015


「こ、腰打った・・・・・・」
「ミナト!!大丈夫!?」
「なんとか・・・・・・ナミさんは?」
「平気よ。立てる?」

 差し出された手を借りてゆっくりと身体を起こす。大きく傾いた挙句、内装がぐしゃぐしゃになった車内を見回してため息もひとつ。なんて無茶なことするんだ。これを指示した本人はさっさと外で戦っているというんだから解せない。
 海列車で待機していた私たちは、正門が再び閉められてしまったことにより、ゾロさんの作戦『海列車ごと正門を越える』を実行せざるを得なくなってしまったのである。こういう無茶が彼らにとっての『普通』なのかとも思ったが、悲鳴を上げて慌てるチョッパーくんやナミさん、そげキングさんを見て、おかしいのはゾロさんだけか・・・・・・と安心したのは内緒だ。ちなみに私は思わず神に祈った。
 空を飛んだ海列車は見事正門を飛び越え、途中で巨人に追突して地面に叩きつけられた。私が目を開けたら、ちょうどゾロさんとサンジさんが何事もなかったかのように出ていくところで。

「私たちも出ましょ。いつまでもここにいるわけにもいかないし」
「そうだね。・・・・・・ナミさんも戦うの?」
「あら、なあにミナト。私が戦えないと思ってんじゃないでしょうね」

 やるときゃやるわよ。華麗なウィンク付きでそう言ったナミさんは、先端が丸くなっているステッキのようなものを取り出す。これが恐らく彼女の武器なのだろう。どう見ても物理攻撃用にしか見えないんだけど、あの細腕でどうやって戦うのかな。
 そのあとに続きながらそんなことを考えていたら、――――海列車が爆発した。
 爆風で身体が浮き、咄嗟に受け身を取る。べしゃりと地面で潰れてから見上げた海列車の前では、もう既にナミさんが迎撃体勢に入っていて、やっぱり彼女も彼女で超人なんだなと思い知らされた。おかしい。何であの爆風でしれっとした顔をしていられるんだ。

「ナミさんすごい・・・・・・」
「よくもやってくれたわね・・・・・・!!」

 ナミさんがステッキを構えると、その先から泡のようなものがふわふわと浮き出てきた。それは全部合わさって大きな雲へと形を変える。私には天候の仕組みがよく分からないので何とも言えないが、どうも冷たい空気と温かい空気を合わせることにより雲が生まれる、らしい。
 有り得ない現象に、海兵たち、それに職長さんに解体屋さんたちも視線がそれに釘づけになっている。私も見とれてしまっていたが、ナミさんが取り出した三本目のステッキの先端がばちばちと嫌な音を立てていることに気付いて、そっと距離を取った。すごく嫌な予感がする、ので。

「・・・・・・さすがね、完成版“天候棒”。今までとは速度も大きさも段違い!――――さァ試させてもらうわよ、雷の威力!!!」
「何かする気だ、あのねーちゃん」
「“サンダーボルト=テンポ”!!!!」

 や、やっぱり雷か・・・・・・!
 雲が生み出したのはナミさんの言葉通り『雷』で、それは辺り一帯に降り注いだ。敵味方関係なく、また容赦もない攻撃に背筋が寒くなる。ナミさんですら必死に逃げているのを見て、離れておいてよかったと心の底から思った。ゾロさんやサンジさんが思いっきり喰らっていたけれど、まぁあの二人なら平気なんだろうな。
 しかしナミさんはすごい。あっちで解体屋の人が零しているけれど、ナミさんは一見戦うようには見えない。その彼女があっという間に広場の海兵たちを丸焦げにしてしまったのだ。
 これは賞金首としては、いいところ見せないといけないかなあ。
 ナミさんが蹴散らした海兵たちの山の向こう、まだまだ現れる敵。放っておけばゾロさんたちが倒してくれるだろうけど、ここはひとつ、私もやれるんだというところを顕示しなければ。

「てめェナミ!!何してくれてんだ!!!」
「んナミさん!俺は今君に出会った衝撃を思い出したよ!!」
「謝りなさいよそげキング」
「お前が謝れ!!アホかァ!!!」
「・・・・・・あれ、ミナト?どこ行くんだ?一人で行くと危ないぞ!!」
「いや、ちょっといいところ見せようかなーって・・・・・・」

