007


「大丈夫かなぁ・・・・・・」

 ロビンさんを取り返す。そう言って出て行ったルフィさんたちを見送り、私はまとめ終わった資料を片付けてソファーに転がった。彼らの強さはもちろん知っているけれど、話を聞いていた限りでは、今回のことはロビンさんが抱えている問題の正体を掴まないと意味がないような気がする。
 彼女の噂は聞いたことがあった。悪魔の子、その名に申し分なく、今までに在籍した組織は彼女を除いてすべて全滅していると。きっと信用できる相手がいないまま、一人で海を渡ってきたんだろう、な。私にはセノンがいた。彼女は一人だった。私と彼女の違いなんて、表面上はそれだけなのだ。
 まぁ私に分かるはずもないか。そっと窺った外は、日が沈み始めていて薄暗い。アクア・ラグナが来るせいもあるだろうけど、いつもよりもずっと不気味な色をしていた。それがまた不安を煽り、もう何度目か分からないため息をつく。

「セノンも帰ってこないし」

 今年のアクア・ラグナは例年よりも大きいという。アクア・ラグナをまだ体験したことのない私には想像もつかないが、長年ここに住んでいるような人が顔色を変えるぐらいだから、相当なのだろう。まだ帰ってこない姉が心配だった。こんな時間まで帰ってこないなんて、何かあったのだろうか。私と違ってまめなセノンは、こういうときにはちゃんと連絡を入れるはずだ。
 色々な可能性を考えれば考えるほどに不安になる。探しに行こうかと身体を起こしたが、肩から零れ、視界に入った赤い髪に少し躊躇った。
 セノンが私の髪の色を変えるのは、もちろんカモフラージュのためである。作家として表に出るときは赤い髪。普段の生活は黒い髪で。これがこの町に住むにあたって、セノンと決めた約束事だった。手配書も赤い髪で写っているし、何より赤は目立つ。海賊、もしくは『ファンタジア』の作者であるとばれるのは、面倒以外の何物でもない。
 しかしセノンが髪色を変えることに固執する理由は、実は『作家』のほうではなく『海賊』だ。
 自分の部屋にある、自分の手配書。赤い髪の私が写るそれは、他の人の手配書とは決定的に違う部分がある。それこそが、セノンが私を隠すために能力を使い続ける理由であり、作家のほうは二の次なのだ。

「・・・・・・やっぱり探しに行こうかな」




 もしかして皆さん、まさか『麦わらの一味』が犯人だとでもお思いですか?
 どれだけ走っても息も切らさず、表情も変えずに追いかけてくる女。
 アレイス・セノンに二週間追い掛け回されて、俺が奴に抱いた印象はこれだけだった。あとは短いスカートで走ってハレンチだとか、あんな細いヒールでよく走れるなとか、ぱっと見れば誰にだって分かる特徴を掴んだだけ。
 こいつは今までで一番手強い借金取りだった。ほぼ毎回“ロープアクション”で逃げる羽目になったし、頭がいいのか、どうしても物理的な障害物、つまり水路を使わないと振り切ることができなかったのだ。俺がどんな行動をしようと、どんな言葉を叫ぼうと、静かに淡々と距離だけを詰めてくる。表情は変わらない。そういう奴なんだと思っていた。
 それだから、妹の話で緩められた表情に目を奪われたんだろう。変わるはずのないものが変わった衝撃はデカかった。いつも見ていた無表情からは想像できないような柔らかい笑み。話すときに小首を傾げる癖だって、このとき初めて知ったのだ。
 そして俺が持つアレイス・セノンの印象を大幅に書き換えた、決定的な出来事と言えば今日の昼間のこの台詞で。

「クソ・・・・・・」

 迷ってるヒマなんてねェはずだ。そう自分に言い聞かせる。俺が絶対に守らなきゃいけないものはアイスバーグさんで、他のことはどうだっていい。アイツの言うことが『正解』だろうが、構わない。アイスバーグさんに害を成すものを排除できればそれでいいのだから。
 仮面を付けず、アイスバーグさんに素顔を見せたのは『麦わら』に罪を着せるため、か。
 かちり、と小さな音がして、金庫にかかっていた鍵が外れたのが分かった。慎重に中身を取り出せば、それは丸めて束にされた何かの図面のようだった。これだな、アイスバーグさんの言ってたのは。それを持ち上げ、アイスバーグさんのところに戻ろうと立ち上がったそのとき、

「ほう、それがアイスバーグ氏の持ち物か」

 聞き慣れない声が響く。反射で振り返れば、奇妙な仮面の人間が二人、扉を開けて佇んでいた。
 男、か。そしてその声が、あの麦わら帽子の海賊でないことに安堵している自分に気付く。気付いて、僅かに自嘲めいた笑いが零れる。毒されてんなァ、俺も。それと同時に、こいつらがここに辿り着くためには、外にいた職人どもを倒してこなきゃなんねェことにも気付いてしまう。

「こちらへ渡したまえ。君にはその価値を見出せん・・・・・・」

 あァ、くそったれ。




「あ、あれ・・・・・・?」

 強風に煽られながら、ぐるりと辺りを見渡す。
 結局セノンを探しに行くことにした私は、セノンの職場であるウォルター金融を目指して歩いていた。連絡を入れられないほど忙しいということは、本社でアクア・ラグナへの対応に追われているんじゃないかと思ったからだ。しかし、いつもの大通りを歩いていたはずが道を間違えてしまったらしい。
 見慣れない細い路地ではどっちに向かえばいいかも分からない。どうやら6番ドッグが近いみたいだけど、道に人も見当たらないし、道を聞くことさえできなかった。ここで迷子だなんて本当に洒落にならないんだけどな・・・・・・。
 セノンの勤めている会社は5番ドッグの近くだったはず。私が来た方向にあるのが1番ドッグだから、このまま真っ直ぐ進めば近くまでは行けるかもしれない。私は吹き飛びそうになりながらも、前へと足を踏み出し、そして、――――響いてきた声に思わずその足を止めた。

