009


「考えることは何もねェじゃねェか。すぐ船出して追いかけよう!!!」
「――――それ以外ねェな」

 ナミの口から、俺やルフィが見事ハマっていた間のことを聞けば、奴に賛成する以外の選択肢はなかった。
 ロビンの奴はどうやら俺たちを守るために、一人政府に身を売ったらしい。自分の身が、そしてその知識がどう使われるかは分かっていたはずだ。あの女はそれでなくても頭が切れる。まさか世界と自分と一味を天秤にかけて、この一味を選ぶような馬鹿だとは思わなかったが、その覚悟だけは認めざるを得ない。
 それに気になるのはウソップ、そしてあのお人好しで間抜けなミナトもだ。
 クソコックの手紙によれば列車に乗せられて連行されているらしい。ナミも罪状までは分からないと言っていたが、大方の予想はついた。アイツまたウソップかなんかを庇ったりしたんだろう。ウソップが連れて行かれそうになるのを見て、CP9の奴らに手を出した、辺りが妥当か。
 ただ少し気になるのは、ウソップを庇い立てたとしても、それだけがアイツが連行される要因なのかということだ。クソコックが能力を持ってんじゃねェかと言っていたが正直同感だった。弓を背負ったままだった背中が脳裏を掠める。ある程度戦えて、もし本当に悪魔の実の能力者だとしたら。政府が目を付けるような何かがあるのかもしれない。
 俺がそう考えてる間にも、ナミやルフィが船を出せと喚く。横目に見た海は荒れ狂い、まさしく嵐だ。航海士じゃない俺にだってこの海が危険すぎることは分かる。ウチの航海士だってそれは分かりきっているはずだが、予想通り諦めようとはしていなかった。
 まァ俺もそう易々と諦めてやる気もねェな。そう呟いたところでナミが、ロビンが連れて行かれたという“司法の島”エニエス・ロビーについて語り始める。“正義の門”、その先にある『海軍本部』に『インペルダウン』。海賊たちの墓場だ。

「賞金首のロビンにとっては、どこへ運ばれようとその先は地獄よ!!こうしてる今もロビンは刻々と“正義の門”へ近づいて行ってるのに!!!朝までなんて待てるわけないじゃないっ!!!!」
「――――そこまで分かってんなら一つ教えとくが・・・・・・例えば海が今平穏で、お前らが船を出せたとしても、そこへ行くべきじゃねェ。お前ら自身、海賊だってことを忘れるな」

 葉巻の職長が苦々しい表情で告げたのは、客観的に見て正しい、一般的な意見だ。
 エニエス・ロビーにはそれなりの戦力がある。仲間のために島に攻め入るのは馬鹿のやることだと言いたいんだろう。この船じゃ常識のあるほうなナミだって、これが余所の船の話なら止めたかもしれない。
 だが、今回捕まってるのはウチの仲間だ。それじゃあ話も変わってくる。

「お前ら『世界政府』の中枢にケンカでも売る気か!!!」
「じゃあ船は、奪っていく!!!おれたちは今!!海へ出る!!!!」

 ルフィが、黙って見過ごすわけねェんだからな。

「仲間が待ってんだ!!!!邪魔すんなァ!!!!」
「・・・・・・いいぜ、相手になってやる」
「パウリーさんっ!!!」
「私も、セノンさんと約束しちゃったのよね。ミナトを助けるって!!」

 慌てふためくガレーラの職人たちを余所に、ナミが“天候棒”を構えてルフィに続き、チョッパーもそれに倣う。当然俺も刀の柄を握りこんだ。
 抱えて走った、緋色の髪を思い出す。セノンという名前は昨日から何回か聞いていたが、ここでようやくあのお人好しの姉かと察しがついた。姉と妹、母と娘、その手の響きにナミは弱い。
 ルフィも「あいつは仲間にするんだから取り返さねェとな!」なんてにやりと笑い、拳を固めたが、「待ちな、おめェらァ!!!」

「・・・・・・ココロさん」
「悪いのはおめェら麦わらァ、パウリーの言う通りらバカたれ・・・・・・」
「うるせェな、ばーさんには、」
「『関係ねェ』なァ・・・・・・まァ聞きな」

 ウチの船長を止めたのは、あの小さい駅にいたばあさんだった。アクア・ラグナを越えられるのは“海列車”だけだと豪語し、ルフィがそれでも船を出せと返す。また同じ会話の繰り返しか、と俺も目を眇めたが、ばあさんが次に発した言葉は予想の斜め上を行くものだった。

「死ぬ覚悟があるんなら・・・・・・ついてきな、出してやるよ“海列車”」




 ミナトがエニエス・ロビーに。
 『麦わらの一味』のコックだという青年の手紙でその事実を知って、私はついに恐れていた事態が起きたのだと悟った。

「・・・・・・ちょっと待て、この車両におかしな奴らがいるぞ」
「「おい、そりゃ誰だ」」
「お前らだよ!!!」
「おめェもだろ!!!!」
「っつーかそこの借金取り!!お前も何普通に乗ってんだよ!!ここがどこで、今からどこ行くか分かってんのか!!?」

 パウリーさんが私を指さして怒鳴りつける。そんなに大きな声で言われなくても分かってます、と呟いた声は、自分で聞いてもやや拗ねていた。
 ここは暴走海列車『ロケットマン』の中だ。こんな海列車があること自体初めて知ったけど、『麦わら』さんたちについていけばミナトに辿り着くと思い、後をつけさせてもらっただけだ。その点ではパウリーさん、ルルさんにタイルストンさんだって同じなのだから、とやかく言われる筋合いはないだろう。
 しかし無断で乗り込んだのは事実。一応筋は通しておかなければと、主に『麦わらの一味』の皆さんに会釈をした。

「すみません。勝手にお邪魔してしまって」
「あっそんなご丁寧に・・・・・・じゃない!!セノンさんどうしてここに!!?」

 ミナトを連れて帰ってくると約束してくれたナミさんが、私を見て目を丸くする。その他この『ロケットマン』に乗っている全員が私の姿に驚いていた。不法侵入はパウリーさんたちだって同じなのに、とも思ったけれど、この人たちは私とミナトのことを知らない。今から向かう場所がエニエス・ロビー、しかも連行された人間を取り返しに行くというのだから、私を一般人だと思っている人が驚かないわけがないのだ。
 私の横顔に、パウリーさんの鋭い視線が突き刺さっているのが分かった。

「ナミさんが信用できないというわけではありませんよ。ただの自己満足と、我が儘です」

 大事な、妹なのだ。血の繋がらない、でもたった一人の家族。
 二人とも本当の家族を失って、故郷を求めて海へ出て、拠り所は互いしかなかった。私は弱くて、何もできないからミナトに何度も命を救われたのだ。私がミナトを一度だけ救ったことがあるけれど、結局そのあと海賊をなぎ倒したのはミナト自身。やっぱり救われたのは私のほうだった。
 だから、今度だけは。麦わら帽子を被った、自分の正面に座る青年を見据えてから目を伏せると、私はそのまま頭を下げた。

「私も連れて行ってください」
「だから!!お前これから行く場所がどこだか分かってんのか!?麦わらだって断るに決まって、――――」
「いいぞ!!」
「いいのかよ!!!!」
「ち、ちょっと待ってルフィ!セノンさんは、」
「ミナトを助けに行きてェんだろ?じゃあいいじゃねェか。な!」

 ししし、と笑って『麦わら』さんが私を見る。その目には試すような色はなかった。純粋に、私がミナトを助けに行くのを応援してくれているのだろう。列車内の面々では、あとは『海賊狩り』さんが面白そうに目を細めている以外は大半が困った顔をしていた。
 その筆頭は主にナミさんで、私の乗車を許した『麦わら』さんの服を掴み、揺さぶっては怒鳴りつけている。このまま黙っているのもいいんだけど、私のせいで『麦わら』さんが怒られるのは忍びない。パウリーさんの視線もそろそろ痛くなってきたことだし、この辺りが潮時かと苦笑し、頭ががくがくと揺れてしまっている『麦わら』さんに助け舟を出すことにした。

「分かってんの!!?セノンさんはアンタとは違うのよ、危ない場所には、」
「ナミさん」
「セノンさん!!あなたも考え直して!!これから行くのはただの島じゃないの!!」
「そんなことは分かってますよ、――――私も、海賊ですから」

 海賊、という言葉を口にした瞬間、列車内がしんと静まり返る。
 聞こえるのは列車がレールを軋ませる甲高い音と、外の嵐の音だけだ。
 そして真っ先に我に返ったのは、私のほうを瞬きもせずに見つめていたナミさんだった。

「・・・・・・え、ええええええええええええ!!!!?」
「お、お前海賊だったのか!!?」
「しかも札付きです」
「ええええええ!!!」

 タヌキのようなトナカイのような風貌のチョッパーさんが、私が懐から出した手配書を見て再び叫び声を上げる。にやりと笑ったのは『麦わら』さんと『海賊狩り』さんで、その他の人は食い入るように私の名前が書かれた手配書を見つめていた。
 二人にはいつ分かったのだろう。怪訝な面持ちで二人を交互に見遣れば、「ルフィの奴は勘だな」

「俺は、先にミナトが海賊なんじゃねェかと思ったからだが」
「えっじゃあちょっと待って!!ミナトも海賊なの!!?」
「はい。私は『神速のセノン』、ミナトのほうは『風射手のミナト』という名で海軍にはお世話になりました」
「しかも二人とも賞金首かよ・・・・・・とんだ姉妹だな」
「すっげーな!!お前も仲間になれよ!!」
「アンタちょっと黙ってなさい!!!」

 目を輝かせた『麦わら』さんの頭に拳を落としたナミさんが叫ぶ。
 そして彼女は手配書を拾い上げると、じっと見つめてから口を開いた。

「『神速のセノン』、懸賞金3千万ベリー・・・・・・」
「私は大したことはないんです。ミナトの金額に引きずられたようなもので」
「・・・・・・ちなみにミナトは?」
「7千万ベリーでした」
「ミナトってそんなに強いのか!?」
「どうでしょう。私よりは遥かに強いとは思いますけど、金額は強さだけを示しているわけではないんです」
「・・・・・・どういう意味だ?」

 顔をしかめたパウリーさんが私を見遣る。海賊だと言ったのに態度を変えないでいてくれたことに安堵しつつ、私は懐から、今度はミナトの手配書を出した。こちらは説明に必要だろうと思って家の壁から剥がしてきたものだ。
 赤い髪のミナトは、今よりも少し幼い。確か手配書が出たのは十六歳のときだった。私が差し出したそれを再度全員が覗き込んだ。そしてその目は驚きに見開かれていく。パウリーさんたちや、解体屋の皆さんも海賊と接することが多いだけに分かったのだろう。ミナトの手配書の、その異質さが。

「おれ、こんなの初めて見たけど・・・・・・ゾロ、他にもこういう奴いるのか?」
「いや、俺も見るのは初めてだ。・・・・・・理由は分かってんのか?」
「いいえ。分かっていません。ミナトも分からないみたいです」

 少しだけ嘘をついて、私は首を横に振った。
 ミナトの手配書は、私のそれや他のものとは違い『ALIVE ONLY』と書かれているのだ。これが何を意味しているのか、私は分からないと言ったけど。本当は目星はついている。
 『麦わら』さんは手配書をひとしきり眺めると、また目を盛大に輝かせて愉快そうに身体を揺らした。

「やっぱミナトは不思議人間か!!おし、絶対仲間にすんぞ!!」
「ミナトが能力者じゃないか、ってサンジ君言ってたじゃない。その能力とかに関係してないの?」
「・・・・・・ミナトは能力者ではありませんよ」
「・・・・・・何だと?」

 『海賊狩り』さんが驚いたようにこちらを振り返る。この人はミナトの“能力”に勘付いているのだろうか。それならばその反応も頷ける。
 海軍ですらミナトのそれを悪魔の実の能力だと思っているらしく、今のところ本当のことを知っているのは私とミナト本人だけだろう。しかし今後動くうえで、知っておいてもらったほうが助かるのは事実。それに、ここにいる人たちならきっと大丈夫だ。
 だから私は話した。私たち『姉妹』しか知らない秘密、――――風を自在に操る“能力”を持つミナトが、海に嫌われていないということを。


彼方を臨む羅針盤

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