013


「どういうこと!?何故貴方がここに!?どうやって乗り込んだの!?」

 ニコ・ロビン。実際に見るのは二回目の、『悪魔の子』。
 サンジさんとフランキーが戦うために残り、ウソップさんと私は、ウソップさん発明の“オクトパクツ”なるもので外板を渡ってロビンさんに会いに来たのだ。ちなみにサンジさんの素晴らしい機転により後部二車両を切り離したため、戦闘は最低限で済んでいる。
 ロビンさんは相当動揺しているようだった。ウソップさんの後ろにいる私にも気付いていないらしい。そ、そんなに影薄いかな・・・・・・髪の色は赤いはずなんだけどな・・・・・・。

「初めまして、私は狙撃の王様“そげキング”だ!!色々話すと長くなるが、君を助けに来た!!」
「そげキングさん、あくまでそのキャラ通すつもりなんだね・・・・・・」
「・・・・・・貴方は、」
「初めまして、ミナトです」
「ミナト君も我らの手助けをしてくれる心強き仲間だ。ちなみに懸賞金7千万ベリー」
「もしかして貴方、『風射手のミナト』・・・・・・?どうしてこんなところに」
「えっ」

 私のこと知ってるんですか。
 あの手配書の特異性以外はあまり目立つところもなし、手配は丸一年前に二回あったきりなので、場合によっては海兵にすら気付かれないのが私だ。それがこんな美女に覚えられていたとは。ロビンさんはもう一度私に視線をやってから、じれったそうにウソップさんを見た。顔に明確な焦りが見て取れる。
 きっと、彼女の頭の中は仲間のことでいっぱいだ。守れると信じていたはずの仲間が、こんなところまで自分を追いかけてきてしまったのだから焦りもするだろう。サンジさんやルフィさんの名前が出るたびに、彼女の表情はどんどん追い詰められた人のそれに変わっていく。ウソップさんは気付いていないみたいだけど。

「コレが君の分の“オクトパクツ”だ!!両手両足に嵌めれば、窓から出て海列車の外板にはりつける」
「・・・・・・待って!!どうしてそんなことに・・・・・・!!?私は貴方たちにはっきりとお別れを言ったはずよ!!?私はもう二度と一味には戻らない!!!」

 はっきりとした声に必死な目で、ロビンさんはウソップさんを説得しようとする。でもウソップさんも引かなかった。彼女の思いを知ったうえで助けたいのだと言葉を連ねていく。その間にも、ロビンさんは目に見えて顔色が悪くなっていった。
 分かる、と思ってしまった。自分では到底手に入らないと諦めていた『何か』が偶然手に入ったら、人はそれを二度と手放したくないと思うのが普通だ。しかし今度はそれが、自分の手の中にあるせいで壊れてしまうと知ってしまったら。

 彼女は、手を放すのだ。

「・・・・・・ロビンさん」
「っ、・・・・・・何かしら『風射手』さん」
「私ね、姉がいるんですけど」

 ウソップさんが怪訝そうな顔をしているのが、仮面越しでもよく分かる。ロビンさんはそれがどうしたとでも言いたげな顔だ。私はその二つの視線を受けて、口の端を持ち上げてみせた。
 ロビンさんは恐らく、今の状況じゃこちらには動いてくれないだろう。まだこちらの分が悪すぎる。

「私のこと心配して、今ルフィさんたちと一緒にこの海列車を追いかけてきてるんです」
「・・・・・・え、」
「馬鹿ですよね、私のほうがよっぽど強いのに」
「・・・・・・」
「ね。なんか似てませんか、私たち」
「似てる、かしら・・・・・・」
「似てますよ。だから、今助けてほしくないっていうロビンさんの気持ちも、ちょっとわかります。ちょっとだけ」

 これぐらい、と指で指し示せば、ロビンさんが弾かれたように顔を上げる。分かると言われたことに驚いたのだろう。おいミナト!と私を止めようとするウソップさんの声は耳に入っていたけれど、私は構わずそのまま続けた。

「でも、ね。さっき電伝虫で怒ろうと思ったら、逆に怒られちゃいました。姉は私と違って理詰めでくるから、何にも言い返せなかったし」
「・・・・・・」
「でも悲しいことに、向こうが心配で心配で死にそうなのが分かっちゃったんですよね」
「そう、でしょうね」
「お互い様だなって考えたら、まぁいいかなとも思っちゃって」

