君に捧げる金魚星 | ナノ



 −−大きくなったら私ね、ハルちゃんとマコちゃんと結婚したい!

 なんて、そんなことを夢見ていた幼少期。男の子と言えば、隣とお向かいに住んでいる幼馴染み達しか知らなかった私にとって至極当然のように芽生えたもの。普通に考えたら三人で結婚だなんて叶う筈もないことだけど、そんなことも知らない無知だった私は絶対に三人でなら幸せになれると信じていた。それ位私は二人のことを信頼しているし、二人の内どちらかを選べと言われたとしても迷いなくやっぱり二人を選ぶんだろう。

 なんて、それもまた今は昔の話である。

「おはよう、薫」
「……おはよ」

 玄関を一歩出れば、待ち受けていたのはいつもの光景。階段に腰を掛け、野良猫と戯れている幼馴染みの一人。細めた瞳が朝の光に反射して眩しいけれど、爽やかな風貌に妙にマッチしている。そんな所が憎たらしい。
 適当に挨拶を返してから、ひらひらと手を振る幼馴染みを一瞥する。もう一人の幼馴染みはまだ来ていないようだ。どうせまた朝から水風呂にでも浸かっているんだろう。そう見当を付けていると、私が隣に座るだろうと考えた彼は私の為のスペースを空けてくれた。ので、そこを通って学校へと続く道を歩き出す。

「……え、あれ、薫?」
「何?」
「いや、まだハルが」
「私、先行くから」
「え、ちょっと……!」

 無意識に寄っていく眉間の皺をそのままにして、ズンズンと階段を降りていくと背後から慌てた声が飛んで来る。仕方なく立ち止まって振り返ると、どうしたのかとどこか不安そうな瞳とかち合った。何でそんな顔するの、と言ってやりたい所だけど、殆ど無意識なんだろう。思ったことが意外と顔に出やすい彼は、鞄を引っ付かんで私を追い掛けて来る。

「今日日直なの?」
「違うよ」
「じゃあ、生徒会?」
「それも違う」
「だったら一緒に行けばいいだろう? ハルももう直ぐ来るだろうし」

 ね? と首を傾げて微笑まれてしまい、眉間の皺が増えていく。さり気なく一緒に行きたくないという意思を示しているのに、気付いていないフリをしているのか、本当に気付いていないのか。恐らく後者であるのは間違いないだろうけど。この幼馴染みは普段は気を遣い過ぎる程に遣うのに、こういう時に察しが悪い。
 高校生にもなって幼馴染みと一緒に行動するなんて恥ずかしいんだから。そう言うにも、目の前の幼馴染みの顔を見ると何も言葉が出なくなってしまう。これが女の子同士なら気にはならなかっただろうに、相手二人が男の子ならばそう感じてしまうのは仕方ない。それに加えて、近所のおばさん達の微笑ましそうな眼差しや、クラスの子達のからかうような言葉。両親に至っては三人セットは当たり前とでも言うように、ことあるごとに三家族でのイベントを提案したりする。それらが重なりに重なって若干の嫌気が差しているのに、他二人は全く気にならないのかすっかり受け入れてしまっている。それがまた憎たらしいのだ。

「……バカ真琴」
「え、何で!?」

 目を細めて睨み上げ、吐くように言い捨てる。心底訳が分からないという表情を浮かべた真琴を見上げながら首を振る。距離を置こうとしても結局これだ。殆ど諦めに似た心地で、吐くにも吐けない溜め息を飲み込んでいると、真琴の背後からこちらへ近付いて来る人物が視界に入り込んできた。

「遅いよ、遙」
「え? あ、ハル、おはよう」

 マイペースに歩いて来る遙の髪が微かに湿っていることに気付き、やっぱりかと呆れた視線を送る。部活が始まったら好きなだけ水と戯れることが出来るのに、それだけでは彼を満足させるのは難しいらしい。幼い頃から知っている事実ではあるけれど、実感する度に驚きと呆れと歓心が入り混ざる。

「また朝から入ってたんだ? ちゃんと髪乾かしてからおいでよ」

 同じことを思っていたのか、真琴が苦笑する。そんな真琴に「放っておけば乾く」とあっさり言い切ると、遙の視線が私へと注がれる。感情の見えない、否、何も考えてはいないだろうその瞳に晒されて、思わずムッと顔を顰めてしまう。「何?」強い眼力に負けないようにそう問えば、暫くの間の後にぽつりと遙が呟いた。

「寝癖、ついてるぞ」
「……え、嘘!」

 ちょいちょいと、遙が自分の襟足の辺りを指差す。両手で髪を梳くように引っ張るが、確認のしようがない。しかし遙にそう言われてしまうと、本当に寝癖がついている気がしてしまう。今の今まで寝癖をつけたまま真琴と会話をしていたのかと思うと、じんわりと恥ずかしさが込み上げて来る。もう、ヤダ。ちゃんとブローしたつもりなのに……! 急いで鞄を漁るが、肝心な鏡の入ったポーチが見つからない。

「ハル、寝癖なんて……」
「もう、バカ真琴! 気付いてたなら教えてよ!」
「ええ! 俺? って、だから寝癖なんて、」
「冗談だ。寝癖なんてついてない」

 鞄の中を探る手を止めて顔を上げると、その瞬間にコツンと遙に額を小突かれた。「もう俺の話も聞いてよ!」と真琴の訴えが響く中、え? と眉を顰めて聞き返せば、遙は私を見てフッと鼻で笑った。どうやら私はからかわれたらしい。

「何で薫は朝からそんなに不機嫌なんだ」
「……誰の所為よ、誰の!」

 だから幼馴染みと一緒に行動するのは嫌なんだ。ふんっと鼻を鳴らしながら、真琴と遙を置いて歩き出す。背中に感じる二人分の視線を感じながら、心の中でもう一度呟く。これだから嫌なんだ、この二人は。

曖昧にわたしを浸食
title by 休憩





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