私達幼馴染を見て周りはよくこう言った。本当に仲良しだよね、とか。男女の幼馴染って仲が良いのは小学生までで、中学に入ったら疎遠になったりするんだと思ってた、とか。幼馴染の中で唯一の女子である私を見つめ、不思議そうに、でも微笑ましそうに周りは言うのである。つまり私達三人は幾多の男女の幼馴染の中でも、稀な枠組みに入るらしい。
 本当にそうなんだろうか? 高校の友達や、近所のおばさん達に言われた言葉を何度か繰り返しては頭を捻る。確かに思春期に男の子と女の子が仲が良いのは恋愛絡みに思えるけれど。生憎私達には全くと言ってそういうものはない。そうでなければ、女である私の前で堂々と服を脱いで水着姿になる訳もないよ、と考えながら鍛え抜かれたその体をぼんやりと眺めていた、だけだったのに。

「……うひゃ!」
「あ、こら、はる止めろって」

 どうやらジロジロと見つめ過ぎていたらしく、プールの水から顔を半分だけだした遙が私に向かって水鉄砲を発射させた。前髪から滴り落ちてくるそれが、結構な量であることを物語っている。

「もう、何するの」
「お前が変な目で見てくるから」
「変な目って、別にちょっと見てただけじゃん」
「あー、もう、喧嘩するなって……うわ!」
「わ、真琴ごめん!」

 スタート台に腰を掛け、片足をうんと伸ばして遙に水を掛けようと試みる。けれど、なかなか上手く水を蹴ることが出来ず、的外れな場所にと言うか、真琴のいる場所に水飛沫が飛んで行ってしまった。だから止めろって言うのに、と真琴が呆れて溜め息を吐く様を見て、遙と二人で顔を見合わせ肩を竦める。真琴が私と遙のくだらない争いに巻き込まれるのはいつものことである。

「なまえ、プールに落ちるなよ」
「分かってるー」

 靴も靴下も脱ぎ捨てた足を投げ出してブラブラさせていれば、真琴が私の頭にタオルを被せながら注意をする。真琴は隣のスタート台に私と同じ様に腰を掛け、ふわふわと水の中で浮いている遙へと視線を向ける。「はる、少し休んだら?」「今休んでる」頑なに水の中から出ようとしない姿に、私は小さく笑った。

 いつもと変わらない日常の風景。それは途切れることなく続いていく。水風呂じゃ飽きたらず休みの日に学校のプールで泳ぐ遙に、それに付き合う真琴と、真琴に誘われた私と。約束をしていた訳でもなく、こうして自然と三人で集まっている。今こうして水の中を漂っている遙のように、私達幼馴染はいつだって明確な目的なんてものは無くふわふわしている。
 だから周りから私達がどう見えているのかなんて、そんなこと頭の片隅にも無かった。朝起きて、ご飯を食べて、学校へ行って。そんな当たり前な私の日常に、二人の幼馴染がプラスされているだけのことなのに。
 きっと遙と真琴だけで居たなら、珍しいなんて枠組みに組み込まれることもないのだろう。男の子同士の幼馴染だったら、そりゃ一緒に居るよね、なんて言って流されるんだから。でもその場所に私がちょこんと足を踏み入れるだけで、端から見たら不思議な関係が築き上げられてしまう。何だかそれって、不公平だなぁ。

「……なまえ、どうした? 怖い顔して」
「ねぇ、真琴」
「ん?」
「私達って仲良し?」

 そう問い掛けると、真琴はきょとんと目を瞬かせた。そして、顎に手を当てて考え込み始める。悩むほどのことではないのに、真剣に考えてくれる真琴は本当に律儀で優しい。

「そう、なの、かな……?」

 そして出た答えが何とも曖昧な所も、真琴が真琴たり得る所以だとも思う。いつだったか怜くんが「真琴先輩はいつか刺されますよ」なんて言っていたけど、そうなる日も遠くないのではと心配になってくる。ああやって曖昧に言葉を濁して女の子達を惑わせるんだ。

「これだから真琴は……」
「え!? 俺、変なこと言った?」
「ねぇ、遙はー?」
「ちょっと、なまえ!」

 未だプカプカと水の中で浮き沈みを繰り返している遙を呼ぶ。チラリと私に視線を投げてから、小さな水飛沫を上げてこちらへと泳いでくる。その姿はいくら見飽きたと言っても、やっぱり綺麗だなって思ってしまう。

「何?」
「私達って仲良しだと思う?」
「別に普通だろ」

 真琴とは違い、きっぱりと言い切る所は遙らしい。何で急にそんなことを聞くんだと、眉を寄せた遙に「何となく聞いてみただけ」と返す。本当に、ただ何となく聞いてみたかっただけだから。
 だけど、その何となく聞いてみたかったことに、やっぱり私の求めていたものを返してくれるのも二人ならではだなと少し嬉しくなってしまった。
 きっとこういうことを仲良しだと形容するんだろう。でもそれは私達にとっては遙が言った通りに普通のことなんだ。真琴も曖昧ではあったけれど、多分遙と同じことを思っている。三人でいることが自分達の日常であると。
 遙も真琴も別にどちらかが男の子だからとか、女の子だからとか、そういうことはこれっぽっちも考えていない。小さい頃から何をするにも何処に行くにも三人だったから、それは最早癖みたいなもので。三人の内、誰か一人が欠けてしまったら物足りないし、痒い所に手が届かないような、そんなムズムズと歯がゆい気持ちにさせられてしまうだろう。

「そうだよね、普通だよね」

 いろいろ考えてみた所で、私達の答えというのは変わらないらしい。結局これなんだから、幾ら頭を悩ませても仕方ないんだ。不公平だと思っていた自分がちょっと恥ずかしい。空を仰いでクスクスと笑う私を、二人は不思議そうな表情で眺めていた。

「あ、見て見て、鰯雲!」
「鯖雲だろ」
「違います、鰯雲ですぅ」
「いいや、鯖雲だ」
「もう、どっちも同じ意味なんだから喧嘩するなよ。……でもそっか、鱗雲が見えるってことはもう秋なんだな」
「真琴だって鱗雲って言ってるじゃん!」
「えぇ、だって鱗雲の方が一般的だろ?」
「だから鯖だ」
「鯖は絶対無い! やっぱり鰯だって!」

 こんなくだらない争いをして、果たして仲が良いと言えるのかは分からないけれど。仲良しだと言われることに関しては嫌なことでは無く、むしろ嬉しいことだから素直に受け取っておくことにしよう。うようよと小さな白い塊が群を成して波のように流れるそれらが、まるで私達のように思えてしまい、三人揃って飽きることなく見上げていた。


まるで僕らの呼吸論




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