 セノンは、海賊だ。彼女の意思を私が無理に捻じ曲げることなんて出来ないし、何よりあの人は私よりずっと頑固で、心配性なのだ。私が泣いて引き返してと懇願しても、絶対に聞き入れてくれないに違いない。
 そのニュアンスはロビンさんにも伝わったのだろう。表情が少し緩む。セノンと同じように頑固で心配性な、彼女の仲間のことを思い浮かべているのかもしれない。

「・・・・・・それでねロビンさん。ご存知の通り私も海賊なんです」
「――――ッ、駄目よ!!貴方にそんなことさせられないわ!!!」

 私の口上で気付いたのか、ロビンさんが必死な表情で叫ぶ。察しのいい、優しい人だ。私は思わず笑ってしまう。こんな人が存在するだけで罪ならば、きっと世界のほうが間違っているのだ。
 彼女はもう、私がここで彼女を助ける気がないことに気付いているだろう。もちろん、今すぐ助けられるものなら助けてあげたいのだが、それではロビンさんが納得しない。自分のことを一味の重荷だと思い続けて、この先生きていくことになる。それは嫌だ。せっかく羨ましいぐらいに素敵な仲間を持っているんだから、そんなのは絶対に損だ、と私は勝手に思っている。
 だから。私はロビンさんに誓う。助けたいと思ったのは本当だし、私だって海賊だ。欲しいものは奪いに行くのが定石。せいぜい意地悪く見えるように笑ってみせる。

「私は、ルフィさんたちと貴方を助けに行きます。必ず」
「どうして、――――どうして、貴方がそんなことを、」

 ロビンさんの瞳が揺れている。

「ロビンさん、私の姉さんにちょっとだけ似てるの」




 『風射手』と呼ばれる少女のことは、よく知っていた。
 初頭手配から既に4千万ベリー。虫も殺さないような顔のかわいらしい少女には、とても似つかわしくない数字だと思ったのを覚えている。そしてその手配書の特異性も目を引いた。
 『ALIVE ONRY』――――兵器の秘密を知る私でさえも適用されないそれは、何をもってして基準とするのか。
 政府が彼女を生きたまま欲しがる理由。ちらりと窺ったのは、私の正面に立つその少女だ。まさかこんなところで会えるとは思わなかったけれど、経緯は何となく察しがついていた。恐らくウォーターセブンにいた彼女を、CP9が見つけて捕まえたのだろう。
 最初は気の毒に、と思った。私があの町にいなければ、彼女が捕まることもなかったはずだ。自分だって今まさに連行されている最中だというのに、人の心配ばかりするようなお人好しの海賊。変な子だとも思った。
 しかし私を助けに行くと真っ直ぐな瞳で言い放ったときには、絶望すら覚えた。私の呪いの犠牲者が増えてしまうかもしれないということが、果てしなく怖い。彼女の目は私を『仲間』と呼んでくれる彼らにそっくりで、だから余計に恐怖した。
 これ以上、巻き込みたくなかった。あの子を私のせいで破滅に導きたくなかった、――――だから。

「・・・・・・あの子は、置いていって」

 “空気開扉”によってこちらにやってきたブルーノが、彼女に手を伸ばそうとしたのを制した。
 長鼻君に助けられた。でも、駄目だ。私は彼らと一緒にはいけない。二人が歯を食いしばっているのが見えて、私にどこか似ているという彼女のお姉さんに、彼らと同じ思いをさせたくなかったのだ。そしてあの子も、私と同じ思いをする必要はない。
 私の言葉に、彼女が大きな目を見開いた。

「貴方たちの任務は私とフランキーの連行。それで十分なはず」
「・・・・・・分かった」
「ロビン、さん」

 視線が真正面から交じり合う。彼女の瞳には、心配そうな、それでもどこか落ち着いた色があった。
 彼女はきっと、最初から、私を止めるつもりはなかった、――――少なくとも『ここ』では。それに気付いて少し苦い気持ちになる。分かっている。麦わらの一味がここで私を諦めるなんて物分りのいいことをしてくれるはずはない。そして当然この少女も、彼らと共に私を追ってくる気なのだろう。
 そして、彼女は自身が誓った言葉のために、私を、奪い返しに来るはずだ。

