「わたしと夏目は友達だろう」


言われて初めて気が付いた。おれは知らない内に不思議な妖と友達になっていたらしい。レイコさんに名前を取られていながら、おれに返してもらうつもりはなく、そのかわりというのか。何故かそいつはおれの部屋に居座っている。初めは先生ともよく喧嘩していたが、今では一緒に飲みに行く程仲がいい。
おれとしては妖の居候、のつもりだったんだけど…よっぽどおれは可笑しな顔をしていたらしい。目の前の妖は腹を抱えて笑い出した。


「あははは!夏目、なんだその顔は!」
「その顔って言われても…」


思わず両手を頬や顎、額に運ぶがやはりどんな顔をしているかはわからなかった。


「はあ…やっぱり人の子は面白いなあ、うん」
「…というか、おれとお前が友達っていうのは…」
「違うのか?」
「いや…おれはお前の事を何も知らないし…」


おれは本当にこいつについて何も知らない。名前も、顔も。かろうじてわかっているのは、こいつは人を馬鹿にする事が大好きで、とんでもない酒豪という事だけ。鈴の音のような声、布で覆われた顔、ふわふわな若草色の髪の毛…目に見える物ならわかるのに、本当に知りたい物は何もわからない。


「…なあ、名前を教えてくれないか?呼びにくいんだ」
「駄目だよ夏目。わたしはこの名前だけは教えられないんだ」
「何故?友達なら、教えてくれたって…」
「友達にも色々あるんだよ、人の世界はわからないけどね。」


そう言われておれは口を紡ぐしかなかった。友達、それは曖昧でとても不安定な境界線。それを越えるだけで全てが変わってしまうから。おれの表情が翳ったのを察知したのか、妖はおれの頭をぽんぽんと叩いた。


「きっと夏目にもわかるさ、レイコもね、そうだったんだ」
「レイコさんも…?」
「うん、初めから全てを知ってる友達なんていないんだ。だからわたしは、これから知っていって欲しいんだよ」
「…そう、か」


そいつは酷く優しい声でそう言った。おれとこの妖は友達で、だけどそれはまだまだ浅い。これからもっと知っていけばいい、焦る事は無いんだ。


「ねえ夏目、わたしはね、菜の花が好きなんだ。春が好きなんだよ」


それはおれが初めてこいつから聞いた、こいつ自身の事だった。




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