jojo | ナノ


▼ 呪わしい記念日

どうしよう。
今の私の頭の中はその一言だけで埋め尽くされている。
こんなに苦悩するのは人生で初めてかも知れない。
それほどまでに現状は穏やかではないのだ。

本日は2月14日、サン・バレンティーノだ。
恋人達が愛を確かめ合う日。
イタリアでは男性から女性の方へ贈り物をするのが主流だ。
そう、男性から女性へ。

ちらりと時計を見やる。
あと1時間もすれば、あの少年が来てしまう時間帯だ。
数ヶ月前からウチの店の常連客となった金髪の少年、ジョルノが。

来たら最後。
未だ止むことのない彼のプレゼント攻撃は遺憾無く発揮されてしまうだろう。
しかも「恋人達の記念日」である今日にプレゼントを渡されては、もはや知らないふりは出来なくなる。
そんな展開は御免こうむる。

私なんかを好いてくれているジョルノには悪いが、彼の愛はきっと私には重すぎるだろう。
だから私はこれからも知らないふりをしたい。

「…よし」

決断した。
今日はもう店を閉めよう。
幸い店内にお客さんは居ない。
今の内に閉めて、後日ジョルノに何か言われたら風邪を引いたとか言って誤魔化そう。

ドアプレートを持ち、カウンターを出た。
そしてドアの方へと一歩踏み出した。


――カラン


私が一歩踏み出すのと同時にドアが開き、入店を知らせるベルが小さく鳴った。
まるで時間が止まったような錯覚がした。
店に入ってきたのは、小さな花束を持ったジョルノだった。

「こんにちは」

「こ、こんにちは…」

咄嗟に後ろ手にドアプレートを隠す。
その状態のままカウンターへと戻り、何事もなかったかの様にプレートを仕舞った。
何でも無いように装ってはいるが内心冷や汗ダラダラだ。

「ナマエ」

「…なあに?」

「プレゼントです、受け取ってくれますか?」

そう言ってジョルノは手に持っていた花束を私に差し出した。
真っ赤なバラで彩られた小さな花束。
それが今の私には凶器のように思えた。

「ナマエ?」

「あ…ごめんなさい、少しボーっとしちゃったわ。 ありがとう、ジョルノ」

ジョルノに声を掛けられ我に返る。
そして何事もなかったかの様に花束を受け取った。
今日だけは普通の態度でいなければならない。
隙を見せてはいけない。

「さっそく花瓶に活けてくるわ。 あ、今日も紅茶で良いかしら?」

「ええ」

ジョルノがカウンター席に座る。
姿勢良く座るその姿はまるで絵画のようだといつも思う。
そんな彼がどうして自分なんかをとずっと考えているが、明確な答えは出るはずもなかった。

花瓶に花を活けてから、さっそく紅茶を準備する。
このまま私が知らないふりをしていれば乗り切れる。
たとえジョルノがそういう話題をふってきても遮ってしまえば良い。
今日を乗り切ったら一先ずは安心できるのだから。

「ナマエ」

「なあに? ジョルノ」

「今日が何の日か……」

「ああー!! ごめんなさい! いつもの紅茶切らしていたんだった!」

ジョルノの口から飛び出しかけた言葉を遮るように声を上げてしまった。
咄嗟に嘘の言葉が続けられたのが救いだろうか。
だけど普段の私はこんなふうに声を荒らげたりしない。
その事でジョルノが怪訝に思わなければいいのだけど…。

おそるおそるジョルノを見る。
ジョルノは急に私が大声を出したことに驚き、眼を見開いていた。
パチリと私と視線が合うと我に返ったようでニコリと微笑んだ。

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

「え、ええ…でも…」

「ちょうど今日は別の味を楽しみたいと思っていたんです」

ジョルノの気遣いに少し罪悪感が浮かぶ。
ごめんなさい、ジョルノ。
本当はいつもの紅茶あるの。

「えっと、今日は何を飲む?」

「では…」

ジョルノがメニュー表を視線でなぞる。
そして一点に視線を留めた。

「チョコラータ・カルダを」

「…チョコラータ・カルダね。 わかったわ」

一瞬、反応が遅れてしまったけれど何とか持ち直す。
笑顔を浮かべることが出来るくらいには、まだ私の心には余裕が有るようだ。

「少し待っててね」

くるり。
ジョルノに背を向ける。
カップはこれにしようかしら。
お気に入りの綺麗な花柄。

「ねえ、ナマエ」

「んー?」

「好きです」

動きが止まった。
手に取った花柄のカップを落としそうになる。
背後から突き刺すようなジョルノの視線を感じていた。

「そう、私も好きよ。 チョコラータ・カルダ」

振り返らず告げる。
大丈夫、私はまだ誤魔化せる。

ジョルノの表情は見ないようにして、私はチョコラータ・カルダを作り出した。




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