005


 能力を使うと髪色が元に戻る、らしい。
 今日始めて知った事実に愕然としつつも、私は夕食前にはメリー号(ゾロさんに教えてもらった)を辞した。トナカイみたいなチョッパーくんは、傷に関する注意をわざわざメモにして渡してくれたし、コックさんだというサンジさんには家まで送ろうか、なんて心遣いも頂いてしまった。まだ目が覚めていないというウソップさんが心配だったけど仕方がない。あまり遅くなるとセノンが心配する。
 帰り際、ルフィさんに散々「仲間になれ」と言われて少し困ってしまった。

「・・・・・・で、何か言うことは?」
「ごめんなさい」

 そして今私はセノンに土下座をしている。
 理由は簡単だ。この町で『能力』を使ったことがばれたからである。ゾロさんに指摘された赤い髪はセノンに隠してもらっていたんだから、セノンに黙っていられるはずもなかったのだ。
 夕食の時間ギリギリになって帰ってきた私の髪を見て、セノンが悲鳴をあげたのは言うまでもない。

「あれだけ気をつけなさいと言ったでしょう」
「うう、」
「大体、何に使ったの。弓の鍛錬に行ったのだと思っていたのに」
「い、色々ありまして」
「色々って?」
「少しばかり人命救助を・・・・・・」

 私の答えに、セノンが驚いたように目を瞠った。人命救助、で間違っていないはずだ。ウソップさんを救出して、ついでにちょっと相手方にお灸を据えただけ。うん、間違ってない。
 しかしセノンに怖い顔で仔細を求められたので、結局『麦わらの一味』との接触やフランキーハウスでの一部始終を話す羽目になってしまった。セノンは私の話を聞き終わって、少し考え込むように眉を寄せる。

「・・・・・・ナミという女の子には会った?」
「会ったけど、セノン何でナミさんのこと知って・・・・・・って、あ!ナミさんに私のこと教えたのって、」
「ええ、私」
「だ、だと思ったよ・・・・・・何言ったの」

 ゾロさんに指摘された通り、『ファンタジア』の作者であることは、この髪でいる以上はばれても致し方ないだろう。新聞に載ってしまったらしいし。
 でもセノンの名前がナミさんの口から出てくるのはおかしいのだ。しかもセノンの妹であるという情報を持った状態で。メリー号で、ルフィさんに「お前あの借金取りの妹か!似てねェな!」と面白そうに言われたときに確信した。少なくともルフィさんとナミさんは、セノンに会っていると。
 セノンは今日仕事だったはずだけど、一体いつ会ったんだろう。

「妹が応援してます、って言っただけ」
「えっ」
「あと『ファンタジア』の作者だってこと」
「そ、それはまぁ・・・・・・この髪だとばれても仕方ないし・・・・・・」
「彼女、ミナトの本を読みたいって話してたわよ」
「ひい・・・・・・」

 それは初耳だ。ナミさんもそんなこと言ってなかったのに。ああでも、本屋で見かけたトナカイがチョッパーくんであるならば、私の本を頼んだのはナミさんかもしれない。今思い返せば、チョッパーくんが『ナミ』と言っていたような気もする。
 恥ずかしい。憧れの海賊に自分の書いた小説を読まれるなんてとてつもなく恥ずかしい。
 私が顔を覆って悶えていると、セノンがふと思いついたといった態で口を開いた。

「そういえばミナト」
「なに?」
「貴方どうして『麦わらの一味』のことが好きなの?」
「あー、それねえ」

 いつかは来るだろうと思っていた質問に、ちらりと壁の手配書を見遣る。一番目立つところに貼り付けられた、ルフィさんとゾロさん、そしてロビンさんの手配書。今日の戦闘でサンジさんやチョッパーくんだって強かったのに、あれで手配書がないなんて詐欺だ。ゾロさんのときも思ったけど、はっきり言って勝てる気がしない。

「出版社に行ったとき、海軍に握りつぶされたっていう、アラバスタ事件に関する記事を読ませてもらって」
「アラバスタ・・・・・・七武海のクロコダイルが捕まったあの事件ね」
「そうそれ。その記事は、ルフィさんがクロコダイルを倒したのはアラバスタと、その王女様を助けるためだったっていう内容だったんだけど」
「海軍が握りつぶした、と。なるほど。海賊の美談はなるべく伏せたいものね」
「うん。なんかいいなぁと思って。海賊が人助けのために国を救うの」

 アラバスタを避ければぶつかる必要のなかった、七武海という大物。普通だったら避けて通るだろうけど、ルフィさんたちは王女様のためにアラバスタに向かったのだ。そして本当にクロコダイルを倒してしまった。
 記事には、その王女様が一時期『麦わらの一味』の仲間だったのではないかという見解もあった。あながち間違ってないんじゃないかな、とも思う。今日だってウソップさんのために戦う様を見たのだ。実際に見るそれは圧巻で、やっぱり私の海賊ごっこは所詮お遊びだったのだろう。
 仲間、と呟いてみる。私とセノンは姉妹だ。血の繋がらない、それでも誰よりも大切な家族。仲間と呼べるような結びつきは、私にはない。

