「眠れない」たった一言、素早く打ち込んで送信ボタンを押す。画面を確認することもなく適当に携帯を放り投げて、重たい身体をベッドに沈めた。
 瞼を閉じても眠気は訪れない。その代わりと言ってはなんだけど、頭の中をぐるぐると途方も無い想いが巡り出す。
 すれば、静かに部屋の窓が開く音がした。メールを送ってまだ数分と経っていないと言うのにだ。「物騒だな、鍵位閉めとけよ」カーテンが引かれ、部屋に入って来るその人物の声に思わず苦笑い。

「鍵開けてなきゃ、あんたはどうやって入ってくるのよ」
「え、普通に玄関から入って来るけど?」

 「他の男ならいざ知らず、俺だし?」そう言って口角を吊り上げ、さも当然と言った風に彼、家がお隣さんの腐れ縁、高尾和成が笑った。そりゃ、幼なじみだし、私の両親からの信頼もそれなりにあるけど……。こんな真夜中に堂々と玄関から入ってこられても困る。やっぱり窓の鍵を開けといて正解だったと思い直した。

「で、どした? 眠れないとか珍しいじゃん、何時でも何処でもお休み三秒のお前が」

 若干失礼なその言葉にムッとして布団を頭から被った。全く、人の気も知らないで。私がどんな気持ちでメールを送ったと思っているのか。いつもと変わらない飄々とした和成の姿が少し憎らしかった。

「……何か、いろいろ考えてたら目が冴えちゃって」

 いろいろとは、本当にいろいろだ。学校のこととか部活のこととかバイトのこととか。和成のこととか。別に大したことない小さな小さなものだった。でも、その小さなものでも積み重なれば、グラグラと傾いてしまうから。何故だかそれが、酷く怖いことのように思えた。
 布団は被ったままで、チラリと半分だけ顔を覗かせる。ベッドの傍で佇む和成は何か考えているのか、黙ったままだった。
 やっぱり、こんなしょうもないことで呼び出したりしたから呆れたのかもしれない。和成なら笑い飛ばしてくれるんじゃないか。そう期待して、安心したくて、そんな考えは我が儘だったのかもと後悔の念に押し潰されそうになった時。

ギシリ、ベッドの軋む音がした。

「……え、ちょっと、何……!」
「もうちょい詰めて」
「いやいやいや、待ってよ。何でベッドに入ってくるわけ!?」
「馬鹿、声でけーよ」

 布団を捲り、私の隣に滑り込む和成に唖然。「おばさん達起きるからシーな」そう言って、人差し指を唇に持って行く。そうだ、お母さん達にこの状況を見られたらいくら幼なじみでもこれはヤバい。慌てて口を噤めば、和成は満足げに頷いた。

「昔、よく一緒に寝てただろ?」
「そうだけど……」
「大丈夫。お前が寝るまでの間だけだから」

 昔と今は違うから、多少なりとも考えてくれたらいいのに。それでも、和成の笑顔にまぁいっかと思う私も大概だ。心の隅で嬉しいなんて思ってるんだから。

「幼稚園の頃とかさ、いつも二人で一つの布団で寝てたよな」
「うん、覚えてる。一人用の布団だから二人とも体はみ出して」
「そうそう。だからこうして体寄せ合ってさ」

 思い出し笑いを漏らしながら、お互いの距離を詰める。向かい合い、おでこを突き合わせるその姿は何年も前の私達と何一つ変わっていないように思えた。

「俺が寝れない時は、お前が手を繋いでくれたよな」
「……そうだっけ?」
「何惚けてんだよ」
「いや、だって……」

 正に、純真無垢な子供だからできる芸当ではなかろうか。しかし幼い頃とは言え、自分の行動を思い出して恥ずかしくなってしまった。そのことをはっきりと覚えている和成にも。
 和成は寝付きの悪い子で、幼稚園の先生や和成のお母さんは和成を寝かせるのによく手こずっていたらしい。だけど、私と一緒にいる時はそれが嘘のようにコテンと夢の世界に落ちてしまうから、お昼寝する際は私と和成は自然と隣同士にさせられていたとか。
 セピアに染まった思い出が、色付いたように鮮やかに蘇った。何だか眩しさに目が眩む。まるで、あの頃に戻ったように鮮明だ。

 でも、あの頃と違うものもあって。

「ほら、目瞑ってろって」

 最初は小指から。ソッと触れて、当たり前のように絡め取られてしまう。私の五本の指を全て掬い上げ、そこに触れる和成の指も手もあの頃とは違う、大きくて逞しい男の子なのだと言うこと。

「寝るまで離さないでよ」
「分かってる」

 昔との違いに戸惑いもあるけど、ホッと安心する暖かさのお陰か穏やかに訪れる眠気。でも、私が寝てしまったらこの手は離れてしまうから、目一杯の力で握ってみる。少し、狡い気もしたけど。
 そんな私の気持ちに気付いたのか、応えるように力を込めて握り返してくれる。微かに、手の甲に和成の爪が食い込んだ気がした。痛いけど、ちゃんと傍に居てくれているんだと体で感じられるそれは酷く幸せで。

「お休み、和成」
「ん、お休み」

 いい夢が見られそう。根拠もないけどそう思った。


やさしい爪痕




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