006


「・・・・・・これは、」
「ああそれ?アイスバーグさんを撃ったっていう海賊よ。怖いわよねぇ」
「そう、ですか」

 始業の前に配られた新聞。社で新聞が配られるなんて初めてのことで、何かと思って開いてみれば一面には『麦わらの一味』の手配書に『市長暗殺未遂犯』の文字が躍っていて思わず目を見開く。こちらを覗き込んできた同僚の言葉に生返事を返しつつ、記事をじっくりと読んでみれば、証拠は市長の証言だという。実行犯は二人で、はっきり見たのはニコ・ロビンの顔のみ。もう一人は妙な仮面を被っていたらしい。
 その時点で私は馬鹿らしくなって新聞を机に投げた。この記者はこれを本気で書いたというのか。程度が知れる。私はため息ついでに腰を上げ、鞄を持って社を出た。いつもならこのままパウリーさんがよく現れる店を巡ったりして彼を探すのだが、今日はその必要もないだろう。つまらない新聞記事に踊らされて、『麦わらの一味』を追い回しているに違いない。簡単に見つかるはずだ。
 今や町中の人が、あの一味を追い掛け回し、襲撃の犯人だと責め立てている。すれ違う人は皆一様にその話を口にしていた。誰もかれも、怒りで頭に血が上っているのだろう、――――馬鹿らしい。そう呟いて、やけにドッグのほうが騒がしいことに気が付いた。破砕音に怒声、甲高い悲鳴。再び零れかけたため息を飲み込み、私はそちらへ足を向ける。
 非常に分かりやすくて助かるような、虚しいような。

「これは酷いわね・・・・・・」

 どうやらフランキーが何かやったようだ。色々な物が吹き飛び、壊れ、ドッグは惨憺たる有り様だった。ここで一味の誰かと戦闘があったのだろう。ヒールに気を配りつつ歩いていって、瓦礫の反対側を覗き込めば、一番ドッグの職長が円になって座り込んでいるのを見つけた。当然パウリーさんもいる。
 取り立てに来たと思われると不味い、だろうか。不謹慎だと思われるかもしれない。私は少し迷って、瓦礫の影から顔だけを出して「パウリーさん」と彼を呼んだ。

「あァ!?」
「お忙しいところ申し訳ありません。ウォルター金融のアレイスですが」
「てめェ、今こっちは、」
「返済を確認したので、そのご報告に参りました。不謹慎かと思いましたが、仕事なので」

 重ねて、申し訳ありませんと頭を下げた。こちらに向いていた彼の怒気がやや引いて、そのまま押し黙る。返済の指示を出したのは市長だ。どうやら思い出させてしまったらしい。どう言葉を続けたものかと私も一緒に口を噤んだ。
 報告はウォルター金融の義務である。今回のような、別の人間が返済を行う場合は特に。しかもパウリーさんにはもう一ヶ月半も待たされている。私にだって次の仕事があるのだ。タイミングが悪いとは思ったし、上司に掛け合ってもみたが、今日報告しろと言われてしまえば仕方がない。
 重苦しい空気がその場を支配する中、口を開いたのは意外にもカクさんだった。

「お前さん、『麦わら』を見なかったか」
「え?」
「知っとるじゃろ、アイスバーグさんを殺そうとした海賊じゃ」
「あ、ああ・・・・・・いえ、見ていませんね」
「本当だろうな」
「・・・・・・どうして私が海賊を庇わなきゃいけないんでしょう」
「昨日お前言ってただろうが、妹がファンだって」

 だから?――――だから、私が『麦わらの一味』を庇っているとでも思うのかこの人は。私の妹が、ミナトが、大好きだからという理由だけで、殺人未遂なんて罪を犯した人間を庇うことを許容するような、そんな女だとでも言いたいのか。
 新聞の文字が脳裏で明滅する。ただ疑われただけなら、愛想笑いでさらりとかわすことが出来ただろう。しかしミナトを引き合いに出されたのなら話は別だ、と頭の中、冷静な部分が自己分析をして嘯いた。
 私の沸点は、大切な妹のことに限り、非常に低かった。

「もしかして皆さん、まさか『麦わらの一味』が犯人だとでもお思いですか?」

 顔が勝手に笑顔を作っているのが分かる。場の空気が、今度は一瞬で凍りついた。一番顕著なのはパウリーさんだが、後ろの職長たちも剣呑な雰囲気になる。しかし先ほどまでの恐怖なんて、私の中には微塵も残っていなかった。

「・・・・・・テメェ、どういう意味だ」
「いえ、あんな分かりやすいミスリードに引っかかる人がいるとは思わなかったので」
「ッおい!!!」
「パウリー!!・・・・・・のう、お嬢さん、どういう意味じゃ」

 カクさんの鋭い声は、私に掴みかかろうとしたパウリーさんを諌めるものだったが、続いて発せられた低い声は明らかに私への敵意を示している。一応話だけは聞いてやろうということか。静かにこちらを見つめる残り三人の視線を感じつつ、私はことさらゆっくりと口を開く。

「一人は仮面を頑なに外さないのに、一人は素顔を見せるって、おかしいと思いませんか」
「は?」
「両方ならただの無能か、もしくは誰の目にも触れずターゲットを殺す自信があったのだろうと考えられますが、片方だけ仮面を被り続けるというのは不可解です。しかもよりによってニコ・ロビンという、手配書の出回った、名の知れた女の顔を晒して歩く脳みその足りない襲撃犯が、本当に存在するのでしょうか」
「だから、お前は何が、」
「考えられる目的はただ一つ。『麦わらの一味』に罪を着せるためでしょう。ニコ・ロビンが本当に襲撃犯だったかについては分かりかねますが」

 新聞を読んで気になったのは、一人が仮面を外したということ。そして晒した顔がニコ・ロビンだったという点。何故よりにもよって手配書のある、その顔を晒すのか。犯人が『麦わらの一味』であると思われるのは必至であり、そんなことはどこの馬鹿にだって分かるだろう。
 ではその状況で得するのは誰か。こちらも簡単だ、――――『麦わらの一味』以外の人間でしか有り得ない。
 私の言葉が予想外だったのか、職長たちが一様に押し黙る。その静寂を破るようにして、正午の鐘が鳴り響いた。正午には別件の仕事が入っているため、これ以上ここにいるわけにはいかないし、いる理由もない。私は一度お辞儀をしてその場を辞した。
 背中に誰かの視線が突き刺さっているのは分かっていたけれど、一度も振り返らなかった。

「・・・・・・こりゃあ、一本取られたな」
「しかしニコ・ロビンが襲撃犯であることは事実じゃ。仮面が一味の奴でない『根拠』はあのお嬢さんの言う通りじゃが、『証拠』はない」
『とにかく一味を捕まれば分かるッポー』
「確かになァ。捕まえれば全て分かることだ。パウリー、お前は・・・・・・、おい、パウリー?」




「ち、ちょっとゾロさん!!どうしてこんなことに!!!」
「うるせェ!!ちょっと黙ってろ舌噛むぞ!!」
「もう三回は噛んでますよお!!」

 なんだってこんなことに。
 私は不安そうな顔をしながらも出社していったセノンを見送って、原稿の郵送ついでにお昼ご飯を買うため家を出ていた。町が騒がしいことは予想していたので、特に気にしていなかったのだが、その騒ぎの原因が『麦わらの一味』だと知って愕然とする。襲撃犯はどうやら彼らということになってしまったらしい。
 号外だよ!と渡された新聞を斜め読みして、大体の事態は把握した。思わず安堵の息が零れる。なんだ、濡れ衣か。
 襲撃犯は二人で、片方は仮面、もう一人はニコ・ロビンだったと書いてあるけど、これが本当なら記者は相当な馬鹿だろう。ついでに市長やら職長やらも、もう少し早く気付いてほしいものだ。仮面を用意するなら二人分用意するのが普通。一人しか付けていないなら、付けていないほうが『見せなければならない顔』なのだ。
 ちょっと詰めが甘いよなぁ、と笑ってしまう。笑って、――――でも、ロビンさんは本物だろうな、と思わず眉が下がる。何か理由があるんだと信じたいけど。
 しかし、昨日すれ違っただけの彼女の心中を私が察せるわけもなく、新聞を片手に唸りながら角を曲がる。その路地は家まで続いており、いつも利用している見慣れた道だ。目を瞑っていても家まで辿り着ける、はずなんだけど。
 私の視界に入ったのはいつもの路地にはない、しゃがみ込んだ人の背中で、「――――あれ、」

