jojo | ナノ


▼ 愛憎交じりに

私がまた幼い頃。
私のマンマが生きていた頃、物語を読んでもらったことがある。
それは人間になった人魚が最後に愛する人を殺すことが出来ずに泡になって消えるお話。
当時の私は人魚の選択が正しいと思っていた。
自分よりも愛する人を生かす事が正しいと。

でも今は違う。
全ての選択は損得で決めなければならない。
愛する人よりも自分。
私の場合は、愛する人よりも自分のボスの為の選択だ。
例え相手が愛する相手だろうと、ボスの妨げになるなら切り捨てなければならない。

だから私は、愛する人の命を奪う。


**

夜も更け、明かりの落ちた寝室。
ベッドでは、ただ一人の恋人が静かに寝息を立てている。
キッチンに隠しておいた鋭利なナイフを持ち、ベッド脇に立つ。

本当は銃器等の飛び道具を使いたいけれど、用心深いジョルノの目を盗んで用意するのが難しかった。
だから調理器具に紛れ込ませれるナイフを使うしかなかった。
きっと、刺した感覚は一生残り続けるだろう。

「……」

さようなら、愛しい人。
心の中で呟いて、ナイフを振り上げた。

「ッ!?」

そう、振り上げた。
しかし振り上げたはずのナイフは私の手の中から忽然と姿を消してしまった。
代わりに私の手の中にはナイフじゃなくて、一輪の花が握られている。

「なんで…」

「ナマエ」

私の声に誰かの声が被さった。
…いいえ、“誰か”なんかじゃあない。
この声は今の今まで私の前で寝息を立てていた人物の声だ。

「ジョルノ…」

ゆっくりとジョルノが体を起こす。
その動作とは反対に、私の手から花が緩やかに落ちていった。
ぱさ、と床に落ちた音が耳に届く。

「……やはり実行に移したか」

暫し沈黙していたジョルノがポツリと呟いた。
花が床に落ちた音も聞こえる程の静寂に包まれた室内ではハッキリと聞こえた。

「出来れば実行してほしくありませんでした」

ジョルノの眼が私を見る。
責められているという感覚はなかった。
もっと違う感情の視線だった。

「…気づいていたんでしょう? 私が暗殺者だって」

私が彼に“例え話”をした時に悟った。
彼は私の正体に気づいていると。
そして、私の属している組織を潰そうとしていると。
だからジョルノが行動を起こす前に彼を殺さなくてはならなかった。

「ええ、もう随分前から」

「あらそう、私の暗殺は失敗だわ。 早く始末したらいい」

武器もなければ私にはスタンド能力もない。
つまり抵抗する術など何一つ残ってやしない。
後は死を待つだけだった。
しかし、そんな私にジョルノは予想外の言葉を言い放った。

「しませんよ、そんなこと」

「…は?」

ゆっくりとジョルノの手が私の手を掴んだ。
私は全く動けなかった。
恐怖に身をすくませたかの様に動くことが出来ない。

「殺さずに拷問でもして組織の事を喋らせるのかしら? だとしても、それは無駄よ」

私がボスの利にならない事をするわけがない。
どんな事をされようとも決して口を割らない覚悟は出来ている。

「そんな事はしません」

「だったら……きゃッ!?」

突然、掴まれていた腕を引かれた。
そのままジョルノの胸へと倒れ、抱きしめられた。
決して離しはしないとでも言うかのような熱い抱擁。
互いの呼吸さえも聞こえてしまう程の距離に、こんな状況だというのに胸が高鳴った。

「貴女が僕に“例え話”をしてくれた時」

耳元で直に聞こえるジョルノの声が擽ったく身をよじる。
すると宥めるかの様にジョルノが私の髪を優しく撫で付け始めた。

「ついに組織じゃあなくて僕を選んでくれたんだと思った」

ジョルノの言葉にギクリと心臓が跳ねた。
ジョルノの言葉は事実だった。
あの時の私は組織よりジョルノを選ぼうとしていた。
真実をジョルノに打ち明けてしまうつもりだった。
あの時、ボスへの忠誠よりもジョルノを想う気持ちの方が強かった。

「余計なことなんか言わなければ良かった」

「え…?」

「あの時、貴女の問いに正直に答えなければ貴女は僕を選んでいたはずだ」

ジョルノの言葉に何も言えなかった。
否定しようにも、私はそれが事実だと知っている。
すぐに反論することは出来なかった。

無言を貫く私の様子を見て、ジョルノは「やっぱり」と言った。
その表情は悲しげなものだった。
あの時の自分の選択を心の底から悔いているようにも見えた。

「ナマエ」

ジョルノが私の名を呼ぶ。
その声には何も答えず、視線だけをジョルノに向けた。
ス、とジョルノの眼が細められる。
そして彼は言葉を続けた。

「本当は貴女の心が欲しかった」

その言葉と共に強く抱きしめられた。
抱き潰すつもりかと思う程、強い力で。

「でも…もう決して手に入れることは出来ないでしょう」

だからもう良いんです、と諦めの混じった声で言われた。
ジョルノの表情を見ようにも、こうも強く抱きしめられていては無理だった。

「ジョルノ…」

「ナマエ」

言葉が被った。
お互いが同じタイミングでお互いの名を呼んだ。
すると私が何か言うよりも早くジョルノが言葉を続けた。

「もしも貴女がこのまま僕と恋人という関係を続けてくれるのなら、僕からは君の組織に手出ししません」

「え…?」

唐突に言い放たれた言葉。
その言葉は、あまりにも理解しがたいものだった。
理解しようとしても上手く頭が回らなかった。

「しかし君が暗殺者としての使命を全うするのならば、それなりの代償を君の組織に払ってもらいます」

抱きしめる力が弱まる。
ゆっくりと顔を上げると、至極真剣な眼差しを私に向けるジョルノと視線が合った。
すぐにジョルノの言葉が冗談なんかではないと悟った。

これは一歩的な取引だ。
組織か自分の感情か、どちらかを選べと選択を迫られている。
どちらを選ぶかは彼は解りきっているのだろう。
だけど敢えて私に選ばせるのだ。
私の口から、その言葉を吐き出させるのだ。

酷い。
そう言おうとして止めた。
任務とは言え、ジョルノに近づき裏切ったのは私だ。
先に仕掛けたのは私の方だ。
そんな私が「酷い」と言う資格など無い。

「貴方の事、好きにならなきゃ良かった」

代わりに出てきたのは私の本音だった。
好きにならなきゃ良かった。
さっさと殺してしまえれば良かった。
今更過去を嘆いても仕方がないのだけれど、そう思わずにはいられなかった。
私の言葉にジョルノは曖昧に微笑んだだけだった。

「さあ、ナマエ。 選んでください」

急かしているのか、ジョルノが私の頬に手を滑らせる。
緊張にも似た感覚が心臓の鼓動を早まらせた。
本音を言えば全てを投げ出してしまいたかった。
組織も、ジョルノも、何もかも放り投げて一人きりで人生を再スタートさせたいと思ってしまった。
だけどそんな事は出来るはずもない。
するはずもない。
くだらない事を考えて時間を潰すのは止めよう。

「ジョルノ」

震えそうになる声で彼の名を呼ぶ。
するとジョルノは私の頬を撫でる手を止めた。
彼はゆっくりと、私の次の言葉を待った。

「貴方を選ぶわ、ジョルノ」

ああ、今度こそ声が震えてしまった。
何だか今にも泣きそうな声だ。
情けない程に弱々しく聞こえる声。
そんな私の情けない声なんて気にしていない様子で、ジョルノは優しく微笑んだ。

その笑顔には見覚えがあった。
私達が初めて出会ってから数ヶ月、ジョルノが私に想いを告げて、私がその想いに応えた時と同じ笑顔だ。

「僕を愛してくれますか?」

その言葉はジョルノが私に想いを告げて、私に返事を促した時に言った言葉だ。
まさかジョルノは最初から始めようとしているのだろうか。
もう一度、最初から私との関係をやり直すつもりなのだろうか。
そんなこと出来っこないのは聡明なジョルノには直ぐに解っただろうに。

「ねえ、ナマエ」

ジョルノと視線が絡む。
ジョルノに返事を急かされている。
答えなければ。
自分の為じゃあなく、ボスの為に。

「…当然よ、私も貴方を愛しているもの」

少し迷って、結局ジョルノの茶番に乗った。
私も何時かの愛の告白の返事を返した。
あの日と違うところを挙げるとすれば、あの時の私はジョルノをただの暗殺対象としか見ていなかった点だろう。

今は…どうなのだろうか。
愛しいけれど憎らしい。
愛憎が混じりあった感情を抱えている。

「ああ、感謝します。 僕だけの天使」

そう言って、ジョルノがキツく私を抱き締めた。
何故だかジョルノが泣いているように思えた。
確かめようにも抱き締められているから確かめられない。
私も、ジョルノの胸に顔を押し付け少しだけ泣いた。

この日、私達は嘘に塗れた誓いを交わした。




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