010


「・・・・・・じゃあつまりこういうことね。ミナトは風を操る能力を持っている。それなのに海で泳ぐことができて、“自然系”ではないから攻撃は普通に当たってしまう」
「そうですね。海軍はミナトが“自然系”でないことだけは分かっているはずです」
「でもよ、ミナトに『ALIVE ONLY』って付けた奴はミナトのことよく知ってんだろ?」
「あんたはまた変なところで核心を・・・・・・」
「『麦わら』さんの言う通りです。どちらのどなたかは知り得ませんが、ミナトの真実を知っている人間が政府、ないしは海軍側にいるようですね」

 ナミさんの言葉を肯定すれば、彼女はますますわけが分からなくなったと呻く。私だって色々な可能性を考えてみたけれど、未だミナトの“能力”の正体を図りかねているのだ。
 私が話したのは、ミナトが風を操ったこと、そして海で泳いだこと、“自然系”とは違い普通に攻撃が効いてしまうことの三つ。本当はもう一つあるのだが、これはミナト自身も知らない、正真正銘私だけの秘密だ。それを『麦わらの一味』に託せるかの判断には、まだ少し情報が足りない。
 そしてこれが、私が思う『ALIVE ONLY』の理由だ。これのせいでミナトが連れて行かれるのを、私はずっと恐れていた。

「悪魔の実の能力者じゃねェってことか?」
「それもよく分からないんです。ミナトは、私を助けようとしてこの能力を使いました。そのとき私以上に驚いていたから、きっと自分でも知らなかったんでしょうね」
「ミナトは海で泳げんのかー、いいなー」
「おれとルフィは泳げないもんなー・・・・・・」
「・・・・・・ちなみに私も泳げませんよ」
「そうなのか?」
「ええ、ちょっと見ていてください、――――“色幻惑”」

 隣に座っていたパウリーさんの髪に手をかざす。興味津々といったチョッパーさんの瞳を微笑ましく思いながら、そっといつもの口上を述べた。ぶわりと手のひらが温かくなる。その段階でパウリーさんもようやく自分が何かされていることに気付いたのか、「何やってんだ」と焦った顔を向けてきた。
 いつもは追いかけているせいで見られないそれが正面に来ると、この泣く子も黙る1番ドック職長を焦らせているのが自分だという実感が湧いて、思わず笑ってしまう。何故かパウリーさんはそのまま私の顔をしばらく眺めていたけれど、どうしたんですかと問いかければ顔ごと逸らされて。

「おいパウリー、赤いぞ!」
「ッ、んなワケねェだろうが!!」
「・・・・・・何を焦っているんだ、お前の髪のことだぞ」
「・・・・・・は?」
「すっげェなァ、セノン!!!ロープのやつがシャンクスみてェになったぞ!!」

 パウリーさんの明るい金髪は、まるでミナトの髪のような真っ赤なそれに変わった。『麦わら』さんが言った言葉に深い意味はないだろうが、あの『赤髪のシャンクス』もこんな色合いの髪なのだろうかと考えてしまう。
 この髪は本当に色が付いているわけではない。そう見えるようにしただけ、つまりは幻だ。自分の髪の変化に開いた口が塞がらないパウリーさんにそう説明すれば、早く言えよ心臓に悪ィと怒られた。
 私の能力は『人に幻を見せる』というものだ。物質の色や形を変えることや、存在するものを見えなくすること、逆にそこに存在しないものを存在するように見せることなどが出来る。どちらかというと補助系の能力なので、これが戦闘の勝利に直接作用したことはない。
 もう一度手をかざし、赤い髪を金色に戻す。彼がほっと息をついたのが分かった。

「これが私の能力です」
「姉のほうは本当に悪魔の実の能力者ってことか・・・・・・あいつの髪色変えてたのもこれだな」
「・・・・・・ミナトが見つかると不味いと思って、目立つ赤を隠させてたんです」
「あいつが“能力”を使うと髪色が戻るのは?」
「よく分からないんですけど、ミナトの風を操る力は悪魔の実の能力と相性が悪いみたいで、」

 一回使うと戻るんです。『海賊狩り』さんは難しい顔をして黙り込んでしまった。
 確かにこれも、私が長年考えている問題でもあった。どうしてミナトにだけ“幻惑”の効果が持続しないのか。他の物は私が術を解くまで、幻がかかったままだというのに。
 ミナトはやっぱり謎が多い。だから余計に、故郷を見つけてあげたいと思うのだ。故郷には必ず彼女の真実があるだろうから。
 でもそれ以前に、今はあの子をエニエス・ロビーから奪還しなければならない。強い子だから精神面はあまり心配はしていないけれど、怪我をしていないか、具合は悪くないか。酷い扱いは受けていないか。色んなことが心配になってきてしまう。

「じゃあ、まァ、セノンも一緒に行くってことでいいよな?ナミ」
「え、ええ・・・・・・今更引き返せないし、何より賞金首よ。強いんだろうから反対する理由がないわ」
「おいハレンチ女、どうしてそこで諦めるんだよ・・・・・・」
「あら、おにーさんは反対なの?セノンさんの同行」
「当たり前だろうが!!」
「どうして?」
「・・・・・・それは、」

 ちらりとパウリーさんがこちらを見る。首を傾げて返事代わりにすれば、彼はまた私から目を逸らした。さっきからどうしたんでしょう。重いため息まで聞こえてくると、何だかこちらが悪いような気がしてきてしまうので困る。
 しばらくその場を沈黙が支配する。この空気はどうすればいいのだろうとそろそろ不安になってきた頃合いで、にやにやとパウリーさんを見つめるキウイさんが、隣で同じような表情をしていたモズさんの肩を叩いて何やら耳打ちをすると、「ああ!」