「・・・・・・いいなぁ」




「ルフィ、ミナトを仲間にしたいって本気?」
「あァ。本気だぞ。ミナトは『小説家』なんだろ?おれ、船大工も欲しいけど小説家も欲しいんだ」
「小説家も、って・・・・・・」
「よく分かんねェけど面白そうだろ?」
「分かってないのはあんただけよ!!!大体、ミナトにも断られたでしょ」
「えー、いいじゃねェかナミ、あいつ強いんだぞ」

 だから、と言い募ろうとした私を止めたのは、サンジ君の「そういやミナトちゃんって能力者なのか?」という声だった。質問の先はゾロで、俺が知るかと顔をしかめた彼はごろりと床に転がる。
 四人の話では、フランキーハウスに入ったとき、既にミナトは戦っていたらしい。弓は下ろさずに手を掲げていたそうだから、サンジ君が能力者かと疑問に思うのは当たり前だろう。でも結局、ミナトがどうやって戦っていたのかは四人にも分からないようだ。
 あと、ゾロが言うにはミナトの髪は黒だったとか。『ファンタジア』の一件で有名人だし、変装でもしてたのかしら。

「俺が見たのは弓の腕だけだ。あとは知らねェ」
「でもあのとき弓は使ってなかったよな」
「不思議人間か!!」

 ますます仲間にしたくなった。ルフィはそう言っていつものように笑った。こうなると何を言っても聞かないのよね。私のとき、サンジ君のとき、チョッパーのとき、ルフィはかなり強引に私たちを仲間にと誘ってきた。ビビを諦めたのだって、本当はしぶしぶだったんだろう。ルフィはそういう奴だ。
 となると、ミナトにも諦めてもらうしかないかしら。新聞の記事と同じように笑っていた、緋色の髪の少女を思い出す。チョッパーに買ってきてもらった彼女の作品『ファンタジア』は、まだ中を開いていない。見ず知らずの、しかも海賊を助けちゃうような女の子が書いた、海賊の話。何を思ってミナトが『海賊』を描いたのかは分からないけれど、その世界の海賊はきっと彼女の心のように優しいのだろうと思った。
 今度会うときはちゃんと読んで、そして感想を伝えてあげよう。私の言葉にいちいち面白い反応を返す彼女が、どんなリアクションをするか楽しみだ。

「・・・・・・って、あー!!!!」
「ナミ、どうかしたのか?急にでっけェ声出してよー」
「ミナトにサイン貰えばよかった・・・・・・!」
「あァ・・・・・・ミナトちゃんって確か最近売れてる作家なんだっけか。しかも絶対公の場には出てこないって有名な」
「そうよ!私としたことが・・・・・・きっと高値で売れたのに」
「売るのかよ!!!!」

 ゾロのツッコミは無視して、大きくため息をつく。また会えるとは思うけど、またとないチャンスだったのに、それをみすみす逃してしまった。売るのは流石に冗談だけど、欲しいのは本当だ。
 私が項垂れていると、船室からチョッパーが出てきてウソップの処置が終わったことを告げる。ルフィは嬉しそうにしていたけど、この先でウソップにメリーのことを伝えるとなると少し気が重い。ウソップは誰よりもこの船を愛しているから。知らずのうちに、もう一つため息が零れた。




「市長が撃たれた・・・・・・?」
「ええ。今朝の新聞で」
「何でまた市長が撃たれるなんてことになるの」
「さぁ・・・・・・よく分からないわ。新聞では海賊かフランキー一家の仕業じゃないかって話だったけど」
「海賊・・・・・・」

 海賊と聞いてすぐに思い浮かんだのは、昨日出合った『麦わらの一味』だけど、彼らがそんなことをするはずない。昨日話してみてよく分かったし、何より昨日はウソップさんのことでそれどころじゃなかったはずだ。新聞では昨日の深夜ってことだったから、流石に確証はないけれど。
 セノンはなんだかそわそわとして落ち着きが無い。確か市長と面識はなかったはずだけど、そんなに心配なのだろうか。朝食のハムエッグをオレンジジュースで流し込み、使い終わった食器をキッチンに運ぶ。その間もセノンはぼんやりと新聞を見つめていた。

「心配なの?」
「え?」
「アイスバーグ市長のこと。気になるなら見てきたら?」
「・・・・・・いいえ。いいの。私じゃなくて、」
「じゃなくて?」
「あの人は心配なんだろうな、と思っただけよ」
「・・・・・・誰の話?」


祈りの足音

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