「そっか。またバスケ始めたんだね」

 私の言葉に黒子くんはゆっくりと頷いた。
 見慣れない制服に身を包んだ、久しぶりの再会を果たした彼の姿はまるで別人のようだった。それは黒子くんにとっても同じようで「みょうじさんの学校はセーラー服なんですね」と、ベージュのカーディガンに包まれた紺色に目を留めながら首を傾げた。
 中学の頃とは色も形も全く異なった格好に違和感があるらしい。ただの制服なのに、不思議なものだ。

 学校からの帰り道に彼と遭遇出来たことは、本当に奇跡に近いのではないかと思った。
 鞄を取り落としそうになった私とは正反対に、驚くこともなく冷静に「お久しぶりです」と軽く頭を下げた彼に拍子抜けしたけれど。もう少し、嘘でも良いから感動を表に出してくれたっていいのになんて。でも、途中まで一緒に帰ろうと誘ってくれたことは素直に嬉しかった。
 中学のあの頃に、戻れたような気がしたから。

 しかし、そう喜んだのも一瞬で。黒子くんの口から出て来る単語は、私の知らないものばかりで。
 ああ、やっぱり戻れる訳ないのかって。重たい岩がのしかかってくるような、そんな息苦しさを感じた。
 スイッチが入ると怖いけど、とても頼れる部長がいる。駄洒落好きな鷲の目を持つ司令塔に、一つ上ながらチームを引っ張ってくれるカントク。黒子くんから語られる高校生活は、全てがバスケ部中心となっていた。
 そして、極めつけが彼の新しい光。二人は口を開けばいつも言い争いをしてしまうらしい。それでも、大切な相棒なんだと言い切った黒子くんに、私は只「そっか」と素っ気ない相槌を打つことしか出来なかった。

「みょうじさんは部活は…?」
「私は、今は帰宅部かな」

 ヘラリと笑う私に、黒子くんも「そうですか」と何の感情も見えない返事をした。沈黙の立ち込めた二人だけの空気の中を、ぶぅんと羽虫が横切った。

「バスケ部のマネージャーは、もうしないんですか?」

 街灯に照らされた黒子くんの表情が、私の瞳にはセピア色に写し出された。こうやって二人でよく一緒に帰ったなと、過去を呼び起こす。途中まで帰り道が一緒だった私達を、さつきが羨ましがっていたのも覚えている。
 あの頃は楽しかった。なんて言うつもりは毛頭ないけれど。少し伸びた髪の毛や身長、それから黒子くんの瞳の奥に垣間見えるあの頃とは明らかに違う光に、中学時代の彼の面影を探そうとしていた自分が馬鹿らしくなってきた。

「やらないよ。バスケはもう、いいんだ」
「そう、ですか」

 元々、うちのバスケ部は有名だしとミーハー心に始めたマネージャーだったから特に未練はない。だけど、休みなどほぼ皆無で、意外にも力仕事をさせられて辟易していた割に三年間休むこと無く続けられたのは隣にいる黒子くんが理由だとはまさか自分も思ってはいなかった。
 二人での帰り道が当たり前にあると信じて疑わなかった。それを当然として受け入れていた私は、黒子くんが居なくなって初めて自分の気持ちに気付いたのだ。
 隣を見ても黒子くんは居なかった。さり気なく車道側を歩いてくれた彼は、私のゆっくりな歩幅に合わせてくれた彼は、練習が長引いた時はわざわざ遠回りして家まで送ってくれた彼は、思い出の中の彼なんだ。もう、探し出すことなんて出来ないんだ。
 見付けることなんて簡単だと思ってた。知らない間に黒子くんが居て、それに驚いて、また二人で一緒に帰ることが出来るって思っていた。バスケ部にも戻って来てくれるって信じていた。
 結局黒子くんはバスケ部には戻って来なかったけれど。でも、今となってはそれはそれで仕方ないと思えるし。何よりも、もう一度黒子くんがバスケを始めたと言う事実があるのだから、それだけでもう充分じゃないか。

「それじゃあ、僕はこっちなので」
「うん」
「気を付けて帰って下さいね」
「ありがとう」

 あの頃と同じように、別れ道で向かいあって挨拶を交わす。私が歩き出すまでは黒子くんも動かない。それを知ってるから、このままずっと別れを惜しんでいようかなと悪戯心が疼く。そんな無駄なことをしたとて、最後には二人別々の道を歩くのに。

「じゃあね」
「はい、また」

 私が踵を返すと、背後で黒子くんが動き出す気配を感じた。数歩歩みを進めてから、ゆっくりと振り返る。

「黒子くん!」

 また、って言ってくれたけど。何となく再び会うことは無いような気がしてしまい、思わず大声で呼び止めてしまった。

「みょうじさん?」
「バスケ、頑張ってね!」

 もう私は、黒子くんがバスケをする姿を見ることは無いのだろうけど。彼と二人でこの道を歩くことは無いのだろうけど。
 でも、それでも、充分だと思えた。

「はい、頑張ります」

 優しい微笑みで手を振ってくれる。二度と戻れはしないあの頃の、もう一度見たいと願い続けた彼のままだったような気がして、どうしようもなく泣きたくなった。


そっち側から手を振って、
それで充分




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