017
「――――おい、ミナト、それ」
「これでもう、だいじょうぶ」
唇にうっすらと笑みを浮かべたミナトが愛おしげにゴモラを見下ろす。慌ててヤツの怪我に目を遣れば、鉄球によって傷ついていた身体が綺麗に治っている。思わず目を疑うと同時に、――――納得もした。恐らくコイツの『ALIVE ONLY』の理由は、これだと理解する。そしてその力が持つ意味も。
ミナトはまだぼんやりした瞳をしている。まるで、この世ではないどこかを見つめるようなそれが、どこか空恐ろしくて俺は手を伸ばす。目を塞ぐように宛がえば、我に返ったのか「あ、あれ!?ゾロさん、なんにも見えないんだけど!?」なんて間抜けな声が聞こえてきた。外してやれば、ぽかんとした阿呆面が俺を見上げる。
あァ、これのほうがずっとマシな顔だ。
「お前、今自分が何したか分かってんのか?」
「エッ、私今何かしました?」
「・・・・・・ハァ」
そして記憶はないらしい。こりゃあめんどくせェことになりそうだな。そう思いながらミナトの頭を軽く叩いた瞬間、前方の建物、屋上が崩れた。一瞬だが、視界には捉えた。どうやらクソコックも同じらしく、やけに力の入った声音が応える。
「ルフィはもう・・・・・・『CP9』と戦ってる・・・・・・!」
「え!」
「ほんとか!?しまった出遅れた!!」
「ゴモラはまだいけるハズだ!全員反撃してコイツを援護しろ!!」
「オイ、クソマリモ何言って、――――」
ミナトの『アレ』である程度傷が癒えているなら、まだ行ける。降りようとする奴らを止めて刀を握り直す。チョッパーもゴモラの様子に気付いたらしく、信じられねェなんて顔をしながらもゴーサインを出した。
「ゴモラ・・・・・・!」
少し顔色の戻ったミナトが両手を掲げる。その腕に付いた一筋の赤い傷が視界を掠めた。あの血一滴に全財産を投げ打つ奴がこの世界にはごまんといるだろう。どうやらうちの船長が欲しがる奴は、どうにもこうにも面倒が付きまとうらしい。ロビンにウソップ、ついでに船大工候補のあの野郎で手一杯のクソ忙しい時期だってのに。
「――――まァ、仕方ねェか」
とりあえずそれは後回しだ。今は目の前の状況に集中するしかない。
「見える?ルフィ」
「イヤ」
「・・・・・・この屋上となると、よじ登っていくわけにもいかねェな」
「そりゃあゴムでもあるめェし」
「私は風で自分の身体を運べばいけるかな・・・・・・」
辿り着いた裁判所前。広場から建物を見上げ、私たちは思い思いに呟いた。私たちはこれからこの裁判所を通過し、跳ね橋を下ろした上で司法の塔へ突入しなければならない。そのためには左右の塔にある跳ね橋レバーを作動させなければいけない。ついでにこの重い石の扉も動かさなきゃいけないっていうんだから大変だ。それでも、どうにかなると思えてしまうのが、この海賊団のすごいところっていうか。
「『CP9』って何人見たの?」
「見えたのはツノの生えた大男一人だが・・・・・・」
「ブルーノさんだね。私が捕まってたときに見たのは、あと三人だったかな」
「三人か・・・・・・」
「あんな屋根もねェ場所にロビンちゃんやフランキーを連れて、全員でいるとは考えにくい」
「とにかく早くルフィに追いつかなきゃ!!ロビンを早く助けなきゃ!!!」
「ミナト、全員上まで運べねェのか」
「うーん、流石に全員はちょっと・・・・・・」
人を浮かせるというのは結構な重労働なのだ。チョッパーくんやナミさんを一人ずつ、ぐらいだったら大丈夫だと思うんだけど、この状況ではそう悠長なことも言っていられないし、そもそも浮いたりなんかしたら狙撃の格好の的だろう。扉と跳ね橋をどうにかしたほうが現実的だ。つまり現状、この扉の向こうに進むしかないというわけである。私がもうちょっと色々出来たらよかったんだけど、と思わずため息をひとつ。
結局扉をゾロさんが斬り刻むことになり、跳ね橋は解体屋の皆さんに任せることになった。ナミさんに続いて扉をくぐり、追手に向かって右手をかざす。少しでも貢献しておかなければ。
「――――“風龍塔”」
「っうわああ!?」
「竜巻ィ!?」
「ミナトちゃん、やるねェ」
「ありがとうございます」
にやりと笑ったサンジさんが、私の生み出した竜巻を見て「これで“自然系”じゃねェんだもんなァ」と首を傾げてみせる。それは私自身も不思議に思っているから何とも言えない。
まあとにかく、これで足止めも出来た。一刻も早くロビンさんのところに行かなければなるまい。サンジさんは少し目を離した隙にナミさんの道を切り開くために駆け出していた。は、はやい。なんでそんなに走るの速いの。
「ナミさん、ミナトちゃん!!こっちだ!!俺にのみついてきな!!」
「あのね私たちロビンを助けに来たんでしょ!?」
「おお・・・・・・そうだロビンちゃんが・・・・・・!!俺の助けを待ってるんだ!!今頃淋しくて泣いてやしねェかな」
サンジさんの台詞への反応に困って視線を逸らした私は、一人別の方向へと走り出したゾロさんを視界に捉えた。いや、どこに行くんだあの人。私は慌てて彼の背中に声をかける。
「ゾロさん待って、どこ行くんですか!?」
「待てゾロそっちじゃねェよォ!!」
「階段って言ったのにどう間違ったらそっち行くのよ!!ファンタジスタか!!」
「うるせェ!!お前の説明が悪いんだろ!!」
「ゾロさんだけでも浮かせて屋上に届けたほうがよかったかな・・・・・・?」
「ええそうね・・・・・・ミナトに頼むべきだったわ・・・・・・」
追いついてきたゾロさんを思わず微妙な目で見てしまう。そういえばこの人方向音痴なんだっけ。ウォーターセブン中を彼に担がれて走破した時のことを思い出す。確かに何度も同じところ通ったりしていまいち方向掴めてないなあって思ったんだよね。
「ファンタジスタ・・・・・・」
「うるせェ」
叩かれた。ひどい。ナイチンゲールの魔法
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