おれが彼女を見つけたのは、3日程前だった。田沼に借りた辞書を返そうとして、それで出会った。窓際の席で、田沼と楽しそうに談笑する姿。おれは目を惹かれた。それは何も田沼と話していたからとかじゃなくて、彼女の右腕に、何かが力強く握ったような痕がついていたからだ。それが目についてからというもの、おれはこの3日間ずっと彼女を目で追っていた。名前も知らない彼女を。


「…ふう」
「どうした夏目、ため息など吐いて」
「いや、別に…」


そして4日目の放課後、おれはいつも通り先生と下校していた。3日もの間、学校で彼女を見ていたが(断じてストーカーではない)、妖の類いは見られずじまいだった。もしかしたらあの痕は、家庭的な何かでついたのかも知れない。おれの杞憂だったか。そう思うと自然とため息も出る。何も無いに越した事はないけど、それでもだ。


「…む、」
「どうした、先生?」
「下がれ夏目」
「え、」


近くの雑木林がざわついた途端、先生は目の色を変えた。それは明らかに警戒している様子で、おれは急いで下がった。その瞬間、雑木林から誰かが飛び出してきた。


「っ、は…はあ、はあ…」
「え、君は、」


それはおれがここ最近ずっと見ていた彼女で、半袖の制服から覗く腕や足はあちこち切傷だらけだった。そしてその彼女に続き、どす黒い、何か大きなもやのようなものも飛び出してくる。


「危ない!」
「えっ、…きゃ!?」


おれは咄嗟に彼女の手を引き、抱き寄せる。と同時に、先生が妖を追い払った。完全に遠くへと飛んでいった妖を見て、おれは彼女を抱き締めたまま腰を落とした。


「はあ…ありがとう、先生」
「あれしきの妖で腰を抜かすな、バカタレめ」
「…うるさい。ああ、えっと…大丈夫だったか?」
「あ、うん…猫が…」
「「あ…」」


少し震えていた彼女の手をもう一度掴み、立ち上がると、彼女はニャンコ先生をじっと見つめた。


「…喋ったね」
「ああ…うん、喋るんだ…」
「喋るぞ」
「先生は黙っていてくれないか」


彼女はおれと先生を見比べて、それから困ったように眉を寄せた。


「あのね、さっきの…」
「うん、…見えた、よ」
「…ほんと?」
「あ、ああ」
「っう、ふ…うう…」
「え、ちょっ…」


突然彼女は泣き出し、おれはどうしていいかわからずに狼狽えた。だって、なんでだ。…おれが見えるって知って、嬉しかった、とか?ならやっぱり彼女には妖が見えているんじゃないだろうか。それはつまり、おれと同じって事で。


「ごめ、ごめんね、泣いちゃって…」
「いや、いいんだ…その、もしかして、見えるのか…?」
「うん、見える、よ」
「その傷は…」
「…お化けが」
「……そうか」
「誰も信じてくれなくて、でも、君が、わたしを見つけてくれて」


先生がおれの肩に飛び乗り、妖力が感じられない、不味そうだと言った。おれはそんな先生の額を叩くと、彼女の頭を優しく撫でた。


「おれは夏目貴志」
「わた、わたしはみょうじ、なまえ」
「…みょうじ、その…これからは、何かあったらおれに言ってくれ」
「え…?」
「1人で溜め込んだって、いい事なんてないから」
「夏目、くん」


おれはそこで一息吸うと、みょうじの両肩を掴んだ。どうしよう、緊張する。そもそもこれでいいのかもわからない。けれど、言わなければきっと後悔するだろう。だから、


「友達に、なってくれないか」
「は、はい…!」


言い切ったおれに、みょうじは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに満面の笑顔になって頷いた。


「2人して何を赤くなっておるんだか」
「ニャンコ先生!!」


確かにみょうじの瞳に映っていたおれも、みょうじも真っ赤だったけど、おれたちは気付かないふりをしていたかったのだ。




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