思わねェバカはいねーよ!!」

 ロビンさんの悲痛な叫びを笑い飛ばしたあのバカが、どうやら今回の事件の首謀者のようだ。従えているのがCP9であるからして、恐らくかれはサイファーポールの指令長官だろう。随分と弱そうだけど、もしかしてエリート組なのだろうか。
 彼は自分の頭上にある旗、――――世界政府の旗を指し示し、ロビンの敵がどれだけ巨大かと嗤ってみせる。
 確かにそうだ。世界政府に追われるなんて、この世界に味方なんていないと言っているようなものである。
 でも、一味の人たちの表情は静かなものだった。私も、驚くほどに頭は平静だ。

「ロビンの敵はよく分かった!――――そげキング」
「ん」
「あの旗、撃ち抜け」
「了解!!」

 そげキングさんがカブトを引き絞る。あーあ、こりゃあ、この場にいた私も同罪だろうなあ。そう思うのに、私の唇に浮かぶのは、確かに笑みだった。

「“火の鳥星”!!!」

 彼が放ったパチンコ玉は真っ直ぐに旗を目指して飛んでいき、いとも簡単にその旗を、――――撃ち抜いてみせた。

「海賊たちが・・・・・・!!」
「『世界政府』に宣戦布告しやがったァ〜〜〜〜!!!」
「正気か貴様らァ!!全世界を敵に回して生きていられると思うなよォ!!」
「望むところだァ―――――っ!!!!」

 燃えていく旗を見上げて、私は小さく息を呑む。堪えていなければ泣いてしまいそうだと思った。仲間のために世界を敵に回せる海賊が、――――いや、人が、この全世界にどれだけいるというのだろう。でも彼らは躊躇いなくそれが出来るのだ。どくんどくんと波打つ心臓が、私に自覚を迫る。ああ、馬鹿みたいだ。こんなときに、紙とペンが欲しいだなんて。
 この人たちが進んで行く海の物語を、書きとめたい。残したい。そんな欲が身の内で膨れ上がっていく。

「ロビン!!まだお前の口から聞いてねェ!!――――『生きたい』と言えェ!!!!」

 ロビンさんの瞳から、確かに涙が零れた。
 彼女は何かを耐えるように一度目を伏せてから、息を思い切り吸い込んで、綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪めて、それでも、叫んだ。

「生ぎたいっ!!!・・・・・・私も一緒に、海へ連れてって!!!」

 私もそう言えたらいいのに。胸の前で握りしめた拳が、小さく震えた。


生きて痛いんでしょう

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