014


「・・・・・・いいかお前、絶対俺より前に出るんじゃねェぞ」
「何回も言わなくても分かります。そろそろ口を閉じていただきたいのですが」
「分かってなさそうだから言ってんだよォオ!!!!」

 パウリーさんからエニエス・ロビーの地形に関しての説明を受け、私たちはいよいよ突入を待つこととなった。向こうではセノンとパウリーさんが痴話喧嘩・・・・・・じゃなくて意見の擦り合わせをしているようだ。仲良きことは美しきかな。セノンがああやって言い合いを出来る人なんて今までいなかったから、何だか自分のことのように嬉しい。
 しかしパウリーさんは叫びすぎなんじゃないかな、喉痛めないかなと少し心配になったが、ナミさんに言わせれば「ずっとあんな感じよ」とのことなので気にしないことにした。あれが通常なのか未来の義兄。すごい。
 私はそうしてにまにまとその様子を眺めていたのだが、ふっと後ろに誰かが立つ気配がしたと思ったら急に頭が重くなり、視界が遮られた。

「うっ」
「着とけ」
「ぞ、ゾロさん・・・・・・あ、あれ?」
「・・・・・・上着取っ払うのにいつまでかかってんだオイ」

 はぁ、と重いため息が降ってきて、今度は視界が一息に明るくなる。慌てて振り向けば、男物の上着を指に引っかけたゾロさんが私を見下ろしていた。視界を遮ったのは彼の持っている上着だろう。ぽかんとそれを見上げていれば、上着を手に押し付けられてもう一度「着とけ」と言われてしまう。
 ゾロさんは既にジャケットを着ているので、これはきっと予備だったのだろう。でもどうして私にこれをと首を捻ったが、自分の着ているワンピースがぐっしょりと濡れていることに気が付いて、合点が行った。濡れ鼠もかくやという濡れ具合だ。ふと剥きだしの肩を見下ろせば、そこにはしっかりと鳥肌が浮かんでいる。

「そういえば寒い・・・・・・」
「遅ェよ!!見てるこっちが寒いんだ、風邪引きたくねェなら着ろ」
「ちょっとゾロ、着替えならあるって言ったじゃない!!」
「・・・・・・エロコックがいる前でコイツ脱がすのか?」
「それもそうね・・・・・・あ、じゃあ中のワンピース脱いじゃいなさいよ」

 それならあったかいでしょとナミさんに微笑まれて、私は大人しく上着に袖を通して前を閉めると、ワンピースを脱いだ。ナミさんは私に服を貸そうとしてくれていたみたいだけど、確かにこの海列車は一車両しか無いし、着替えるとなれば皆の前で着替えなきゃいけないのだろう。それは困る。あとナミさんが持ってる服、寒そう。お腹出てるし。
 男物だからか、その上着はやけに大きくて、私の太腿までをすっぽりと覆ってしまった。肘のすぐ上まである袖が温かい。これは助かったと私はゾロさんのジャケットの裾を引く。

「ありがとう、ゾロさん」
「・・・・・・これから戦闘ってときに、あのエロコックが使い物になんねェのはさすがに面倒だからな」
「サンジさんの扱い・・・・・・」

 まぁそれもそうだ。
 ゾロさんの渋面に苦笑を返しつつ、私はぐるりと車内を見渡し、――――正義の門を見つめているルフィさんに目を留める。ココロさんが正義の門の説明をしてくれているが、生憎と私はその手の知識をセノンに叩き込まれているのだ。皆の輪を少し離れ、彼の元へと足を向ける。
 ルフィさんまであと数歩、というところで、彼が私の名前を呼んだ。なァ、ミナト。いつもより落ち着いたその声は、ぴりっとした気配を孕んでいる。

「お前もロビンを助けに行きてェんだよな」
「・・・・・・うん」
「そっか!」

 ルフィさんは嬉しそうに笑う。私がロビンさんを助けに行く、ということのどこが嬉しいのかはよく分からなかったけれど、彼の笑顔は見ているこっちまで嬉しくなってしまうから、私も同じように笑ってみせた。この人を船長として仰げたら素敵なんだろうなぁ。ふっと心に浮かんできたその言葉がやけにしっくりきてしまって、胸が痛くなったような、気がした。
 私は、海が好きだ。どうしようもなく惹かれるし、焦がれてしまう。それは疑う余地もない事実で。でもセノンはそうじゃない。セノンの居場所はウォーターセブンなのだ、と思う。そう言葉にされたことはないけれど分かる。私は彼女の妹なのだから。
 そして私は、きっとセノンを置いてはいけないのだ。
 ふう、と息を吐くと、ルフィさんがじっと私を見つめていることに気付いた。黒い、きらきらの瞳が私を覗き込む。

「ミナト、やっぱおめェよォ」
「ん?」
「仲間になれ!!」
「え、」
「おれはお前が仲間に欲しいんだ。だから仲間になれよ!」
「る、ルフィさん・・・・・・」

 あの日、初めて彼らと顔を合わせたときにも言われた言葉。真っ直ぐなそれが、ぐさりと心に刺さって、さっきの胸の痛みがひどくなる。私は無意識のうちに胸を押さえていた。
 ルフィさんは、あの日のようにしつこく勧誘する気はないようだった。私が揺れているのが分かってしまったのかもしれない。彼はやっぱり嬉しそうに笑って、「じゃあおれは先に行ってるぞ!」なんて元気に叫んで窓から飛び出して行ってしまった。私はというと何だか力が抜けてしまい、膝から崩れて床にぺたりと座り込む。

「・・・・・・なか、ま」

 いいなぁ。そう思ったのは、嘘じゃない。嘘じゃないって自分で分かっているから性質が悪いのだ。
 ルフィさんがエニエス・ロビーを囲む柵にへばりついたのが遠目に見える。私はしばしそれを眺めて、ルフィさんはやっぱりすごいんだなぁと感動して、――――あれ?

「る、ルフィさん、五分待つんじゃ、」
「あれ?ルフィは?」
「え?さっきまでそこでミナトと・・・・・・」
「あれ!?麦わらさんっ!?」
「何やってんだあいつは勝手に――――っ!!!」
「あの人、作戦全然分かってねェ〜〜〜〜っ!!!」

 柵にへばりついたルフィさんを見て、慌てだす車内の人たち。ウソップさん、じゃなかった、そげキングさんに「何してたんだよおめェは・・・・・・」と呆れたように言われてしまい、思わずすみませんと頭を下げる。暢気に見送ってる場合じゃなかった。先ほどパウリーさんから説明された作戦では、キングブルで解体屋さんやパウリーさんたちが先に突っ込み、五分後にルフィさんたちが出ていく手筈になっていたのに。
 一味の人たちががっくりと肩を落とし、ルフィなら仕方ない、なんてぼやいている。

「五分“待つ”とか無理だから」
「そりゃそうか・・・・・・おいミナト、お前いつまで座ってんだ」
「なんかごめんなさい・・・・・・」

 ゾロさんにも頭を下げつつ、私はゆっくりと立ち上がる。
 私が『麦わらの一味』側で戦うことになったのは、私がロビンさんとの約束を主張した結果でもあるけれど、後押ししてくれたのはゾロさんだ。どうやら私がセノンを他の人に預けた理由を、ちゃんと汲んでくれたらしい。サンジさんには危ないからと反対されてしまったけど。
 幸先の悪いスタートだけど、これから先はそうも言っていられない。全力で相手を叩き潰さなければやられるのはこっちだ。海賊として過ごした日々はもうかなり昔のことのようだったけれど、あのフランキーハウスの出来事がいいリハビリになったらしく、『能力』のほうもあまり不安はない。

「この失態を取り返すために頑張ろう・・・・・・!」
「おお、張り切ってるなミナト!!」
「チョッパーくん、一緒に頑張ろうね」
「おう!絶対ロビンを取り返すんだ!!へへ!」
「・・・・・・!」
「・・・・・・ミナト、顔緩んでるわよ」




「敵の数が随分と多いですね」
「まァそりゃそうだろ。怖気づいたか?」
「まさか」

 ホルダーからナイフを取り出し、くるりと手の内で回す。鍛錬は怠っていなかったので久しぶりという感覚はない。
 でも、これから人を斬って、殺すのだ。ぞくりと背筋が寒くなる。怖気づいたわけじゃないけれど、ただ少し、息が詰まった。
 もう戦闘は始まっていて、私たちはこれから正面に見える門を開けに行くのだ。私が動かないとパウリーさんも動けない。そろそろ行かなくては。くるり。もう一度ナイフを転がして、握った。

「行きましょう、パウリーさん」
「・・・・・・あァ」

 ヒールはいつも通りの重さだ。がん、と強く地面を蹴って走りだし、徐々にスピードを上げていく。最初は誰から行くか。陣形も何もない入り乱れた戦場で視線を走らせて、正面でこちらに銃を向けている海兵を見つけた。再び手の内でナイフが躍る。
 彼の目はしっかりと私を捉えていたけれど、それは私には関係のない話だ。ナイフを逆手に持ち替え、空いた左手で宙に丸を描く。

「空幻惑、――――“閃光裂き”!」

 視線が、逸れる。
 私はそこへ走り込み、制服の襟から覗く彼の首へとナイフを一閃。そのまま横で剣を振り回していた海兵に一撃をくれてやる。こちらに気付いた二人の額をヒールの踵、細いそれで抉るように蹴り飛ばした。ステップで二歩下がり、再び円を描く。唱えるのは同じ“閃光裂き”だ。これは強い光を幻覚で見せるだけ、という技名を付けるのもおこがましいようなものなのだが、私の戦い方と相性がいいので、よく使っている。
 逆手のナイフを翻し、崩れかけた身体を足蹴にして人の波を超えた。やっぱり最初から二本出すべき、だろうか。左手がホルダーをまさぐり、もう一本のナイフを引っ張り出す。

「借金取り!!俺より前に出るなっつっただろうが!!――――ロープアクション、“フィギュアオブ・エイト・ノット”!!!」
「パウリーさんが遅いからでしょう、――――空幻惑、“シャッター”」
「ま、前が見えねェ!!」

 相手の視界を塞ぐ技。これも私の戦い方を最大限に活かすためのものだ。今のにかかったのはざっと三十人といったところか。先ほどと同じようにナイフと蹴りで敵を倒していけば、あっという間に門まで着いてしまった。パウリーさんがモズさんとキウイさんに鍵を開けるように指示を出し、解体屋の人たちが一斉に扉を押す。
 難攻不落と言われたエニエス・ロビー。その正門が、開く。

「・・・・・・怪我は」
「特には。パウリーさんはいかがですか」
「あるわけねェだろ、こんな雑魚相手に!!行くぞ!!」
「、はい」

 パウリーさん、私のこと少しは認めてくれたんでしょうか。
 くるり、ナイフを回す。そんなことより次の扉も開けて、ミナトに繋げなければ。私のピンヒールが地面を強く蹴り上げた。
 

天鵞絨に揺蕩う

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