004


 とは言ったものの。

「・・・・・・やっぱりお金を託されたのに何も買わないっていうのも」

 泥棒だと思われそう。私は応急処置を終えて、ウソップさんをちらりと見遣る。血はあらかた拭き終えて、大きな傷口は申し訳程度に止血してある。また意識が朦朧としてきたのか、呼びかけても返事はなかった。
 一方、頼まれたお酒がある店は目と鼻の先だ。ご飯は帰りがけに何か買っていけばいいだろうし、お酒ぐらい今買ってきてもいいかな。でも私は、ナミさんのお仲間の到着を待たなければいけない身だ。ウソップさんはかなりの重傷だし、あまり目を離したくないというのもある。
 まあどうせもうすぐお仲間さんがくるだろう。もう少しだけ待とう。そう思って意識をウソップさんに戻すと、

「――――え、」

 いない。
 ざっと血の気が引いていく。未だにちらほらと野次馬が残っていたので、近くにいた男の人をひっ捕まえてウソップさんがどこに行ったのかを聞いた。彼はおろおろと視線を彷徨わせながら、一本の路地を指差す。示された方向を見て、思わず舌打ちが零れた。あっちにはフランキーハウスがあるはずだ。さっきの私とナミさんの会話を聞いていたらしい。
 まさか動ける体力が残ってるなんて、と歯噛みしながら、私はその路地を駆け出した。ウソップさんの姿は既に見えない。ということはあの身体で走ったのか。これでもしウソップさんがまたフランキーハウスに乗り込んでたりしたら、ナミさんに顔向けできない。油断は私の落ち度だ。
 路地はそんなに長くはなかった。視界が開けてくると派手で趣味の悪い家が見えてきたが、その前に人影はない。ウソップさんは中に入ってしまったのだろう。私はそのまま走り続け、入り口の前で足を止めた。
 どうしよう、私が入ったところでどうにかなるだろうか。そうやって躊躇ったのは一瞬。私は大きく息を吸うと、ドアを半ば蹴るようにして開け、――――その先の光景に絶句した。

「・・・・・・ッ、ひどい・・・・・・」
「あァ!?なんだァお嬢ちゃん!!」

 フランキーの子分たちの足元。そこには危惧していた通り、ウソップさんが横たわっていた。
 ウソップさんは、今度こそ完全に意識を失っているようだ。ぐったりした身体はまた血塗れになっていて、鼻まで変な方向に曲がってしまっている。喰いしばった歯がぎり、と鳴った。ひどい。こんなことする権利がこいつらにあってたまるものか。ウソップさんは奪われたお金で、船を直せるはずだったと泣いていたのに。
 どうやら今、ここの頭であるフランキーはいないようだった。この町に一年住んでいるので当然だが、フランキーの所業はいくらでも耳に入ってきていた。かなり腕が立つことも知っている。不在とは好都合だ。
 背中の弓を下ろすか少し考えて、やめた。両手を顔の高さまで持ち上げて、その場の全員を睨むように見渡す。宴会の途中だったらしい彼らは、いきなり入ってきた小娘の真意を図りかねているのだろう。訝しむような気配はあっても、攻撃してくる様子はなかった。
 セノンに言われていた、「この町で“能力”を使ってはいけない」という言葉に背くことになるけれど、――――もう、そんなことに構っていられなかった。

「・・・・・・お兄さん方」
「ああ?何だ?」
「強盗傷害は重罪ですよ、――――“ダウンバースト”!!!」

 私が両手を振り下ろした瞬間、いっそ暴力的とさえ思える下降気流がその場を支配した。




「ウソップがいねェ!!ナミさんが言ってたのはこの場所のハズだぞ!!」
「ウソップー!!!」
「確かか!?場所間違ってんじゃ・・・・・・」
「てめェじゃねェんだよ黙ってろ!!!」

 クソコックに先導されて着いたのは、ただの路地だった。確かにウソップの姿は見えない。チョッパーが地面に付いていた血を見て、顔をしかめていたが俺にだって分かる。この量からして相当な怪我のはずだ。
 ナミの話では、ミナトって女に見張りを頼んだらしいが、その女の姿も見えなかった。とりあえず、とヤガラブルを降り、路地の一つを覗き込む。血の跡が点々と続いているところから察するに、ウソップが向かったのはこっちだろう。

