最近、先生は寄り道をして帰って来る。おれがどこに行っていたんだと聞いてもにやにやと笑ってはぐらかすだけで、全く教えてくれない。しかも寄り道をするようになってから太った、ような気もする。
「…先生、今日も遅かったな」
「んん?なんだ夏目、まだ気にしておるのか」
「いや…そんなんじゃないけど、用心棒としてそれはどうなんだと思って…」
「む、確かに私の不在の間に夏目が余所者に食われるのも癪だな」
「おい」
それから先生は少し唸って、おれに向き直った。その顔にははっきりと本意ではないと書いてある。
「仕方ない。私のとっておきの場所に連れていってやろう」
「とっておきの、場所?」
それだけ言うと、ニャンコ先生は布団の上に丸まって寝てしまった。
…とっておきの場所って一体どこなんだ?謎は深まるばかりだ。
翌日、学校も終わり、帰途についていると先生がちょこんと道端に座り込んでいた。先生もおれに気が付くと、ゆっくりと起き上がっておれの肩に飛び乗った。
「わっ!急に危ないだろ!」
「気にするな。さあ行くぞ、饅頭が私を待っている」
「饅頭…?」
ニャンコ先生の案内に従って歩くと、辿り着いたのは鉄棒とベンチがあるだけの質素な公園だった。
「にゃーん!」
「あっ、先生…!」
そこに着いた途端、先生はおれの肩から飛び降りて一目散に走り出す。
慌てて追い掛けると、そこには先客がいたらしい。夕暮れの公園に静かに佇む女性。ベンチに座って、膝に飛び乗った先生の頭を優しく撫でていた。
「…あ」
「こんにちは、…でもそろそろこんばんはかな」
「えっと、こんばんは」
その人もおれに気付いたらしく、おれと先生を交互に見た。そして小さく、ごめんなさいと呟いた。
「ごめんなさい、飼い猫だとは思わなかったの。
でもよく考えてみれば、首輪もしてるしふっくらしてるし…野良じゃないよね」
「いや、えっと…家の猫がすみません、でした」
「ううん、こっちこそ楽しかったから。ありがとうございました」
彼女は先生の喉に手を滑らせて指先でくすぐった。彼女のその楽し気な表情から、同い年くらいかと思案する。
一方で先生も満更じゃないらしく、大人しくされるがままだ。
「この子、なんて言うの?」
「にゃ、ニャンコ先生って言うんだ」
「ニャンコ先生?変わった名前だね。わたし、ねこ吉って呼んでたんだ」
ねっ、ねこ吉。と微笑んだ彼女に、先生はしゃがれた声で返事を返した。そこでおれはやっと気が付いた。先生はいつも彼女の所に来ていたんだ、と。どんな出会いだったのかは知らないが、先生は大分彼女になついていた。
「あ、座ってよ。あなたと話がしたいな」
「えっ」
「もしかしてもう帰る?」
「いや…じゃあ、座らせてもらうよ」
おれが彼女の隣に座ると、先生はこっちをちらりと一瞥してから彼女の指先に頭を擦り付けた。
「あ、お饅頭だね」
「にゃーん!」
「ま、饅頭?って…」
「おみやげだよ。ねこ吉…じゃなかった、ニャンコ先生が好きみたいだからいつも買ってるんだ」
そう言うと彼女はおれの反対側に置いていた紙袋から饅頭を取った。その包みを丁寧に外し、先生に渡す。先生はがつがつとその饅頭に食いついた。
「はい、あなたにも」
「いいのか?」
「もちろん。あ、あなたの名前は?」
「おれは夏目、夏目貴志って言うんだ」
差し出された饅頭を受け取って、おれは自分の名前を彼女に告げた。彼女はおれの名前を復唱して微笑んだ。
「夏目貴志くん。綺麗な響きだね」
「…そ、そうか?」
「うん、とても素敵」
微笑みを浮かべたその横顔は、夕日に照らされて輝く。おれは思わず見とれてしまった。
「わたしはね、みょうじなまえだよ。よろしくね、夏目くん」
その姿は余りにも美しかった。