 増援のほうに足を向け、歩き出す。向かってくる敵はざっと五十人といったところだろうか。
 あの人数を一人で、なんて止められることは分かりきっていたので見つからずに行きたかったのだが、うっかりチョッパーくんに見咎められてしまった。するとナミさんの雷についてぎゃあぎゃあと言い争っていた四人も、当然私のほうへと視線を向ける。
 一番に反応したのは、やっぱりというか何というか、サンジさんだった。ナミさんにハートの視線を送っていたのはくるりと入れ替えて、真剣な目で私を見る。へにゃりと眉が下がったのが分かった。

「ミナトちゃんの手を煩わせずとも、俺があんなザコ共蹴散らして、――――」
「やらせてみろよ、お手並み拝見といこうぜ」
「コルァ!!!お前もしミナトちゃんに何かあったらどうすんだこのクソ剣士!!!」
「・・・・・・先に進む前に、私の能力見ておいたほうがいいと思うんだよね」

 使えるか、使えないか。窺ったのはゾロさんだ。お手並み拝見、という言葉の通り、彼だけは面白そうにこちらを見つめている。私がこの先で使えるか否か、ここで判断してもらうべきだ。大事な局面になって使えないのも困るだろうし。
 私は向かってくる敵に向かって、ゆるりと両手を掲げた。生み出すのは暴力的な風。指の間にまでそれが纏わりつく。全部を巻き込むようにゆっくり握り込み、――――勢いよく振り下ろす。

「“ダウンバースト”!!!」

 風が空気を切る。轟音と砂埃で一瞬全ての情報がシャットアウトされ、遅れて怒号と悲鳴が耳へと届いた。そして何かが地面に叩きつけられたかのような地響きも聞こえてくる。
 これは下降気流を敵にぶつけ、そのまま吹き飛ばすという単純な技だが、数だけの相手にはこれが案外効果的だったりするのだ。屋内でやるとそのまま風に巻き込まれて大変なことになるので、フランキーハウスで使ったときには、もんどりうって悲鳴を上げる解体屋さんという面白いものを見ることができた。怒っていたはずなのに、うっかり笑ってしまったのは内緒だ。
 さて巻き上がった砂埃も流れていき、ようやく視界がクリアになる。そして眼前には、横に吹き飛ばされて建物に追突したり、地面にべしゃりと潰れていたりと散々な有り様の海兵さんたちが転がっていた。見える範囲で立っている人はいないので、どうやら私の攻撃は成功したようだ。
 やや誇らしい気持ちで後ろを振り返ると、「・・・・・・あれ?」

「どうかした?」
「いや、セノンさんに話は聞いていたけど、実際に見るとこれは・・・・・・」
「なァ、ほんとに“自然系”じゃないのか?」
「悪魔の実を食べた覚えもないし、普通に攻撃効くから違うと思う」
「こりゃあ7千万も納得だな・・・・・・」

 ぽかんと口を開けたナミさんたちが、呆然とした面持ちのまま呟く。反応が薄いからいまいちだったかと思ったけど、内容から察するに杞憂だったみたいだ。息を吐いて肩の力を抜く。すると視界の端に、腕を組んだままのゾロさんが映る。なんとも言えない微妙な顔をしている、んだけど、これは駄目ってことかな。

「ゾロさん?」
「あ?」
「やっぱり駄目でした?」
「何がだよ」
「今の技・・・・・・難しい顔してるから、実力不足だったかなと思って、」
「いや、そういうワケじゃねェが・・・・・・」

 ゾロさんはまた、それきり黙り込んでしまう。何か引っかかることでもあるのだろうか。その眉間には深い皺がくっきりと刻まれている。しばらく見つめていると、やがて「あー、やめだ」という声と共に表情が崩れた。がしがしと頭を掻いた彼が私を見る。やっぱり追い返されるのかと身構えるが、出てきた言葉は予想とは逆のものだった。

「それだけやれりゃあ十分だ。とりあえず先に進むぞ」
「あ、・・・・・・はい」

 褒められた、のかな。
 十分だと言ってもらえたのが嬉しくて、私は思わず相好を崩す。セノン以外の人に褒められるのは、やっぱり慣れていなくて少しくすぐったい。緩んだ私の顔にゾロさんがまた微妙な顔をしたけど、まぁ気にしないことにしよう。

「で、だ。先に突っ走ってったあのアホはどこにいるんだ」
「さァ、この島も狭くはないから、探すとなると・・・・・・」
「ルフィさん、一人で戦ってるんだっけ・・・・・・」
「そうだな」
「でも敵は集まるはずだから、派手な戦闘が起きてそうな場所・・・・・・」