「おい待てお前らァア!!!そいつを放せェ!!!」
「・・・・・・ウソップさん?」

 昨日その声を聞いたのはほんの数回。それでも私はその声の持ち主が、ウソップさんであるという確信があった。切羽詰まった怒鳴り声。何かあったのは間違いないだろう。勝手に身体は反応し、声がした方向に走り出す。そのあとにも何度か物音は聞こえたので、見つけるのに苦労はしなかった。
 辿り着いたのは古ぼけた木の扉、ガラスも割れた、寂れた倉庫のような場所。おい聞いてんのか!!!とまたウソップさんの声がする。ぼそぼそとした話し声も聞こえるので、中には複数人がいるようだ。どうしよう、かな。ウソップさんの言葉の内容から察するに、話している相手は敵なのだろう。ということは相手はフランキーか、もしくは。

「もしくは、」

 本当の襲撃犯か。
 ルフィさんたちは襲撃犯のところへ行ったはずだ。この先にいるのがもし襲撃犯だったら、ルフィさんたちが負けたことになる。ここに来るまでに見えた、燃え盛るガレーラ本社のことを思うと、胸が苦しくなった。
 だって、分かり切っている。この中にいるのがフランキーの子分だったら、こんなに静かなはずがない。
 私はドアノブに手をかける。どうする。私が入ったところで何かが変わるのか。フランキーハウスのときにも覚えた躊躇は、あのときよりずっと重く私に圧し掛かった。ルフィさんもゾロさんもナミさんもチョッパーくんも、強い。私なんか遠く及ばないほどに。

 だけど。

「メリ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「ッ、ウソップさん!!」

 今更、見て見ぬ振りはできない。
 彼の悲痛な声に誘われるようにして扉を開け、勢いよく飛び込んだその倉庫で、私は信じられないものを目にした。
 視線の先に揃った顔は、この町の看板と言っても過言でないガレーラの職長たちのものだった。カクさん、ロブ・ルッチさん、秘書のカリファさん、そして酒場のブルーノさん。全身を黒で包んだ彼らは、ひどく冷たい顔をして立ち尽くしている。そして簀巻きにされたフランキー、床に蹲ったウソップさんも見えて、私はすべてを理解した。
 この人たちが、襲撃犯なのだと。

「なんじゃ、お前さんも『麦わら』の仲間か」
「違います。違います、けど、ウソップさんを返していただけますか。そこの変態はいいので」
「うをいっ!!!そこは俺もだろうがよォ!!!」
「お前・・・・・・あのときの、」

 ウソップさんが私を見て、目を見開く。意識が朦朧としていたから覚えられていないかとも思ったけど、案外そうでもないらしい。でも髪の色が、と首を捻っているところを見ると、私の顔まではっきりと視認したわけではなさそうだが。
 私はカクさんの言葉に返答しながらも状況を探る。捕まっているのはフランキーだけ。でも蹲ったウソップさんの後ろにはカリファさんが控えているから、彼も捕まえるつもりなんだろう。
 一応弓を持ってきておいて良かった。背負っていたそれを降ろし、そっと矢を番える。隙を見てウソップさんだけでも奪還できればいいんだけど、――――私のその考えは、ロブ・ルッチさんが発した次の一言で、一瞬にして砕け散った。

「・・・・・・これは奇遇だな、『風射手のミナト』」
「えっ・・・・・・」
「知り合いか?」
「賞金首の顔ぐらい覚えておけ。しかもこの女は『特別』だ」
「えっ、お前、賞金首だったのか!!?」

 ウソップさんの驚いたような声が耳に飛び込んできたが、生憎それに返事するだけの余裕は持ち合わせていなかった。
 どうして、と呟いてから私は気付いてしまう。髪の色だ。燃えるように赤い髪は、それだけで印象に残る。しかも、彼の言うように私は『特別』だ。覚えられていてもおかしくはない。
 これもセノンの言いつけを守らなかった罰かな。私は半ばやけくそのように弦を引き、カリファさんに向けて放った。一瞬でも怯んでくれればウソップさんを助けられるかもしれないと思ったのだが、彼女は飛んでくる矢をまるで意に介さず、眼鏡のフレームを持ち上げると、感嘆のようなため息をつく。

「なるほど。『風射手のミナト』、懸賞金7千万ベリー。風を操るとされているが真偽は定かではない・・・・・・実在したのね、」
「・・・・・・」
「――――『ALIVE ONLY』の賞金首なんて」

 鉄塊。そう呟いたのを最後に、カリファさんは微笑んだ。
 私が放った矢はあっさりと弾かれ、倉庫の床で乾いた音を立てる。

「お前が“自然系”でないことは判明している。その“能力”の正体には俺も興味がある」
「・・・・・・それは、私が聞きたいぐらいなんですよね」
「本人も知らん、と・・・・・・。『生きたまま捕えよ』という言葉の意味は、それ故か、それとも」
「捕まえて連れていきゃあいい話だ・・・・・・」

 『風射手のミナト』、7千万ベリー。
 赤い髪の私が写るそれは、他の人の手配書とは決定的に違う部分がある。
 『生きたまま捕えよ』、――――『ALIVE ONLY』の真意を、私は知らない。


少女は神を知らない

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