「ミナトって子もいないみたいだな」
「その子が医者に連れて行ってくれたってセンもなくはねェが・・・・・・」
「いや、血の跡はこっちにあるぞ」
「そっちは海岸に出るはずだが・・・・・・あんにゃろ、勝手に動きやがったな」
「そのミナトって奴がウソップを運んだとは考えにくい。動いたのはウソップ、そいつもウソップを追いかけたってのが妥当か・・・・・・!」

 そして、ウソップがそうまでして動くのなら。
 今の状況で考えられるのはただ一つ。馬鹿でも分かる簡単な話だ。
 さてどう動くか、と空を仰ぐと、ちょうど空からウチの船長が降ってくるところだった。壁に激突した挙句水路に落ち、クソコックに引き上げられる。ルフィも事情は知っているようだ。ウソップが一人でフランキー一家にケンカを売っているかもしれないと言えば、慌てて付いてくる。

「・・・・・・」

 そういえば、昼飯買ってくるなんて言って走ってった海賊もどきの女はどうしているだろう。
 黒い髪に蒼い目をしたその女は、メリーに戻って俺がいなかったら困るんじゃないだろうか。ちらりと掠めた思考は、顔を覗きこんできたチョッパーによって打ち切られる。

「ゾロ、どうかしたのか?」
「・・・・・・あァ。人に昼飯頼んでたの忘れてた」
「昼飯?・・・・・・そうかお前船番だったな」
「岩場で弓の練習してた女に頼んだんだが、――――」
「あァ!!?おいクソマリモ、今レディに頼んだっつったか!!?」
「うるせェよエロコック」

 にしてもあの弓はなかなかの威力だった。本人は否定していたが、あれで一般市民は嘘だ。岩壁を崩しておいて自分で動揺してんのはいかがなものかと思ったが、岩を砕く正確性とあの破壊力はいい武器になる。
 ぎゃんぎゃんと喚くコックを黙らせて歩を進めていくと、次第に視界が開けてきた。見えたのは海を背に立つ、悪趣味でドハデな建物だ。恐らくあれがフランキー一家の根城だろう。

「・・・・・・にしても、何かうるさくねェか?」
「ウソップが戦ってんのかもしれねェ。行くぞ」
「おう」

 ウソップが、とルフィは言ったが、本人も分かっているはずだ。あの血から、そしてナミの様子からしてウソップにあそこまで立ち回れる体力は残っていない。しかし建物から聞こえてくるのは歓声や笑い声ではなく、恐怖の混じった悲鳴と怒号。十中八九、戦闘中だ。
 ルフィが先陣切って歩き、ドアを蹴飛ばして開ける。人型になったチョッパー含め四人で踏み込んだそこで、俺は信じられないものを目にした。

「・・・・・・あれ」
「お前、」

 昼飯を買いに行くと言っていなくなったあの女が、ウソップを庇うようにして俺たちに背を向けていたのだ。背中にはあの大きな弓と矢筒、しかし敵に向かってかざしているのは何も持っていない両手。もんどりうって床に倒れこんでいるフランキーの子分たちは、皆一様に青ざめた顔をしている。
 そして何より目を引くのは、さっき会ったときは黒かったその髪が、燃えるような緋色に変化していたことだ。俺以外はこいつを見るの自体が初めてだから、分からないだろうが。
 目をハートにしてるエロコックはさておき、俺の反応に気付いたのか、ルフィは顔をぐるりとこっちに向けた。

「おいゾロ、あいつ知り合いか」
「・・・・・・さっき会った」
「てめェあんな美人と俺の断りなくいつ出逢ったァ!!オロすぞ!!」
「そうか・・・・・・なァ!!ウソップのこと助けてくれたのか!!」
「え、ああ・・・・・・うん。そうなる、かな」