 私たちが今いる場所は、少し開けて広場のようになっている。大人数での戦闘となると、こういう場所で行われている可能性が高いだろう。でも周囲は少し背の高い建物が並んでいて、それがしばらく続いているだけで広場のようなものは見当たらない。それに、この辺りにいた敵はあらかた私たちで倒してしまったみたいなので、ルフィさんは近くにはいないだろう。真っ直ぐ司法の門を目指しているとしたら、彼がいるのは道の先か、それとも。
 派手に人が吹っ飛んでるとか、そういう感じだったら分かりやすいんだけどな。
 そんなことを考えつつ息を吐いて、もう一度周囲に視線を走らせると、急に建物の一つが轟音を立てて崩れ始めた。目を疑った。

「・・・・・・えっ」
「「「「「絶対あそこだ」」」」」
「あんなに派手じゃなくてもよかったんだけど・・・・・・」
「まァそれがルフィよ。諦めて、ミナト」
「それじゃ・・・・・・追いかけるか」

 崩れた建物の方向へと、全員が走り出す。皆は建物を崩してしまうほどの力を何とも思っていないみたいだ。風の力が使える以外はいたって凡人の私には、俄かには信じがたい光景であるというのに。転がった海兵を踏みつけないように後を追いつつ、私はそっと呟いた。
 麦わらの一味、怖い。




「・・・・・・パウリーさん」
「あん?何だよ」
「この包囲網・・・・・・抜けられると思いますか」

 くるり。ナイフを手の中で弄びながら、俺の傍らに立つ借金取りが零した言葉は、また新たに沸いて出た海兵や“法番隊”の雄叫びの中でもしっかりと耳に届いた。
 先ほど“海列車”ごと門を飛び越えてきた一味と、借金取りの妹、ミナトは、囲んでいた敵を簡単に蹴散らしてしまった。一味の奴らの力は知っていたが、正直あの“風”には驚かされた。あれで“自然系”でないんだったら何だって話だが、まぁそれはいい。とにかく奴らの力は凄まじかったってことだ。だから、こいつの台詞の意味がイマイチ掴めない。

「さっきの見てねェのかよ。あんだけやれりゃあ簡単だろ」
「でも、彼らが対峙すべきなのはこんな有象無象の雑魚ではないでしょう。それに今回は、時間との勝負です」
「・・・・・・なるほど」
「ここで無駄な体力を使うべきではない。かといって、この人数を無視して進むわけにもいきません」
「分かった。それなら俺に案がある」

 聞いてみりゃあこいつの言うことはもっともだった。あいつらが目指すべきはあの門だ。ここでぐずぐずしている暇はないだろう。最小限の戦闘でこの包囲網を切り抜ける必要がある。方法自体は簡単に思いつく、あのヤガラを使えば敵を蹴散らして進めるはずだ。問題は包囲網をそのままにしておけねェって点だ。
 誰かが残る必要がある、――――まァ、『誰か』なんて分かりきった話だな。ただ、この借金取りをどうするかがネックだ。見ていると言った以上、こいつも俺と行動を共にしなければならない。
 どうしたもんかと頭を掻く。それに気付いたのか借金取りが俺の顔を覗き込み、――――そして何かを察したのか、ゆるりと微笑んだ。

「私なら大丈夫ですよ」
「・・・・・・なら残るのは四人、か」

 本当なら、俺だってあいつらをブン殴ってやりたい。アイスバーグさんを騙していて、殺そうとまでした罪を殴って済まそうってんだからかわいいもんだろう。でも俺がすべきことは別にあるし、あいつらをブン殴るのは『麦わらの一味』の担当だ。任せた以上は全力でサポートしてやらなきゃならねェ。
 ふと傍らを見る。もう前を見据えているこの女は、さっきの戦闘でもめざましい活躍を見せた。こいつが残るってんなら、取りこぼしも少なく済むだろう。妹に比べればと謙遜していたが実力は大したものだ。実際、何度か助けられる場面もあった。
 そういえば、そのときの礼を言ってなかったか。戦闘中のことでいちいち礼を言うのもどうなんだ、と頭の隅で冷静な自分が呟くが、一味を先に進ませるべきだという進言、全てを察して一緒に残ることを選択してくれた思慮深さに感心したのも相まって、その言葉はするりと口をついで出る。

「・・・・・・借金取り」
「はい?」
「町に帰ったら何か奢ってやるよ」
「・・・・・・はい?」
「考えとけ」

 奢るよりも借金を早く返してほしい、とその顔に書いてある気がしたが見なかったことにして、俺は一味の奴らを先へと進める作戦のために動き出した。


目指すは君の星

[*prev] [next#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -