君に捧げる金魚星 | ナノ



 ああ、眠いなぁ。そう一人ごちながら椅子の上で伸びをする。噛み殺し切れていない欠伸が唇の隙間から漏れていき、おまけに目尻から僅かに涙が零れていく。それを指先で拭ってから、引き出しの中からクリアファイルを取り出し、資料を抜き取る。そして、一つ溜め息。
 来月末に行われる文化祭に向けて生徒会も少しずつ慌ただしくなってきた。今日の放課後もそれについての話し合いをしなければいけない。資料をパラパラと捲りながら、ただただ気持ちは斜め下へと沈んでいく。文化祭事態は楽しみだし、クラス内でもすんなりと出し物が決まって今の所は順調に進んでいる。

(だけどなぁ……、)

 バタンと机の上に突っ伏すと、視界の端に資料に書かれている文字がぼんやりとぼやけて映る。瞼を閉じてそれをシャットアウト。生徒会ってこんなに忙しかったっけ? なんて、今更なことを考える。一年の時も生徒会には所属していたけど、今年は去年の比ではない。副会長は楽だからと、丸め込まれた数ヶ月前に戻りたい。
 もう、このまま寝てしまおうか。どうせ次の授業は自習だし、寝てしまった所で特に支障はない、はず。瞼を持ち上げる気力もなく、全てを放棄しようとした直後。私の頭にふとした違和感。どうにかこうにか重たい体と視線を持ち上げて、その違和感の正体を探すと……。

「……何だ、真琴か」
「あ、起こしちゃった?」

 どうやら真琴の手が私の頭を撫でていたらしい。ゆっくりと離れていくその手を目で追い掛ける。それよりも何で真琴がうちのクラスに? そう思って首を傾げれば、真琴が苦笑する。「借りてた辞書を返しに来たんだよ」お礼と共に手渡されたそれに、ああそうだっけかとぼんやりと頷く。それすら忘れてるなんて、私は本当に疲れてるのかな。

「薫、大丈夫?」

 そんな私の考えに目敏く気付いた真琴が腰を折って覗き込んでくる。そんな所ばかり察しが良いんだ、この幼馴染みは。全く、見付けて欲しくない所ばかり見付けてくるんだからと心の中で悪態を吐きながら、「別に眠かっただけだよ」そう言ってはぐらかす。しかしそうは言ってみたけれど、完全に私の気持ちを見透かしている真琴にはそれが通用しない。更に近付いた距離で、心配そうな双眼が真っ直ぐに私を見詰めてくる。

「本当に?」
「本当に」
「そう? でも少し顔色悪くない?」
「悪くない、いつも通りだよ」
「でも、最近生徒会忙しいんだろ?」
「それは、まぁ、うん……」
「薫は何でも頼まれたら断れない質だから、仕事背負い込み過ぎてたりしてるんじゃない? ほら、中学の時だって、」
「もう、しつこい! それに何時の話してるのよ!」

 私は人に心配されることがどうにも苦手だ。周りに気を遣われていると思うと、妙に後ろめたさや申し訳なさが込み上げしまう。特に真琴にはそんな気持ちを強く抱いてしまう。私の弱さも駄目な所も知っている彼には「大丈夫」なんて安っぽい言葉は、きっと更に不安を煽る種にしかならないんだろう。それでも私はやっぱり「大丈夫」と言ってしまう。素直になれない、可愛くない私の性格からは、そう言うのが精一杯だ。

「ほら、次の授業始まるから教室戻りなよ」
「うん……、薫本当に、」
「大、丈、夫!」

 立ち上がり、真琴の背を押す。クラスメートの「あの二人またやってるよ」と囃し立てるようなクスクス笑いも相まって、その足は自然と早くなる。遙といる時はそうでもないのに、何故だか真琴といる時だけは周りの視線が生暖かい。ムズムズと痒いような雰囲気を気にしないように、教室の入り口まで真琴を連れて行く。

「じゃあね」
「うん、またね」

 手は振りつつも、未だに腑に落ちない顔をする真琴。それでも歩き出した彼に、心配しなくていいからという意味を込めて手を振り返す。嫌だ嫌だと思ってても、やっぱり幼馴染みには甘くなってしまう。ハァ。盛大に溜め息を吐いてから、教室の中へと戻ろうと踵を返す。

「薫」
「ん? って帰ったんじゃないの?」

 もう一度教室の外へと顔だけを向ければ、自分のクラスに戻った筈の真琴が目の前に立っていた。他にも用事があったのだろうか? 目だけでどうしたのか問えば、にっこりと穏やかに微笑んだ真琴が、私の右手にソッと触れた。

「疲れた時には甘いものかなって。これ、薫好きでしょ?」

 手のひらに転がされたのは、ピンクのパッケージの飴玉だった。小学生の時にハマって、いつも常備していた苺味。飴から視線を外せば、それだけを押し付けて真琴は今度こそ教室に帰っていく。去り際にくしゃりと真琴に撫でられた前髪に視界を遮られてしまいはっきりとは見えなかったが、その表情は私を安心させてくれる優しいもので。

「……だから何時の話してるのよ」

 言わせて貰えなかった「ありがとう」の代わりに、そんな憎まれ口が零れ落ちた。


ひとつでもすべてでも
title by 休憩





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