「・・・・・・絶対、助けに行きますね」

 願わくは、この少女を止めてくれる誰かが現れますように。




「・・・・・・というわけで、私もエニエス・ロビーで一緒に戦いたいんだけど・・・・・・」
「いいわよ」
「だよね、だめだよね・・・・・・って、は?」
「だから、いいわよって言ったの。『悪魔の子』さんを助けに行くんでしょう」
「え、・・・・・・え?ナミさん、これうちの姉?そっくりさんとかじゃない?」
「本物よ」
「酷ェ言われようだな」
「えええ・・・・・・」

 嘘だ。セノンがこんなに物分りがいいはずない。
 ロビンさんを助けるためにCP9と対峙した私とサンジさんとウソップさんは、半ば彼女に追い返されるような形で帰ってくる羽目になってしまった。フランキーは私たちを逃がすために向こう側に残ってしまい、賞金首ということで連れて行かれそうになった私は、ロビンさんが庇って助けてくれたために、こうしてルフィさんたちと合流できている。
 ちなみに合流するなりセノンに再び説教を喰らったため、今は酷く足が痺れて辛い。正座ほんと辛い。
 セノンは説教を終えると私に海列車での話を求め、私はそれに応じた。サンジさんやウソップさんも一緒になって話してくれて、それを全員が聞き入る形になって。話し終えたところでセノンに「ミナトはどうしたいの」と聞かれたから、冒頭の台詞のように答えたのだ。
 まさかあっさりと許可を出されるとは思ってなかったけど。窺ったセノンは、ふかいふかいため息をついて、私の額を小突く。

「言ったところで聞かないでしょう、ミナトは」
「そ、それは・・・・・・まあ、海賊だから仕方ないよね・・・・・・」
「それに貴方は『悪魔の子』さんに庇われたのでしょう。なら、私も姉として相応の礼は、」
「あー、ええと」

 セノンの言わんとしていることが分かってしまい、私は小突かれたばかりの額に手をあてた。
 つまりこの馬鹿姉は、私を行かせる条件として自分も戦わせろと言っているのだ。こりゃあ参った。ちらりとその場にいる人の顔を見渡すけれど、全員何とも言えない顔をしている。どうやらセノンは私とサンジさんとウソップさん以外には、既に戦闘の了承を貰っているらしい。そんな顔するなら最初からオーケー出さないでほしかったよナミさん・・・・・・。
 もちろん、私がセノンの腕を見くびっているわけではない。そんなこと言ったら私だってまだまだで、『麦わらの一味』の人たちには遠く及ばない。そうじゃなくて、ちょっと心配なのだ。これは二人きり、背中合わせの戦闘とはわけが違う。セノンの命を守る戦いではなく、ロビンさんを奪いに行く戦い。二つのことを同時にこなせるほど、私は強くもなければ器用でもない。
 さてどうしよう。セノンの意思を尊重するか、それとも突っぱねるか。本気でごねれば今回はセノンも引くだろう。それかセノンを誰かに託すか。いやしかしその誰かがいない。困った。
 そうしていよいよ私が頭を抱え込んだとき、躊躇いがちに口を開いたのは葉巻を咥えた、どこか見覚えのあるような人だった。

「・・・・・・じゃあこの借金取り見張ってる誰かがいりゃあいいんだな?」
「え、」
「パウリーさん?」

 パウリーさん。セノンの言葉を反芻して、ようやく彼がガレーラ1番ドックの職長であることを思い出し、それと同時に驚愕した。いや、この人がここにいるのはこの際もう驚かないけど、随分とセノンに対して、こう・・・・・・気安いというか、扱いが手馴れているというか。
 私が目を丸くしている原因に気付いたのか、彼は少し呻きながらも「借金取り立てられた縁でな」と教えてくれた。

「ああ・・・・・・じゃあもしかしてセノンが散々苦戦してたターゲットって」
「彼ね。・・・・・・ところでパウリーさん、見張っているというのは」
「そのまんまの意味に決まってんだろ」
「ええと、つまりうちの姉の面倒をパウリーさんが見てくださるということですか」
「あー、なんだ、まァそういうことだ」

 思わずナミさんを見る。しっかりと頷かれた。
 ああ、なるほど。

「セノンにもようやく春が・・・・・・」
「春?」

 これなら大丈夫、かな。
 にんまりと緩む表情を必死に押さえつけて、私はパウリーさんにセノンを託すことに決めた。


願いが赦されるなら

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