「ゾロさん、こんにちは」
「ッ、ミナトお前、馬鹿!」
「えっ」
「いたぞ!!あそこだ!!!」
「捕まえろ!!!」
「えっ?」

 後ろから響いてきた怒声に足が止まる。肩を叩かれて振り向いた形になっているゾロさんは、私の後ろをちらりと見遣ると盛大な舌打ちを一つかまして、私を抱え上げてそのまま走り出してしまった。所謂俵担ぎのような恰好になっていて、顔は後ろを向いているので、ゾロさんを追いかけている人たちの恐ろしい形相が視界に入る。泣きそうになった。

 そして、話は冒頭に戻る。

「というかこれ、私を連れて逃げる必要ない!!でしょう!!!」
「お前がデケェ声で呼ぶからバレたんだ、責任とれ!!!」
「ひ、ひどい!!理不尽!!」

 あとそんなにおっきい声で呼んでないです!!と声高に主張すると、またしても舌打ちが返ってきた。どうやら降ろしてはくれないようだ。家はとっくに通り過ぎ、お昼ご飯は抱えられたときに落としてしまったし、ゾロさんの肩の上はひどく揺れるのであまり乗り心地はよろしくないし。散々すぎる昼下がりである。
 ゾロさんを追いかけているのは、見たところガレーラの船大工さんたちだ。記事を鵜呑みにし、ゾロさんたちを捕まえるために躍起になっている、といったところだろうか。どんどん人数が増えて、比例するように怒声も大きくなってるけど、気のせいじゃなければ「少女を人質に取って」とか「女の子を攫って逃げた」だとか、首を傾げたくなるような内容のものが混じっている、ような。

「・・・・・・ゾロさん」
「何だ!!」
「余罪が増えそうなんで私は降ろしたほうがいいと思います・・・・・・」




「じゃあミナトは信じてくれるのね、私たちが犯人じゃないって」
「私としては、逆にこの記事信じる人の方がどうかしてると思います」
「ミナトお前、頭イイんだなァ!」

 ゾロさんに抱えられたままウォーターセブン市街を走破してしまった私は、同じように逃げてきたというルフィさんとナミさんと合流し、さらにはチョッパーくんも拾って、彼らを自宅に匿っていた。ゾロさんに俵担ぎされた私を見て、ナミさんとチョッパーくんが目を剥いていたけれど、まぁ致し方ないと思う。ちなみに、追手を足止めするためにまた能力を使ってしまったため、私の髪は赤に戻っている。
 家に入った四人をリビングへ通し、飲み物を提供した私にナミさんが聞いたのは「私たちのこと、犯人だと思う?」という実にストレートなもので、私はそれに否の返事を返した。新聞から推測したことを話せば、ようやく彼女の肩から力が抜ける。

「でも、よかったの?・・・・・・セノンさんは?」
「セノンは今仕事に行ってるけど・・・・・・どうせセノンも記事は信じてないと思うな」
「どうして分かるんだ?」
「セノンのほうが頭いいからね」

 チョッパーくんにはオレンジジュースを出し、私は一人ソファーに腰を下ろす。ゾロさんたちには話し合いが必要なはずだ。その場に私は必要がない。
 ロビンと会った、と口火を切ったのはチョッパーくんだった。彼女の言葉を三人に伝えてくれと言ったサンジさんは、どうやら別行動を取っているらしい。仕事関係の資料を適当にまとめながら耳を傾けていると、今度はゾロさんが考えを吐き出すようにして喋り始めた。

「今日限りでもう会うことはねェってんだから、今日中に何かまた事態を悪化させるようなことをするって、宣言してるようにも聞こえる」
「・・・・・・」
「市長暗殺未遂だけでこれだけ大騒ぎになったこの町で・・・・・・事態を更に悪化させられるとすれば・・・・・・その方法は一つだ」
「今度こそ・・・・・・“市長暗殺”」

 ぽつりと呟いたナミさんの声が、やけにはっきりと耳を刺した。


だれにも救えないわたしを、

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