011


「こんなのってないよウソップさん・・・・・・」
「わ、悪ィ・・・・・・」

 暴風雨が吹き付ける“海列車”の屋根の上。ウソップさんが、サンジさんとフランキーの言い合いを諌めるために大声を出したせいで海兵に見つかり、ここへの避難を余儀なくされたのはつい先刻のことだ。ちなみにすごく濡れて寒い。
 その分の恨みも込めてじとりと彼を見れば、縄をほどいてようやく自由になった身体を丸めてみせるから、それ以上何か言うのも可哀想に思えてきてしまった。まぁ原因はサンジさんとフランキーですもんねと取り成すように呟くと、ウソップさんはほっと息を吐く。

「寒くねェか?・・・・・・って寒ィよな、そりゃあ」
「う、薄着で来たことを今ものすごく後悔している・・・・・・」
「俺は貸せるような服着てねェし・・・・・・おいフランキー、そのアロハ貸してやれよ」
「それは嫌」
「アウ!だからおめェひどくねェか!!!あと長っ鼻、アロハを取られると俺はパンイチなんだが」
「さほど変わんねェよ」

 変態のアロハはちょっと。
 サンジさんは今、あの部屋で手に入れた電伝虫を使ってナミさんに連絡を取っている。ちらりと見える横顔がだんだん険しくなっていって、今やかなりのしかめっ面だ。何かあったのかなとその顔を見つめ続けていると、視線に気付いたのかサンジさんと目が合った。何か考え込むような間が空いて、彼はひらりと手を裏返すと手招きをする。私はそれに導かれるがままに彼の隣へ歩いていくと腰を下ろした。

「私に何か?」
「ミナトちゃんのお姉さんがルフィたちと一緒に来てるんだと」
「えっ、うそ」
「本当だよ。ミナトちゃん、海賊だったんだよな」

 にやり。サンジさんが意地悪く笑って私を見る。セノンがナミさんに話したんだと一瞬で理解して、それだからセノンがルフィさんたちと一緒にいることを信じざるを得なくなった。なにしてんだあの馬鹿姉は。思わず額を手で覆う。
 どうやらサンジさんとナミさんのお話は終わったらしい。苦情でもどうぞ、と差し出された受話器の向こうの相手は、もう察しがついた。ついたから、遠慮はいらない。

「ちょっとセノン、なんで追いかけてきちゃったの!!」
『――――なんで、じゃないでしょう!!貴方こそどうして捕まったりなんかしているの!!!』
「えっ、あっはい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
「ミナトちゃんクソかわいい・・・・・・」

 サンジさんの呟きはなかったことにして、私は受話器の向こうのセノンにひたすら平謝りする。わざわざ危ないところに乗り込んでくる姉に文句を言ってやろうと思ったのに、あっという間に形勢逆転である。どうしてこうなった。
 セノンは私が彼女を庇って怪我をしたときと同じぐらい、私を強く叱った。セノンは怒るときにはひたすら正論を理路整然と並べたてる癖がある。私は普段からふわふわした考え方しか持っていないので、こういう詰られ方をするとぐうの音も出ないのだ。
 日頃の不注意から自己犠牲が過ぎる甘い考え方までを一通り怒りつくしたところで、セノンはようやく深いため息をつく。これも怒るときの彼女の癖で、このため息が出たらお小言は終了だ。ようやく終わったかと私も同じくため息をつき、私は怒鳴り声から耳を守るために遠ざけていた受話器を持ち直す。

「ええと、セノン」
『なに』
「ごめん、と、ありがとう」
『・・・・・・帰ったら覚悟することね。こんなものじゃ済まさないわよ』
「はーい・・・・・・」
『気の抜けた返事はやめなさい。――――ミナト、』
「なぁに」
『・・・・・・無事で良かった。あまり心配させないで』
「あ・・・・・・」