「なるほど、アンタそこのお姉さんが心配なんだわいな」
「顔に似合わず心配性だわいな」
「うるせェエエエエエエ!!!!」
「図星か・・・・・・」
「図星だな・・・・・・」
「分かりやすすぎるな・・・・・・」
「・・・・・・じゃあ、異論はないってことでいいわね」
「いいわけあるかァ!!おいコラ借金取り!!!笑ってんじゃねェぞテメェ!!!」




「サンジ!!お前が何で“海列車”にいるんだ!!?」
「そりゃあ・・・・・・こっちが聞きてェよ、そこの・・・・・・あー、名前など存じませんが、そこのキミ」
「わっざとらしいなてめーコノ」
「ってそうだミナトちゃん!!!ミナトちゃん、怪我は!!?」
「な、ないです。おかげさまで・・・・・・」
「よかった――――――!!!」

 サンジさんすごい。死屍累々、海兵や政府の役人が転がった床を眺めながら私は苦笑した。
 私とウソップさん、フランキー、ロビンさんを乗せた“海列車”はとっくにウォーターセブンを出てしまっていて、これは私も年貢の納め時かなと遠い目になったときに車両に飛び込んできたのがサンジさんだ。突然の闖入者に海兵が群がったけれど、華麗な足技に見とれている間に全ての決着がついていた。つくづく思うけど、この人が賞金首じゃないなんてやっぱりおかしい。
 彼は私の返答に安心したのか息を吐いたものの、私が手錠をされたまま床に座っていることに気付くと再び目を剥いて「てめーら何してくれてんだコラァ!!!」と叫ぶと、そこらに転がっていた海兵の背中に強烈な蹴りを叩きこみ始める。ただでさえぼろぼろだった彼らがさらにぼろぼろになってしまった。まるでぼろ雑巾のようである。し、しんでしまう!

「さ、サンジさん死んじゃう!!その人死んじゃうから!!」
「この男共ならともかく、ミナトちゃんを倉庫の床に転がしておくなんざ何を考えてやがる・・・・・・!!」
「俺らはいいのかよ!!」
「ったりめーだコラ・・・・・・ちょっと待ってねミナトちゃん。今すぐ手錠外すから」
「どうもありがとう・・・・・・」

 なるほど、やっぱりサンジさんが親切なのは女の子に対してだけか。
 私に向けた目が見事なハートマークになっていることには目を瞑り、海楼石の手錠を嵌められた両手を差し出した。本当はこれがついていたところで何ら支障はないんだけど、ここで下っ端の兵にまで私の能力に関して気取られるのは不味いし。サンジさんは政府の役人の服をまさぐり、鍵を見つけるとそれで私の手錠を外してくれる。

「ウソップさん、サンジさんってどんな女の子にもあんな感じなの?」
「あァ。まさしく通常運転だぜ。敵陣だから抑え目なぐらいだ」
「あ、あれで抑え目・・・・・・」

 さすが『麦わらの一味』だと呟く私の横。もう慣れきってしまったのか、呆れたような目でサンジさんを見遣るウソップさんは、どことなく寂しそうな顔をしていて。さっき聞いた話を思い出して、私まで少し悲しくなってきてしまう。
 私がウソップさんを追いかけてフランキーハウスに乗り込んだ日の、ウソップさんが目を覚ましたあとの『麦わらの一味』で起こった決裂の話。一概にどちらが正しいと言えないのが辛かった。私とセノンに船はない。ウソップさんの気持ちを完全に理解できているわけじゃないだろうけど、それでも船を大切に思う彼の心は伝わって。ちょっとだけ泣いてしまったのは秘密だ。

「お前ら・・・・・・つまり海賊仲間か・・・・・・」
「元な」
「誰だてめェは」
「俺ァ、ウォーターセブンの裏の顔!!“解体屋”フランキーだ」

 ああそうか、サンジさんはフランキーの顔を知らないのか。ウォーターセブンでは有名人だから、私のようにひっそりと暮らしている引きこもりでも知っているけれど、外から来れば当たり前だ。
 でも、サンジさんとフランキーが初対面ということは、――――嫌な予感がした、その瞬間にサンジさんの右足がフランキーの顔面にめり込んでいた。

「てめェがフランキーかクソ野郎!!!よくもあんときゃウチの長っ鼻をえらい目に!!!何枚にオロされてェんだコラァ!!!」
「いやいやちょっと待って!!あれから色々あったんだ!!こいつは一時メリー号を助けてくれたし」
「五枚ぐらいに卸せばちょうどいいんじゃないかな」
「てんめェ〜〜〜!!この縄解けたら覚えてろォ!!?あとそこの嬢ちゃんさっきから俺に冷たくねェか!!!」
「強盗は嫌いなんです」

 あっかんべ、と彼に舌を出せば何故かサンジさんが鼻血で倒れた。――――いや、本当に何でだ。

「ミナトよく覚えとけ、サンジの前で不用意にそういうことするとこうなる」
「はあ・・・・・・」
「ミナトちゃん俺にもやってくれねェか・・・・・・」
「ダメだミナト、死ぬぞ」
「はあ・・・・・・」
「こいつらこんなんばっかか・・・・・・」

 ロビンさんを助けに行かなきゃいけないんじゃなかったのかな。
 “海列車”の一角にて、私とフランキーのため息が空気に溶けて消えた。


ポラリスに焦がれて

[*prev] [next#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -