008


「ビンゴ・・・・・・」

 紫煙を吸い込み、言葉と共にゆっくり吐き出した。ウォーターセブンの玄関口、造船島ブルーステーション。正義の文字を背負う海兵の中にロビンちゃんの姿を発見して、どうしたもんかと思考を巡らす。スーツ姿は恐らく政府の役人で、ロビンちゃんはこのまま海列車でこいつらに連れて行かれるのだろう。
 ロビンちゃんの言葉を聞いたとき、驚くと同時に『嘘』だと思った。確信はなく、ほとんど勘のようなそれ。彼女が非情な人間でないことは、世界中の誰よりも俺たちが知っている。ロビンちゃんのことを信じたかっただけの、俺の幻想かもしれねェが。一人ごちて再び駅前を見遣る。ちょうどロビンちゃんが駅構内に消えていくところだった。

「どう見ても連行されてるようにしか見えねェが・・・・・・あれくらいの相手なら、逃げたきゃ一人でも捻っちまえるはず」

 私には貴方たちの知らない“闇”がある。
 俺を真っ直ぐに見つめて言い切った、彼女の冷えた目が思い出される。

「何か彼女に狙いがあるのか・・・・・・それとも逃げ出せねェ理由でも・・・・・・?」

 俺に助けて欲しくてわざとか!なんて思考に心動かされたりもしたが、海兵たちのざわめきの色合いが変わったことに気付いて身体を起こした。黒いスーツに身を包んだ四人組が歩いてくるのが視界に映る。そのうち一人は目を瞠るような美女だったが、俺としたことが、そのレディよりも大男の肩に担がれた簀巻きのほうに気を取られてしまう。

「俺をどこ連れてく気だ!!!てめェら絶対許さねェからな!!!」
「ウソップ・・・・・・!!!」

 どうしてアイツまで連れてかれようとしてんだよ。俺は呆然とその姿を見送る。ウソップの他にもリーゼントの男も簀巻きにされているが、騒いでは殴られを繰り返していた。
 ウソップが一味をやめてから、どうしていたかはよく分からない。恐らくメリー号と一緒にいたんだろうが、この大波じゃあメリーも無事じゃないだろう。ふう、と肺の中身を吐き出して空を仰ぐ。鉛色の空はどこまでも気味が悪かった。
 にしてもウソップの奴、何が“最後まで迷惑かけた”だ。一味抜けても迷惑かける気か。吐き捨てるように言ってみたところで、事態は変わらない。用事が一つ増えるだけだ。俺は咥えていたタバコを落とし、踵ですり潰して、――――その声につられて顔を上げた。

「ち、ちょっとあの、その担ぎ方やめてほしいんですけど」
「それは無理な話じゃな」
「えええ・・・・・・」
「ミナトちゃん・・・・・・!!?」

 まるで創り物のように美しい緋色の髪に、透き通る白い肌と可愛らしい顔立ち、宝石のような碧眼、そして落ち着いたトーンの甘い声。俺が間違えるわけがねェ。あの少女は間違いなく、昨日あそこの長っ鼻を助けてくれたミナトちゃんだ。
 ミナトちゃんは帽子を被った男の肩に担ぎあげられて、非常に困った顔をしている。ああそんな表情も可愛らしくて素敵だ・・・・・・!!と一瞬意識が飛びかけたが、彼女が男に担がれているという許しがたいシチュエーションに頭が煮えた。
 あンのクソ帽子。次に会ったらただじゃおかねェ。ミナトちゃんをまるで荷物のように扱うなんて言語道断。しかし仮にお姫様抱っこであったとしても、ミナトちゃんに何羨ましいことしてんだこのクソが!!と蹴りを入れたくなるのは必至である。

「しかし・・・・・・何でまたミナトちゃんまで“海列車”に」

 よく見ればご丁寧に手錠までされている。クソ、どこの誰だミナトちゃんに手錠なんてアブノーマルなモンつけたのは。レディは丁重に扱え、さもなくば死ね。俺はぎりぎりと歯を食いしばりながら、帽子男に担がれてウソップの後に続くミナトちゃんも見送った。
 ミナトちゃんは確か『ファンタジア』とかいう本の作者で、その本が海賊相手の恋愛物だっていうんで話題になってるんだっけか。昨日ナミさんに聞いた彼女の情報を引っ張り出し、頭の中で整理する。海賊のイメージアップに貢献の罪、なんてフザけた罪状じゃないといいんだが。
 もう一つ考えられるのは、彼女がまたその優しい心で、あのリーゼントもしくはウソップを助けようとして巻き込まれたか・・・・・・あァ、なんかしっくりくるな。たぶんこれだ。
 見ず知らずの、しかも海賊を助けるために一人で危ない場所へ乗り込んでしまうような子だ。クソマリモは弓の腕は確かだと言っていたが、レディの身で大人数、しかも男を相手にするのは危険すぎる。誰だってそんなことは分かるのに、ミナトちゃんはウソップを助けてくれた。まるで天使だ。
 何かの能力者じゃねェかと俺は踏んでるんだが、そのせいもあるかもしれねェな。どっちにしろ、どうせ原因はあの馬鹿共に決まっている。ミナトちゃんとロビンちゃんは何が何でも救い出さなければ。

「さァて・・・・・・どうするか」

 新しいタバコを取り出して咥え、俺は一人呟いた。




 ロビンは、私たちを助けるために死ぬつもりなんだ。
 彼女を一瞬でも疑ってしまったことを、酷く後悔した。仲間の私たちが信じてあげないなんて馬鹿だ。唇を噛みしめ、私のことを『ハレンチ女』なんて失礼な名前で呼ぶ男の指示通りに、ヤガラの手綱を切る。
 私たちは負けた。あの元職長や秘書に負けて、ロビンは連れて行かれてしまった。アイスバーグさんやこの縄のお兄さんが証言してくれて疑いは晴れたけど、ロビンが『ここ』にいなきゃ意味がない。まだ行かないで。一人で犠牲になるなんて、許さないんだから。
 ロビンはあと二十分で出てしまう“海列車”に乗っているらしい。駅への近道を教わりながら、入り組んだ水路を進んでいく。

「ヤガラちゃん!!もっと早く!!」
「ニーニーニー!!!」
「お願い、間に合って!!!」

 右、左、左。真っ直ぐ行って、突き当たりを右。折り返して左。
 風を切って水路を行ってしばらくしたそのとき、私の耳に飛び込んできたのは鳴るはずのない汽笛だった。

「ねェ今!!汽笛聞こえなかった!?」
「変だな、まだ出航の時間じゃねェだろう、――――だが一般の乗客はいねェんだ。天候を見て出航を早くすることも考えられる・・・・・・!!」

 お兄さんの声を背に右へ曲がれば、正面に駅が見えてきた。その前に人影はなく、乗客たちは既に“海列車”へと乗り込んだのだろう。気ばかりが急いて、手綱を握る指が震える。
 駅はどんどん近くなり、ようやく入り口にヤガラを乗り付けて。駅の階段を駆け下りて。ホームを、走って。

「ロビン!!列車を降りて!!私たち!!誰とだって戦うから!!!」

 列車が、滑り出す。

「待って、――――ロビン!!!!」

 伸ばした手は、――――届かなかった。
 思わずその場にへたり込む。もうホームには列車の影さえなく、ただ不気味な海が広がっているだけだった。間に合わなかった、また、ロビンに届かなかった。自分の肩を抱きしめる。ロビンは行ってしまったのだ。私たちのために、海の向こうへ。
 後ろに人の気配がして、縄のお兄さんが追い付いてきたんだと分かった。気の毒に。そう聞こえて、ああそう、そうだ。でもまだ終わってないのよ。今度は怒りで手が震えてきた。その勢いのまま、この海を越えられるような船を貸せと彼に詰め寄ると、馬鹿を言うなと怒鳴られて。でも諦められるわけがない。
 サンジ君の手紙が見つかったのは、その直後だった。アホみたいに大きく、駅の壁にペンキで私の名前を公開していることには腹が立ったけれど、サンジ君はこういう状況で一番頼りになるのだ。

「・・・・・・何が書いてあるんだ」
「待って!前半だいぶムダなラブレターだから、本題は・・・・・・ここね」

 十一時発の“海列車”にロビンちゃんを確認したので俺も乗り込むことにする。
 波しぶきのせいで濡れてよれてはいたけれど、しっかりした字で書いてあった内容に私は思わず声を上げる。

「え・・・・・・サンジ君がさっきの列車に!?」

 その文には続きがあり、読み進めていくとロビンと一緒に連れて行かれるウソップ、それに“リーゼントのでっかいチンピラ”の姿も確認したと書いてあった。これ、フランキーのことよね。アイツも一緒に捕まったってことかしら。
 さすがサンジ君だわ、と息を吐く。これならロビンもひとまず安心、と思った矢先、目に飛び込んできた文字に愕然とする。

「『ミナトちゃんも連れて行かれたのを見た。詳しい理由は分からねェが、必ず助けて帰ってくるのでよろしく』・・・・・・って、ミナト!?どうしてミナトが!?」
「ミナト?そいつもお前らの仲間か?」

 思わず叫ぶと、お兄さんに手紙を覗き込まれる。何度見返してもそこには『ミナト』の文字があるだけだ。ウソップはまだ分かる。海賊だし、ルフィと一緒にいるところをガレーラで確認されてるから、たぶん見つかってそのまま連れて行かれたんだろう。でもミナトが連行される理由なんてないはずなのに。

「違うんだけど、――――あ、あなた追いかけられてたじゃない、セノンさんに」
「あァ・・・・・・で、それがどうした」
「セノンさんの妹なのよ、ミナトって。・・・・・・でもどうしてミナトまで」
「へェ、妹・・・・・・、妹!!?おいハレンチ女!!本当か!!?」
「そうよ。何でそんなに焦ってるの?」
「あの女、妹のことになると目の色変わるんだよ!エニエス・ロビーに連れて行かれたなんて知ったら、――――」
「――――私のミナトが、どうかしましたか?」

 背中側から、聞いたことのある声がした。振り返れば、相変わらずのスーツにピンヒール姿のセノンさんが立っている。眼鏡をかちりと押し上げながらこちらに近付いてきた彼女は、昨日と同じように首をゆるりと傾けてみせた。
 でも、なんか、――――目が笑ってない、ような。かなり走り回ったのか、ワイシャツはよれて、スカートの裾が少し捲れ上がってしまっている。髪の毛も乱れ、同じように呼吸も荒い。後ろからハレンチだ!!という悲鳴が聞こえてきたけど、セノンさんは先に私を見た。そして、その後ろにいたお兄さんに視線を滑らせる。整った顔に何だかちょっと背筋が寒くなるような笑顔が浮かび、お兄さんの喉がひくりと鳴ったのが分かった。完全に気迫負けしてるんだけど、この人よく二週間も逃げてたわね。

「パウリーさん、今の、どういうことだか説明していただけますか」
「お、おい、お前俺のせいだと思ってねェだろうな!!違うからな!!コイツの持ってる手紙に書いてあったんだよ!!」
「手紙・・・・・・ナミさん、少し見せていただいても、」
「あ、どーぞ」

 ラブレターの部分は人様に見せるとアホ海賊団だと思われそうだから、最後のページだけをセノンさんに渡す。彼女は眉を寄せてそれを受け取ったけど、読んでいくにつれてその表情がさらに暗くなっていった。まるで、この世の終わりみたいな、泣きそうな顔。「妹のことになると目の色が変わる」という言葉の意味が分かった気がした。
 姉と妹。自分と被る部分があるだけに、その表情を見ているのが辛くて、私は勢い込んでセノンさんの肩を叩いた。

「セノンさん、大丈夫よ!私たちも仲間を取り返しに行くから!」
「・・・・・・え?」
「ミナトだって一緒に連れて帰ってくるわ。ミナトが乗ったっていう列車にはウチのコックが乗ってるの」

 ぱちり。セノンさんの睫毛が震えた。目の淵に涙が留まっていて、瞳がゆらゆら揺れている。
 ミナトがよっぽど大事なのだろうと窺えて、いいなぁと少し羨ましくなってしまう。島に残してきた姉の姿が脳裏を過ぎり、自然と表情が明るくなるのが自分でも分かった。
 ミナトがどうして連れて行かれたのかはまだ分からないけど、何が何でも取り返してやるんだから。

「私たちに任せて」

 私の言葉に、セノンさんは泣きそうな目のまま、ふわりと微笑んだ。
 

命運はその手に

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