「だからいいって言ったのに……」

 ガタンガタンと、揺れる電車の中。隣にいる人物へと視線をやりながら無意識にそう呟いた。

 久しぶりに二人だけで出掛けようか、と私を誘い出したのは真琴だった。それは多分、彼なりの気遣いだったんだろう。
 水泳部を設立して数ヶ月。プールの整備も終わり、部員も規定数集まって、飽きることなく泳ぐことが出来る季節が遣って来た。
 渚や真琴に水泳部に入らないかと誘われはしたけれど、私は結局そうすることはなくて。時々、差し入れを持って練習に顔を出す程度だった。それでも、皆がまたこうして好きなことを思う存分出来ることに嬉しさを感じていた。

 真琴に関しては、水泳部の部長にまでなって。二年生が真琴と遙しかいないから仕方ないことだけど(真琴か遙で言えば、適役は言うまでもなく真琴だ)、彼の奮闘振りには感心さえしてしまう程だった。
 安い予算と部費でどう遣り繰りしていくか、顧問のあまちゃんと額を突き合わせて相談していたり。練習メニューを考え、ああでもないこうでもないと頭を悩ませたり。自由奔放な部員に振り回されながらも、周りに目を配ったり。部活以外でもマイペースすぎる遙の面倒をそれはそれは母親の如く見ていたりで、本当に心休まる暇なんて無いんじゃないかと思ってしまう。
 それに加えて、部活が忙しくてなかなか相手してあげられない幼なじみへのご機嫌取りなんて。そんなこと別にいいのに、もう、と自然と溜め息が零れてしまう。そんな私の心情にまるで気付いていない真琴は隣で穏やかな寝息を立てていて、呑気な様子に憎らしく感じてしまい、真琴の頬をやんわりと摘んでやった。

「……ん、」

 一瞬眉を顰めた真琴が小さく唸り声を上げた。起こしちゃったかもと、慌てて手を離す。が、真琴が起きる気配は一向にない。ホッと、息を吐いて正面を向いた。

 その時だった。

 肩に重みを感じ、目を瞬かせる。そして、フワフワとした擽ったい感触が首筋を走る。
 もしかして、とぎこちなくゆっくりと首を動かすと、目の前に飛び込んで来たのは色素の抜けて明るくなった真琴の髪で。ああ、真琴が私の肩を枕にしているんだと気付いた瞬間、更に肩の重みが増した気がした。

「……もう、」

 今日で何度目かの溜め息を零して、辺りに人がいないかぐるりと見渡す。幸い、私達のいる車両には他に乗客はいない。それでも恥ずかしいと思う気持ちは隠せなくて、熱くなった顔をパタパタと片手で扇いだ。

 本当の所、こうして真琴と一緒に出掛けられたことは凄くすごく嬉しかった。
 私が水族館に行きたいと言ったのは、確か中学を卒業して直ぐの頃だった。その時は「そうだね、いつか行こうね」なんて、曖昧な口約束を交わすだけで、実際は叶うことはないだろうと思っていた。
 出掛ける機会が無かった訳ではない。それでも、そうしなかったのは私達には遙がいたからで。部活を辞めて、更には水泳部の無い岩鳶高校に入っても尚、水を求めるその姿を放っておける訳もなくて。水族館なんかに行ったら、大きな水槽を目の前に遙が暴走することも目に見えていたので余計だ。
 もうすっかり忘れているだろうと半ば諦めていただけに、真琴が出掛けようと言ってくれたこと、またその場所に水族館を選んでくれたことに、どうしたって顔の筋肉は緩んでしまう。
 無意識に緩んだ頬を押さえていると、真琴が抱え込んでいるお土産屋の袋から顔を出すシャチのぬいぐるみと目が合った。真っ黒な瞳がまるで微笑んでいるようで、それが何だか真琴の笑顔と似ているようで照れくさくなって目を逸らす。と、真正面の窓に映る私と真琴の姿に更に照れくさい気持ちは増していく。
 端から見れば恋人同士のような距離感なのに、それを当然のように受け止めてしまうのも幼なじみ故。きっと、真琴の隣が遙でも渚でも彼はその二人の肩を借りて寝るんだろうし、私もその二人には肩を貸すだろう。
 だけど、こんな風に肩を貸して、ドキドキしたり照れ臭くなったり、周りを気にしたりなんて。こうさせるのは、きっと、ううん、絶対に真琴だけ。そう、真琴だけなんだ。

「……ん、なまえ?」

 もぞもぞと肩口で動く気配がして、掠れた声が耳元で響いた。それすらも私にとっては胸をざわつかせる材料だけど。擽ぐったいなぁ、と頭を真琴のいる反対側へと傾けて気を紛らわせる。

「……今、何処?」
「まだ大丈夫だよ。もう少し寝てたら?」
「……んー、でも、」
「いいから寝てなって」

 ゴツン、と。今度は真琴の方へ頭を傾けると「痛いよ…」と未だに眠たげなぼんやりとした声のまま呟いた。真琴の頭に寄りかかったことにより、鼻先を擽る柔らかな香りが直に感じられる。この香りが、私は大好きだ。

「……ねぇ、なまえ」
「もう、寝てなってば」
「うん、でもこれだけ……」

 −−また二人で、出掛けようね。

 そう言って、真琴は再び穏やかな寝息を立て始めた。ガタンと、大きく揺れた車内に合わせて、私の手と真琴の手が触れ合った。重なった二人の小指。向かいの窓にはやはり恋人同士のように映る私達の姿。

「次は、真琴の行きたい所に連れて行ってよね」

 そして次は、私が真琴の肩を枕にして寝てやるんだ。そう決めて、ふわふわと香る真琴の髪に顔を埋めた。
 チラリと窓へと視線を移す。真琴以上に穏やかな表情を浮かべた私と目が合って、やっぱりどうしたって照れ臭くなってしまうのはどうしようもないことなんだろう。

ノンストップ・デイドリーム




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