天井をぼんやりと見つめる。深夜も2時を過ぎたところだというのに、一向に訪れない眠りに困り果てていた。ぱっちりと開いた目はすっかり暗がりに慣れてしまい、天井の木目すら数えられる程だ。
 そうなっている原因は何となく分かっている。直ぐ隣に感じられる気配。少しでも体を動かせば触れられる温もり。そして、耳を澄まさなくても聞こえてくる穏やかで規則的な寝息。チラリ、と視線だけを隣に移すと、私の視界に入ってきたのは遙の綺麗な寝顔だった。
 遙と恋人になって初めてのお泊まり。幼馴染として小さい頃はお互いの家に泊まったりなんてしたけれど、それも小学生までの話。久しぶりの遙の部屋は昔と全く変わっていなくてどこか安心するけれど、二人で一つの布団に入っているというこの状況に意識せずにはいられない。
 くるりと寝返りを打ち、遙と向かい合う。眠気が訪れるまでこうやって遙を観察していようかな、なんてこっそりと考えながら両腕に頭を乗せる。
 伏せられた睫毛は女の子が羨むくらいに長い。日がな一日プールで泳いでその髪は傷んでいる筈なのに、チラチラとカーテンから漏れる月明かりに照らされた黒髪はキラキラと輝いている。スッと通った鼻筋も、薄い唇も、全てが綺麗だと、お世辞抜きにそう思う。
 触れたいな。一瞬チラついた欲。遙の腕の中で眠りたい。グツグツと沸き立つように出てくるそれらに、手を伸ばしかけた自分がいて慌てて思い留まる。そんなことして起こしちゃったら可哀想でしょ? 私の中の良心がそう問い掛ける。
 うん、それもそうだよね。明日も部活はあるし、今日も散々泳いだんだから疲れているに決まってる。小さく小さく息を吐いて、瞼を閉じる。遙。声に出さずに、心の中で何度も何度も繰り返す。例え返事をしてくれなくても。おまじないのように何度でも。呼び慣れたその名前は舌に馴染み、それだけで心地良かった。

「……どうした?」

 遙。もう一度そう呼び掛けた時だった。掠れた声が優しく私の鼓膜を揺すぶった。ゆっくりゆっくりと、広がっていく視界の中でキラリと反射したのは、まるで水中の中にいるような穏やかな色合いを含ませた遙の瞳だった。

「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、別に。……眠れないのか?」
「……うん」

 まさか本当に起きるとは思わなくて驚く私を余所に、遙はくしゃりと自分の前髪をかきあげる。その仕草も、眠たげに瞬かれる瞳も、いつもよりも幾分緩やかで寝起きだということを顕著に表している。申し訳なさが込み上げて首を窄めると、遙の溜め息が私の額を撫で上げた。

「ほら、」
「……え?」
「もっと、こっち来い。そのままじゃベッドから落ちる」

 こちらに向けて伸ばされた腕。そして、もう片方の手でポンと布団を叩く。月明かりがその手に一筋の線を引く。まるで遙に触れたいと思っていたことを見透かされたようで、胸が一気に熱くなる。
 おずおずと遙の傍に身を寄せる。と、ぐいと腕を引かれ、遙の腕の中に収まった。

「ぶふっ!」
「……変な声を出すな」

 遙の胸に鼻を打ち付け、目を白黒させる。いきなりのことに思わず変な声が漏れてしまい恥ずかしい。鼻を撫でながらチラと上を見上げると、呆れているのか目尻の上がった遙の視線と絡み合う。
 何だか、これはこれで逆に眠れそうにないなぁ。照れ臭くなって、誤魔化すように鼻先をグリグリと押し付ける。おい、と窘めるように紡がれた声が私の耳を擽る。そして、さらりと私の背中に手が回る。

「ほら、寝るぞ」
「うん」

 促されるままに頷き、更に強く引き寄せられる。息がし易いように体勢を変えると、ピタリと遙の胸に寄せられた私の耳には彼の鼓動がよく聞こえた。少しだけ早く波打つそれに頬が緩むのが分かった。私と同じ、鼓動の早さ。

「……なんか、狡いなぁ」
「ん? 何?」
「ううん、何でもない」

 私の視界を僅かに遮っていたサイドの髪を避けると、今にも瞼が落ちそうな遙の表情がよく見えた。あどけない、無防備な顔。普段では見られない景色がそこにあって。
 もう、寝るのが勿体無いなぁ。ゆるゆると細められる遙の瞳に自分を閉じ込めながら、そう思った。

ゆるむ瞳のうつくしさに、
もう夜通しきみを知りたい




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