スルリと私の頬を撫でる大きな手にはいつまで経っても慣れないまま。ドキドキと早鐘のように高鳴る鼓動は、きっと私の目の前の彼には聞こえているんだろう。ゆっくりと近付いてくる影に、今度は心臓が止まってしまいそうな感覚を覚えてしまう。耐えきれずにぎゅうっと目を閉じてしまえば、その瞬間に私の唇を彼の吐息がからかい混じりに撫でていく。「……変な顔」その言葉と共に落とされた唇。可愛らしいリップノイズは私を狼狽えさせようとわざとやっているんだから、蛍は本当に意地悪だ。

「ねぇ、蛍。キスする度に変な顔って言うの止めてよね」
「仕方ないでしょ。だって本当に変な顔なんだから」

 あと、ついでに言うとその顔も変だよ、と膨らませた私の頬を突く。ぷすっと私の唇から漏れた空気の音があまりに間抜けに聞こえたのか、蛍は口元を隠して笑っている。その姿に私は眉を寄せて反発してみせるけれど、効果があるはずもない。私、結構真剣に話してるんだけどな。
 蛍はいつもそうだ。キスをする時は目を閉じた私を「変な顔」呼ばわり。抱き締めてくれた時だって「ちょっと太ったでしょ」なんて、余計な一言を投げてくるんだから。蛍の捻くれた性格は出会った当初から分かっていたことだけど、好きな人にそんなこと言われたらやっぱり落ち込むわけであって……。

「何? なまえは僕に優しい言葉をかけて欲しいの?」
「あ、う、うん? でも、蛍が優しいっていうのもなんか……」

 ちょっと気持ち悪いよね、と言いかけて口を噤む。そろりと隣を伺うと、お前がそんなに言うなら言ってやらなくもないけどとふんぞり返っていた蛍の視線が鋭くなる。そして、私が言わんとすることを察した彼はふんと鼻を鳴らすと、ぐわしと私の両頬を鷲掴んで悪い顔を浮かべた。仮にも彼女にこの所業はないだろう。「なにふるの」タコのように唇を突き出したまま喋ると、蛍は悪い顔のままクツクツと喉を震わせて笑った。

「変な顔だって別にいいと思うけど。僕しか見る人いないんだし」
「……そーだけど、」
「それとも何? これから先、僕以外にも見せる予定なんてあると思ってるの?」
「え!」

 思わず数度瞬きを繰り返す。その間に、蛍の指が添えられている両頬がじわりじわりと熱くなるのを感じた。

「……何驚いてるのさ」
「だって、蛍が、今、」

 これから先、僕以外にも見せる予定なんてあると思ってるの? 蛍の言葉を頭の中で復唱して、更に熱は増していく。それはつまり、あれですか? 期待の眼差しを蛍に送る。そうすれば、大きな溜め息が私の頬をゆっくりと撫でていく。

「で? どうなの? これから先、その予定はあるわけ?」
「……ない、あるわけない! 私、蛍以外とはキスだってそれ以外だってしたくない!」

 勢い込んでそう言うと、蛍は一瞬だけうっと言葉を詰まらせた。「……よくそんなはっきり言えるね」言わせたのは蛍なのに、呆れたように零されたそれに納得がいかずムッと眉を顰める。だけどそんな余裕も直ぐに彼の手に寄って吹き飛ばされた。

「……だったら、まぁ、今のままでもいいよね」
「え、あ、だから、それとこれとは話は別で、」
「ほら、早く目瞑ってよ」

 スルスルと撫でられる頬に言葉が出てこなくなる。見上げた先にあるのは普通なら彼女に向けるべきではない嫌な顔。悪戯に細められた瞳と、私の頬を包む手が案外優しくて、そのギャップに心臓が悲鳴を上げている。ぐんぐんと近付いてくるこの距離に逃げるように目を閉じれば、ああ、結局最後は蛍の思う通り。

「……やっぱり、変な顔」

 瞼の裏にある蛍の顔は、きっと満足気に微笑んでいるんだろう。


野花の棘は柔らかい




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