氷帝学園にて、神戸透の名前を知らない者はいないと言われている。だが彼はさして目立つタイプの人間ではなく、女子が騒ぐ程顔立ちの整った男子でもない。むしろ彼の従兄弟の方がそれに近いと言えるだろう。そんな透が何故有名なのか。それはやはり彼の従兄弟にあった。
跡部景吾、氷帝学園の頂点に君臨する男。200人いるテニス部の部長、中等部1年の頃から生徒会長を勤めるなどリーダーシップに優れ、成績優秀、眉目秀麗とくれば彼を放っておく女子はいない。いささか性格に問題はあるが、まだ目を瞑れる範疇だろう。だが彼には唯一の汚点があった。それが神戸透の存在である。幼い時より共に過ごしていた彼らは仲が良い。しかし跡部は従兄弟という家族愛を超えた目線で彼を見ていた。それが彼、透がこの学園で有名な理由でもあった。
元より透は異性よりも同性に好かれやすい。それは恐らく今の女子にはあまりない、家庭的な部分に惹かれるからだろう。間違いの無いように言っておくが、彼は健全な男子中学生である。女子が嫌いな訳じゃない、むしろ好きだ。だが少しでも気になる女子が出来れば、同じ部のメンバーがいつの間にかその女子とくっついっている。明らかな確信犯だった。そして今日も、彼は理不尽に愛されているのだ。


「おい」
「何、景吾」
「数学の教科書忘れたんだよ、見せろ」
「また?昨日も国語、」
「いいから黙って見せろ」


がたがた、と席をくっつける。授業が始まる前の休み時間。隣の席の跡部に話しかけられ、透はまたか、と半ば呆れる。最近やけにこういう事が増えた、今度は何に影響されたのやら。この前はやたらピンクな表紙の携帯小説を見て、昼は弁当を作ってこいだとか言い出した。その前は一昔前の少女漫画の影響から、スポーツドリンクの差し入れを要求された。つまりそういう男なのだ、跡部景吾は。金持ちの感覚のせいかあまり一般人の常識は持ち合わせていない。さらに漫画や他人の話に影響を受けやすく、透の前ではただの恋する乙女のようである。これも今まで恋愛経験の無い跡部が読んでいた少女漫画の影響が実は強く出ている。露骨なまでの跡部に、最近はため息しか吐いてない気がするのは気のせいだろうか。


「今度は何見たわけ?」
「ばっ…な、何も見てねえよ」
「その鞄からはみ出てるのは、」
「違っ、これは忍足の馬鹿が勝手に…!」
「ふーん」
「…本に書いてあったんだよ、」
「なんだって?」
「男女の距離を縮めるには座席からって、な」
「気付けよ、まずおれもお前も男だから」
「!…気付かなかった」
「もう眼力語るなよ」


く…っ、とか言って机に顔を伏せた跡部を横目で見た透は、残念だなあと思った。顔はいいのに性格が残念。どうにかならないものか。


「今日の部活さ、おれ委員会で遅れるから」
「ああ、わかった、言っとく」
「後今日の弁当は景吾リクエストのローストビーフのなんたら添え」
「!!」
「ネットでレシピ取って初めて作ったから味の保証はねえけど」


そう言った瞬間、跡部の顔がぱあっと輝いたのを透は見逃さなかった。跡部はその一瞬で顔を戻したが、周りのクラスメイトは気付いている。だがあえて何も言ってこないのは、通称"跡部さまを温かく見守ろうの会"に所属しているからである。跡部本人は気付いていないが、彼ら2人を見る周囲の目は子の成長を見守る親のようだと透は思っている。跡部は周りにはクールな俺様キャラを貫き通していると勘違いしているが。


「景吾」
「あーん?どうした」
「口の端、にやけてるけど」
「……」


ぐいぐいと自分の広角を指で下げようとする跡部を見たら、本当の彼を知らない人はどうなるんだろうか。透は手塚や真田辺りに今度言ってみようかと思った。










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