ぽろんぽろん、わたしが人差し指で真っ白な鍵盤を押せば、それは綺麗な音を響かせた。基本的に楽器はなんだって弾けるけど、わたしはピアノが一番好き。なんでかはわからないけど、すごく好き。だからこうやってたまにピアノを弾いたりしている。
「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった」
小さい頃、一番始めに習った曲。この曲は今でも大好きで、ずっと弾いていたくなる。リズミカルで、それでいて奥深い。単調だけど、難しい。
「中々上手いな」
「…え、あ、真斗くん?」
「すまない、ピアノの音が聞こえたから、つい」
「ううん、いいよ」
わたしがただひたすらにピアノを弾いていると、真斗くんが傍に来た。上手いって言われた事が嬉しくて、思わず笑顔になってしまう。真斗くんはそんなわたしを見て、顔を綻ばせた。そしてわたしの隣に立つと、一緒に弾いてもいいかと聞いてきた。わたしはもちろん、と頷くと、真斗くんの為に椅子を半分開ける。真斗くんは一瞬躊躇う素振りを見せたが、そこに腰掛けた。
「今の曲は?」
「ねこふんじゃった、…知らない?」
「ああ、すまない」
「ううん、じゃあ教えてあげましょう」
わたしがそう胸を張って言うと、真斗くんはありがとう、頼むと言ってくれた。それからわたしが弾いて教えると、元々ピアノが得意な真斗くんはすぐに覚えてしまって、今ではわたしより上手に弾けるようになった。
「すごいね、もう完璧だよ!」
「そうか?なまえのおかげだな、ありがとう」
「えへ、じゃあ一緒に弾いてみようよ!」
「ああ」
それからわたしと真斗くんは一緒に曲を弾き始めた。流れるような指使いで鍵盤を弾く真斗くんに見惚れてしまう。だけど今は集中、と切り替えわたしも鍵盤に指を滑らした。ねこふんじゃった、ねこふんじゃったとわたしは歌い、真斗くんは微笑む。弾き終えると、わたしたちは笑い合った。
「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった…その続きはないのか?」
「…覚えてないの」
「そうか、残念だな」
「でもね、替え歌なら知ってるよ!」
「ほう」
「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ねこふんずけたーらーなかみでたっ」
「…なんだその歌詞は」
わたしが歌うと真斗くんは苦笑した。それからその歌詞を歌ってくれた。
「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、」
「真斗くんは歌も上手だね」
「…そうだろうか」
「うんっ、ライバルとして、負けてられないなあって思うよ」
澄んでいて、真斗くんの気持ちが何より伝わってくる彼のその歌声は、わたしを魅了して離さない。それから真斗くんは自分でアレンジをしたねこふんじゃったを弾いてくれた。
「たまには、」
「?」
「たまにはこうやって、また2人でピアノを弾こう」
「…いいの?」
「ああ」
「うん、じゃあわたしそれまでにもっとピアノ上手に弾けるようにしとくね!」
「歌の練習も怠らないようにな」
そしてわたしたちは一緒に歌って、ピアノを弾いた。その時間は楽しくて嬉しくて、時間を忘れてわたしと真斗くんはピアノに向き合っていた。