003


「あの美人、借金取りなのか?」
「そうみたい。あの格好で、そこの職長追いかけてたのかしら。だとしたらすごいわね」

 ウソップの言葉に頷きながら、この場に急に入ってきた女性を見遣る。
 スーツにピンヒールという姿は、さっきの美人秘書よりも遥かに秘書っぽい。でもあのタイトスカートでよく走れるな、と思わずまじまじと彼女を観察してしまう。視線に気付いたのか、セノンと名乗ったその女性はゆるりと小首を傾げ、何を思ったかこちらへ近付いてきた。
 正面から見ると、顔の整い具合がよく分かった。どことなくロビンに似た、理性的な面持ち。彼女は私たちの少し手前で足を止めると、また小首を傾げる。どうやらこれは癖のようだ。

「・・・・・・あの、何か?」
「あ、・・・・・・申し訳ありません。失礼ですが、貴方たちは『麦わらの一味』の方でしょうか」
「そうだぞ」

 彼女の質問に、ルフィはあっさりと答えてしまう。何普通に答えてんのよ!と殴ってみるけど、まぁ言ってしまったものは仕方がないか。海兵でないのは分かっているし、敵意も感じられないから良しとしよう。
 ルフィの肯定に、セノンさんはなんだか満足そうに頷いた。少しだけ表情が柔らかくなる。

「・・・・・・妹が、ずっと応援していたもので」
「妹さん?」
「はい。お気に入りの海賊団、だそうです」

 だから少し嬉しくなってしまって。細められた目で分かった。彼女は妹さんのことが本当に大切なのだろう。そして何よりお気に入りの海賊団という響きが嬉しくて、私まで顔が緩んでしまう。

「なんだ、そいつ俺たちのファンなのか?」
「そうですね。家に手配書も飾ってありますし」
「うぉおお、すげェな!!俺たちって実は人気なんじゃねェの!!?」
「アンタの手配書はないでしょうが、バカ」

 調子に乗ったウソップの頭を叩き、セノンさんに「妹さんもここに住んでるの?」と尋ねる。海賊なんてはみ出し者のファンだという彼女に、少し興味が沸いたのだ。ちょっと会ってみたいかも、という思いから口に出た質問は頷きで返された。

「会ってみたいわね」
「妹が喜びます。・・・・・・でもあの子、今少し原稿で忙しくて」
「原稿?作家さんか何かなの?」
「はい。『ファンタジア』という本の作者なのですが」

 言葉の意味を理解して初めて、私は呆然とセノンさんを見つめる。
 今最も売れている作家の姉だという女性は、またゆるりと首を傾げた。




 パウリーさんの返済の目処が立ったので、私は市長にお礼を述べてその場を立ち去った。
 『麦わらの一味』は、どうやら船を直してもらうためにここへやってきたようだ。漏れ聞こえた話によればもうその船は走れないらしい。新しい船を買うか、それともその船と共に沈むか。その選択を迫られて、船長である彼はぐずるように無茶なことを言った。
 世界一の造船所がある、このウォーターセブンでは、こういったやり取りは珍しくない。でも大抵海賊はあっさりと船を手放すものだ。ここまで一つの船に固執するのは、きっとその船を『仲間』だと思っているからだろう。そう思うと『麦わら』さんが言うことも分かるような気がしてしまう。

「・・・・・・船」

 昼間の、ミナトの言葉を思い出す。船を持たずにここまでやってきた私たちは、捨てる物なくあっさりとこの島に馴染んでしまった。どうしても目立つミナトの髪は、私の“幻惑”で黒く見えるようにしたため、今のところ誰にも元海賊だとは気付かれていない。まさか海賊が借金取りになるとも思っていないのだろう。スーツ姿の自分を見下ろして、そっと息を吐いた。
 私たちは、きっと海賊ではなかった、――――いや、『私は』か。
 ミナトが未だに海に焦がれていることも知っている。そして故郷に焦がれていることも。一人でなんて行けない、と諦めたように笑う彼女は、きっと迷っているのだろう。ミナトほどの実力があれば、慕ってくれる仲間はいくらでもできる。だからそれは言い訳なのだ。
 私の故郷を見つけてくれたのはミナトだ。今度は私が、あの子の故郷を見つけてあげたい。
 もしそれが叶わないなら、私が、あの子が私を捨てる手助けをしてあげたい。

「ミナトはきっと、私と違って海賊なのね」

 ぽつりと呟いてみる。それがまた、案外しっくりきてしまって、私は少しだけ泣きたくなった。




「・・・・・・はぁ、」

 すごくとても疲れた。
 追っかけをしていた海賊団の賞金首と睨み合いなんてするもんじゃない。精神的に色んなものが磨り減ったのは気のせいじゃないはずだ。
 聞けば『海賊狩り』さんは船番を任されていたらしい。それで甲板で寝ていたら派手な音がして飛び起き、岩場で弓を抱えておろおろしている私を発見した、と。つまり私は、彼の快適な睡眠を邪魔してしまったというわけだ。大変申し訳なかった。
 お詫びにと私が申し出たのは、彼の分の買い物だ。船番を任されたせいでご飯も食べていないらしい。私が船番を変わってもよかったのだが、自分の船に他人を上げるのは気持ちがいいことではないだろう。とりあえずメシと酒、と言われたので大人しくそれを買いに行くことにする。
 まぁ言ってしまうと、あの『海賊狩り』さんと一対一という構図に耐え切れそうになかったから、逃げてきてしまっただけなんだけど。

「というか『海賊狩り』さんがいて、『悪魔の子』さんもいるなら、当然『麦わら』さんもこの町にいるんだよな・・・・・・」

 入り組んだ町だけど、外から来た人が歩く大通りはそんなに多くない。そのうちばったり出会ったりして。そう考えながら角を曲がって、その道の人だかりに気が付いた。固まっている人々の表情は硬く、冴えない。良くないことでもあったのだろうか。
 でも、『海賊狩り』さんに頼まれてるお酒、この先の店でしか売ってないんだよなぁ。
 どうしたものかと一度足を止めたが、今更回り道をするのも面倒だ。私は人を掻き分けて進み、そして、――――

「っ、だ、大丈夫ですか!」

 道に、血塗れで倒れている男の人。気付けば駆け寄って、助け起こしていた。皆が見ていたのはこれか。誰も助けないなんて見上げた性根だ。舌打ちを一つ、わざと聞こえるようにしてやると、人だかりが少し遠のいていく。
 どうやら相当殴られたらしい。打撲が酷いし、色んなところが切れている。命に別状はなさそうだけど、動かすのは危険。そう判断し、私は持っていたタオルで彼の顔を拭った。そこで初めて、彼の鼻がやけに長いことに気付く。
 タオルの感触で意識が覚醒したのか、男の人の虚ろな瞳が私を捕らえた。

「あ、あれ・・・・・・」
「意識、はっきりしてますか。大丈夫ですか?」
「あァ・・・・・・」
「ウソップ!!!」

 意識が戻ってきたようだ。これなら大丈夫、と一息ついたところで、上の水路から悲鳴が聞こえた。
 そこから飛び降りてきたのは、オレンジの髪の綺麗な女の子。察するに、この長鼻さんの仲間だろう。私じゃとても太刀打ちできないようなプロポーションに可愛らしい顔をしているけれど、今は愕然とした、青ざめた顔で長鼻さんを見つめていた。

「ウソップ!!しっかりして!!!大丈夫!!?ねェっ!!!」
「なァおい君たちもしや海賊か」
「うるさいわねジロジロ見てんじゃないわよっ!!!」
「本当。怪我した人を皆でじろじろ眺めて、手も貸してやらないなんて人間として最低」

 つい口から零れた言葉で、さらに人だかりが揺らめいた。後ろめたい、とは思っていたようだ。後ろめたいと思っていても、行動に移さなければ一緒。私はせいぜい冷たい目で、人だかりを睨みつける。
 そしてオレンジの女の子はそこで初めて私の存在に気付いたらしい。私の顔と、長鼻さんの顔を拭っていた血まみれのタオルを交互に見比べて、泣きそうな声で「ありがとう」と笑った。

「・・・・・・ウソップ!!やったのはフランキー一家なの!?あいつら!!?」
「そうだ・・・・・・俺が弱ェもんで・・・・・・!!!大金・・・・・・全部奪られた・・・・・・ナミ、」
「・・・・・・」
「みんなに・・・・・・会わせる顔がねェよ」

 長鼻さんの目から、ぼろりと涙が零れ落ちた。
 会話から考えると長鼻さんたちは海賊で、フランキー一家にお金、しかもかなりの大金を盗まれてしまったらしい。賞金稼ぎのようなことをしているとは聞いていたけど、これじゃあどっちが犯罪者か分からない。海賊相手だろうと、泥棒は見下げ果てた薄汚い犯罪で、しかも相手をこんなに殴って、痛めつけて盗んだのだ。私は久しぶりに、頭に血が上る感覚を味わった。こんなのセノンが海軍に斬りつけられたとき以来だ。

「やっとメリーを・・・・・・!!直してやれるはずだったのに・・・・・・!!!みんなに会わせる顔がねェよ!!!!」
「・・・・・・ッ!!」

 オレンジの女の子も、それは同じだったみたいだ。顔にさっきまでの悲壮感はなく、瞳には強い闘志と憎悪、殺気が篭っていた。ああ、この子もやっぱり海賊なんだ。『海賊狩り』さんと似通った空気を感じ、私は小さく身震いする。
 ぎり、と彼女が歯を喰いしばった。

「平気よウソップ、お金なら!!必ずみんなで取り返すからっ!!!!」
「・・・・・・あの、」
「あっ、あなた!!ありがと、ウソップのこと見ててくれたのよね?」
「うん、ええと、フランキー一家のアジトはここを真っ直ぐ行けば着くから。長鼻さんは私が医者に、」
「大丈夫よ。ウチには腕のいい船医がいるから!それより・・・・・・ええと、」
「あ、ミナトです」
「ミナトね。ちょっと頼まれてくれないかしら」

 私はナミよ。そう名乗った彼女は、私に長鼻さんを見ていてくれないかと言った。私はすぐに頷き、仲間を呼んでくると走り出したナミさんを見送る。長鼻さんことウソップさんは、壁にもたれかかったまま動かない。ダメージが大きいのだろう。少ない航海経験でも、ここまでの怪我はあまり見なかったからどうしても動揺してしまう。

「・・・・・・そういえば『海賊狩り』さんにお昼ご飯頼まれてたんだっけ」

 でも、人命救助のほうが大切だ。
 私はウソップさんの腕の血を拭きながら、心の中で『海賊狩り』さんに謝った。


遠い遠い、君の世界を憂う

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