 セノンらしからぬ弱々しい言葉に、頭が冷える。
 喉がつかえたようになって、上手く声が出なくなった。セノンにものすごく心配をかけてしまったということを、彼女の声音でしか認識できない私は馬鹿だ。お小言は私を心配した結果だってことは分かっていたつもりだったけど、言葉にされるとよりいっそう沁みる。なんとか声を絞り出して、わかったと震えた音を吐き出して、サンジさんに受話器を返した。
 向こうはルフィさんと代わったようだ。瞬きを繰り返す私の肩を、ウソップさんが軽く叩いてくれる。

「おうルフィか!!」
『サンジーっ!!そっちどうだ!?ロビンは!?』
「ロビンちゃんは・・・・・・まだ捕まったままだ。ナミさんから今、事情を聞いたとこさ。・・・・・・全部聞いた」
『そうか・・・・・・』

 事情、って何のことだろう。ウソップさんに目で尋ねてみたけれど、彼にも首を横に振られてしまう。
 ロビンさんの関連かなとあたりを付けて、この列車のどこかにいるはずの彼女に思いを馳せる。彼女は今、何を考えているんだろう。一人きりでエニエス・ロビーへ向かうことを選んだ彼女の気持ちは、まだよく分からない。
 でもサンジさんがやる気を出してるってことは、彼女を諦めがたくなるような、そんな『何か』だったんだろう。そんなのなくたってどうせ助けに行っちゃうんだろうけど、なんて思う私は、この短期間でずいぶんと『彼ら』に浸食されてしまったらしい。
 その思いを確信に変えるように、ルフィさんの声が響いた。

『いいぞ、暴れても』
『ルフィ!!無茶いうな!!俺たちが追い付くまで待たせろ!!――――おいコック聞こえるか!!その列車にはヤベェ奴らが、』
『いいってゾロ!!お前ならどうした、止めたってムダだ』
「・・・・・・分かってんなァ。おうマリモ君、俺を心配してくれてんのかい?」
『するかバカ』
「・・・・・・なんか、仲間って感じでいいなぁ」
「そ、そうか・・・・・・?」

 漏れ聞こえる会話に思わず零すと、お前頭大丈夫か、みたいな目をしたウソップさんに首を傾げられてしまった。その肩越しのフランキーもうんうんと頷いている。エッ、だ、駄目かな。仲間っぽいと思うんだけど。
 ルフィさんはゾロさんのことも、サンジさんのこともよく分かっていて。ゾロさんもなんだかんだと言ってもサンジさんが心配なんだろうなって思えて、それがすごく『仲間』だなと感じたのだ。うらやましい、と本音が口を次いで出そうになって、慌ててそれを押しとどめる。
 うらやましい、って。彼らを羨ましいと感じるのは二度目だ。仲間という響きは甘美で、抗い難い。
 急に黙り込んだ私に何か勘付いたのか、ウソップさんが「そういえば」と口を開いた。

「お前、賞金首なんだよな?」
「そうなります、ね?」
「いやいや何で疑問形なんだよ・・・・・・で、ってことは海賊だろ?でもナミによればお前小説家らしいじゃねェか」
「ああ・・・・・・」
「海賊は、やめたのか」

 ウソップさんを振り返る。彼はひどく真剣な目をしていた。

「・・・・・・強いて言うなら、『やめたくない』かな」
「やめたくない?」
「いつやめてもいい気はしてるんだけど、何だか、まだ海に未練があるみたいで」

 未練、と彼は繰り返す。そう未練ですと私も同じ言葉を舌の上で転がした。海賊だったという父、そしてその父を愛した母。この海のどこかにある私の故郷。私を海に縛り付ける要因はたくさんあるけれど、それを抜きにしても私はいつだって海に焦がれているのだ。
 知らず知らずのうちに笑顔になっていたらしい。ウソップさんに「お前やっぱ大丈夫か?」と呆れた顔をされて、慌てて気を引き締める。ちょうど電話を終えたサンジさんが私たちのところまで戻ってきた。

「・・・・・・ロビンちゃんはどうやら、俺たちを逃がすために自分を売ったらしい」
「え・・・・・・!」

 どさりと腰を下ろした彼は、また新しい煙草に火を付ける。手には受話器が握りつぶされた電伝虫があり、サンジさんの気持ちを表しているようにも見えた。
 彼の口から続けて語られたのは、この町に来てからのロビンさんの行動と、その行動の真意。そしてその理由。
 『麦わらの一味』を生かすために世界も自分も、滅ぼしても構わない。それは、なんて、――――美しくて哀しい覚悟なんだろう。私は知らずのうちに唇を噛みしめていた。

「俺が一味を抜けてる間に・・・・・・そんなことが起きてたのか・・・・・・!!」
「ロビンちゃんはメリー号の件も、ルフィとお前が大喧嘩したことも・・・・・・何も知らねェ。だから、」
「ウソップさんを含めた六人が全員助かるように、政府に身を売った・・・・・・?」
「そういうことになる・・・・・・自分の身を犠牲にしてあいつらの言いなりになってたんだ。俺たちのために」

 私の言葉を肯定して、サンジさんは苦く笑う。ウソップさんは俯けた顔をそのままに、何か考え込んでいるようだった。
 どうしたんだろう、と心配になって声をかけようとしたが、急に隣から響いてきた嗚咽にぎょっとして言葉を飲み込んでしまう。なんだなんだとそちらを見れば、フランキーが何故かギターだかウクレレだかをかき鳴らしながら大号泣している最中だった。なんでこの人が泣いてるんだ・・・・・・と白い目をしてしまった私は間違っていないと思う。

「いい話じゃねェかァ〜〜〜〜っ!!!」
「何でお前が泣いてんだ」
「バカ!!泣いてねェよバカ!!!」
「どう見たって泣いてるけど・・・・・・」
「チキショーなんてこったァ!ニコ・ロビンってのは世間に言わせりゃ冷酷非道の“悪魔の女”のハズ・・・・・・それがどうだその“ホロリ仲間慕情”・・・・・・!!」
「ロビンちゃんは目と鼻の先にいる!!とにかく俺は救出に行くぞ!!!」
「あ、あのサンジさん、私も一緒に行ってもいいかな・・・・・・!」

 雨にぐっしょりと濡れた彼のシャツを掴んで、私は聞いた。頭の上で息を呑む気配がする。
 私が部外者だってことは重々承知だ。それでもここにいる以上、何もしないでただ見ているだけなんて御免だった。ロビンさんとは直接の面識はないはずなのに、どこか親近感を覚えてしまっているのも理由の一つだ。もっとも、向こうは親近感なんて持たれても迷惑かもしれないけど。
 海で一人ぼっちは、世界で一人ぼっちと同じ。彼女と私の差は、セノンだけだ。サンジさんは困った顔で私を見下ろした。

「・・・・・・いやァ、でもミナトちゃん」
「ナミさんから聞いたんでしょう、私も海賊だって」
「あァ、参ったなこりゃあ・・・・・・」
「あえて言うけど、私サンジさんより格上なんだよ。いちおう、懸賞金7千万ベリーなんだから」
「何ィ!!?ミナトちゃんのその美しい首に7千万は安すぎる・・・・・・って違う、そうじゃねェ!!あのクソマリモの話聞いてただろう、レディを危険な目に晒すわけには、」
「そのレディのロビンさんが危険な目に遭ってるんじゃないの?」

 今までの態度からして、この切り返しは当然予想済みだ。用意していた反論を押し通せば、彼はぐっと言葉に詰まった。今一番危険なのは間違いなくロビンさんで、彼女を助けるためには少しでも手が多いほうがいいはず。サンジさんもそれは分かっているのだろう。それでもあくまで女性を危険から守らんとする彼の騎士道精神には頭が下がる。下がるが、少々面倒だ。
 しばし睨み合いが続き、――――先に動いたのはサンジさんだった。自発的に動いたわけではない。後ろからフランキーにどつかれたのだ。

「おい兄ちゃん、アンタの負けだ。この嬢ちゃんは言っても聞かねェよ」
「あァ!!?」
「俺たちを助けに来たときも、散々逃げろっつってんのに戦って捕まって、今に至るんだ」
「いらんこと言わないでくださいよ・・・・・・」
「・・・・・・はァ、分かった。ミナトちゃんは俺が守りゃあ何の問題もねェんだ、考えてみりゃ」
「俺も手ェ貸すぜマユゲのお兄ちゃん!!ワケあって実は、俺もニコ・ロビンが政府に捕まっちゃあ困る立場にあんのよ!!」
「ワケ?」
「まァその話はあとだ」

 ぐしゃり、と私の髪がフランキーの手に掻き回される。ただでさえ風雨で酷かったそれが、さらにぐしゃぐしゃになったけど、何故だか悪い気はしなかった。案外この男が、情に厚い人だと気付いてしまったからかもしれない。でもそれを素直に受け入れるには、まだ少し時間が足りなかった。
 当事者の人がとやかく言わないのに、部外者の私がつべこべ言っても仕方ない。それは分かっているのだが、あのときのウソップさんのことを思うと、どうしても複雑な気持ちが残るのだ。血塗れで倒れていた彼はもしかしたら死んでいたかもしれなかったのに。
 参ったなぁ。私の呟きは彼の耳には聞こえなかったようで、髪から手を放したフランキーはウソップさんを振り返った。

「何よりそんな人情話聞かされちゃあ・・・・・・、おい!!長っ鼻!!行くぞ!!」
「俺は・・・・・・、いいよ」
「え、」

 海賊は、やめたのか。そう言ったときと同じ声音。
 背中を向けた彼は、何かを堪えるように震えていた。

「もう・・・・・・俺には関係ねェじゃねェか。いよいよ“世界政府”そのものが敵になるんだったら俺は関わりたくねェし・・・・・・ルフィたちとも合流するんだろ・・・・・・!?」
「・・・・・・」
「あれだけの啖呵きって醜態晒して、どの面さげてお前らと一緒にいられるってんだ!!!――――ロビンには悪ィが・・・・・・俺にはもう助けに行く義理もねェ!!俺は一味をやめたんだ!!!」
「ウソップさん・・・・・・」
「じゃあな」
「じゃあなってお前、どこにも逃げ場はねェぞ!!!」

 列車の上を、後部車両のほうへ向かって歩いていく彼は、しばらくすると雨の靄で見えなくなってしまった。私は呆然とそれを見遣って、そのまま隣に立つサンジさんに問いかける。

「・・・・・・いいの、かな」
「いいよ、ほっといて」
「意地はりやがって」
「それよりミナトちゃん、弓がないけど戦えんのか?」
「え?ああ、うん。別に私は弓じゃなくても、――――」
「あ!!見つけた・・・・・・!!」
「えっ」

 大丈夫。そう言おうとしたのを遮るようにして、横から聞き慣れない声が上がった。そこには窓から出てきたらしい海兵が、驚きを湛えた目でこちらを見つめている姿がある。
 このタイミングで私たちの居場所が知れるのは不味い。しまった、と零したサンジさんが駈け出そうとしたその瞬間、その声は荒れた海に響き渡った。

「“メタリック・スター”!!!」
「うわァ!!」

 海兵が急に姿勢を崩し、海へと落ちていく。どうやら誰かの援護射撃があったようだ。誰だ!!とフランキーが声を荒げる中、私は一人首を捻った。
 先ほどの倉庫のときもそうだが、私は基本的に人の声を覚えている性質だ。ウソップさんの声は個性的というか、特徴的なので、一度聞いたらなかなか忘れられない。だから、引っかかったのだ。いや、引っかかったどころの騒ぎではない。私は確かな予感をもってして、その声のほうを振り返る。

「話は全て“彼”から聞いたよ。お嬢さんを一人・・・・・・助けたいそうだね。そんな君たちに手を貸すのに理由はいらない。私も共に戦おう!!」

 雨の靄の向こうから現れたその人は、奇妙な仮面をつけてマントを羽織って、そこに立っていた。

「私の名は、――――“そげキング”!!!」

 なにしてるんですかウソップさん。
 思わずそう零しかけた私の口は、フランキーの手によってそっと塞がれた。


浸水に心酔

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