今日の夕御飯は私の大好きな肉じゃがだった。おかげで少し食べ過ぎた気がするなぁと、苦しくなったお腹をさする。自分の部屋に戻り、ひとまずベッドに腰を掛ける。このまま寝転がってしまいたいけれど、食べた後に寝るのはちょっとあれだ。思い直してベッドの上に転がされているスマホに手を伸ばそうとした所で玄関の方から誰かの話し声が聞こえてきた。微かに私の耳に届いた母の笑い声に、お隣のおばさんでも来たのかなと判断してスマホを拾い上げる。スマホをタップすると最初に目に飛び込んで来るのは、どこを見ているのか何を思っているのか分からない、キャラクターにはあるまじき空虚な瞳。それを見つめながら思うのは、私のスマホの壁紙をそのキャラクターに染めてしまった幼馴染のこと。そう言えば、今日は学校でも珍しく顔を合わせなかったなぁ。

「なまえちゃん、聞いてよー!」

 と、思った矢先にこれだ。どうやら母の話相手になっていたのはこいつらしい。ノックすら無く、唐突に開けられたドアに溜め息が零れ落ちそうになるけれど、それすらさせてはもらえなかった。頬を膨らませて何故かご機嫌斜めな幼馴染、葉月渚が勢い良く飛び付いて来たのだ。
 突然のことに対処し切れず、彼のボディーブローを諸に受けた私の体は耐えきれずに後ろに傾く。幸いにもその先はフカフカの布団の上だったので、背中を打ち付けても痛くは無い。けれども、だ。まるで押し倒されたように見えてしまうこの状況で一体どう対処しろと言うのか。

「渚、重いからどいてよ……」
「もう、お姉ちゃん達酷いんだよ! 僕の水着をまた勝手に女物にすり替えて、僕部活ですっごく恥ずかしい思いしたんだよ!」

 私の話なんて更々聞いていない。まあ、それはいつものことなので慣れっこだ。ついでに言えば、渚がお姉ちゃん達にからかわれることもいつものことだけど。普段は周りを振り回してばかりの渚もお姉ちゃん達には逆らえない。眉を寄せて膨れっ面の顔をしたままの渚に「大変だったね」と一つ労いの言葉を送ってやれば、満足したらしく私の上から漸く退いてくれた。

「それで、部活はどうしてたの?」
「ハルちゃんが予備の水着を貸してくれたから大丈夫だったよ」
「そっか、良かったね」

 ベッドの上から起き上がる私とは真逆に、渚はごろんと寝転がる。幼馴染と言っても仮にも女の子のベッドなのに、我が物顔で寛ぐ姿はどうかと思う。何時だったか渚からプレゼントされたペンギンのぬいぐるみをぎゅうぎゅうと抱き締めながら渚を見つめていると、シーツに埋めていた顔を僅かに上げて見つめ返される。

「僕ね、またタイム伸びたんだよ」
「そうなんだ? おめでとう」
「えー、それだけ? もっと誉めてよ」
「やだ。だって渚、調子に乗るもん」
「分かってないなぁ。僕は誉められて伸びるタイプなんだよ? なまえちゃんの一言で明日は更にタイムが伸びるかもしれないのになぁ」
「はいはい。渚くんは凄いね、頑張ったね」
「もう、全然心込めてないでしょ」

 なまえちゃん冷たいよ、なんて言いながら渚が目元をゴシゴシと擦る。そして次には大きな欠伸を一つ。ゆっくりゆっくりと瞬きを繰り返す様子に、今日も散々泳いできたのであろう姿を想像する。色素の抜けた明るい髪を撫でると、ふふふ、と渚は小さな笑い声を漏らした。

「眠いなら家帰ったら?」
「……またそうやってつれないことを言う」
「そうじゃないよ。疲れてるんだから無理しないでって言ってるの」

 別にそうする必要なんて無い筈なのに、渚は殆ど毎日のように部活が終わった後に私の部屋を訪れる。高校に入ってから二人でいる時間は目に見えて減ってしまったから、こうしてわざわざ会いに来てくれることは嬉しいけど。ただこうして私と会話をする位なら、自分の家でゆっくり体を休めた方が渚の為にもなるのにと思ってしまう。

「確かにそっちの方がいいんだろうけどさ、」
「うん」
「それだとなんか、物足りないって言うか、モヤモヤするって言うか、ぐっすり眠れないんだよね」

 私の腕からぬいぐるみを奪い取って、それに顔を埋めながら渚はたどたどしく口を開く。もう限界まで来ているのか、瞼は落ちかけている。

「朝起きて、学校行って、勉強して、部活して。で、その後になまえちゃんと今日あった出来事をお話するの。これしないと一日が終わった気がしなくて」

 これが僕のルーチンワークなの、と渚は欠伸混じりに言い切った。そしてもぞもぞと私の傍へと体を寄せて、ペンギン越しにトロンとした瞳で見つめられる。

「ね、だからなまえちゃんも何か話してよ。僕、なまえちゃんのことなら何でも知りたいよ」

 僅かに掠れた声に、私は仕方ないなぁと苦笑いで応える。ベッドの隅に追いやられていたタオルケットを引っ張って渚の体に掛けながら、今日あった出来事をつらつらと思い浮かべる。そうしていると不思議と誘われるように欠伸が一つ。ああ、どうやら私も渚と一緒らしい。

「ねぇ、渚。今日ね−−」

 渚の隣に転がって、そっと瞼を閉じる。楽しかったことも、ちょっと嫌だったことも、ふわふわな綿飴のように浮かんでは消えていく。そして、すぐ傍にある温もりに自然と口元は緩む。今の私達は多分、きっと、同じ顔をしていることだろう。

ただいま双子星




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