 困惑したように俺たちの顔を見比べ、そいつは最終的に俺を見た。知った顔があって安心したらしく、あからさまにほっと息をついて、首を傾げる。その間も、両手は油断なく掲げられたままだ。能力者か。
 ルフィはその返答に小さく、ニヤリと笑うと「ありがとな、でももういいぞ」

「――――こっからは、おれたちがやる」




「ナミさんが言ってた仲間って、『海賊狩り』さんたちだったのか・・・・・・」
「まァな。お前がナミの言ってた『ミナト』だとは思わなかったが」

 がしがしと頭を掻いた『海賊狩り』さんが、私の隣に腰を下ろす。あのあと、フランキー一家を散々に打ちのめした『麦わら』さんたちは、何やら四人で話し合っていたが、トナカイくんが私の腕に切り傷を見つけて騒ぎ出すと、私を船まで引きずっていって治療まで完璧に行ってくれたのだ。ウソップさんをフランキーハウスに行かせてしまったのは私の落ち度だというのに、治療までしてもらうと申し訳ない気分になる。
 私が浮かない顔をしているのに気付いたのか、『海賊狩り』さんは私に向き直ると、「おい」

「何でてめェがそんなに暗い顔してんだ」
「・・・・・・私がウソップさんから目を離したばっかりに・・・・・・」
「ウソップがああなったのはそのせいじゃねェだろ」
「それはそうなんです、けど」

 ナミさんに頼まれたのに。ぽそりと零せば、自分の名前を聞きつけたのか、ナミさんがこちらへやってきた。すらりと長い脚が私の前で止まり、こちらの視線に合わせるように折りたたまれる。可愛らしい顔が覗き込んできて、「ねぇミナト」と私を呼んだ。

「・・・・・・は、はい」
「ありがとう」
「はい、すみませ・・・・・・、えっ」

 よくもウチのクルーから目を離してくれたなこの木偶の坊、ぐらいのお叱りは覚悟していたので首を竦めていると、思いもよらぬ言葉が降ってきて、慌ててナミさんを見る。彼女は悪戯が成功したときの子供のような、たいへん愉快そうな顔をしていた。私はぽかんと口をあけてそれを見ているしかない。
 隣で『海賊狩り』さんが思いっきり笑ってるけど何でだ。何がそんなに面白かったんだ。
 私が睨むようにしてそちらを見ると、分かりやすく肩が震えていて、思わずその肩をぺしりと叩いてしまう。叩いてから相手が『海賊狩りのゾロ』であったことを思い出し、あの手配書の人に自分から触ってしまった・・・・・・!と妙な感動と恐れ多さが沸いてきて、手を変な位置に浮かせたまま、私は動きを止めた。
 どうやらそれもまた面白かったらしく、今度はナミさんまで笑い出してしまう。すごく解せない。

「ミナト、あんた面白いわね」
「ど、どこが・・・・・・」
「全体的に。私に怒られると思ったんでしょ」
「う、」
「怒らないわよ。ウソップのために戦ってくれたらしいじゃない」
「でも目を離したのは事実だし・・・・・・あと『海賊狩り』さんのお昼ご飯忘れたし・・・・・・」
「・・・・・・ゾロ、あんたミナトに『海賊狩り』さん、なんて呼ばれてんの?」
「らしいな」
「そこ!?」

 思いもよらなかったところにツッコミを入れられて目を剥く。そういえばナミさんはナミさんなんだから、いっそゾロさんって呼んだほうがいいんだろうか。でも今までずっと『海賊狩り』さんで呼んでたからなぁ。ゾロさん、ゾロさんと繰り返してみるがなんだかしっくりこない。

「もういいじゃない、ゾロで」
「えええ・・・・・・それはちょっと。せめてゾロさんで」
「こっちは本来、さん付けで呼ばれるようなモンじゃないのよ。むしろこっちが敬意払わないとってぐらいなんだから」
「え?」
「ミナトってセノンさんの妹さん、でしょ?」
「えっ」
「それから『ファンタジア』の作者」
「な、なんで・・・・・・!」

 なんで知ってるの。
 声にならない悲鳴をあげた私に、横からゾロさんの冷静な「髪の色だろ」という指摘が入った。

 

されど緋色は踊る

[*prev] [next#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -