pkmn | ナノ


▼ 05

なんて状況だ、とペパーは絶望にも似た気持ちで扉を叩いた。
差出人不明の手紙で学校の用具室に呼び出されたと思ったらそこにはナマエが居て、互いに驚き固まっている間に扉は閉じられガチャリと鍵を掛けられたのだ。
何度扉を叩こうとドアノブを回そうと頑丈な造りの扉はその程度ではビクともせず、頼みの綱であるポケモン達は自室へと置いてきてしまっている。
ペパーは諦めて扉を背にして座り込んだ。
チラリと視線を前に向けると不安そうな顔をしたナマエと眼が合うが、しかしすぐに逸らされてしまったペパーは気まずさを誤魔化すように視線を床に落とした。

――皮肉にも、あの日以来ペパーとナマエが二人きりで顔を合わせたのは今日が初めてだった。
あの日、ナマエがペパーを拒絶して以来、ナマエは学校に来るようになったがペパーとの関わりを一切絶ってしまい、学年の違うアオイにも「ナマエと何かあったの?」と心配されたのは記憶に新しい。
その時ペパーは「ナマエに嫌われた」と、零してしまったのだ。

(まさかアオイの仕業か……?)

そうペパーが考えた時、ナマエの方から「くしゅん」と小さくくしゃみする音が聞こえた。
見るとナマエが少し肌寒そうに腕をさすっており、それを見たペパーは考えるよりも先に自分の上着を脱ぎ、ナマエの方へと近寄った。

「……着ろよ」

突然ペパーから上着を差し出され、ナマエは驚いたように眼を見開きながらペパーを見上げた。
しかしすぐにフイ、とペパーから視線を外すと小さく「大丈夫」と呟くように返した。
ナマエの素っ気無い態度に、上着を持つ手に無意識に力が入る。
好きな子に何度も素っ気に態度をとられるのは正直心を抉られる様で手を引っ込めてしまいたい衝動に駆られるが、それでもペパーは好きな女の子が寒さに震えている様を黙って見ていられなかった。

「良いから着てろって!」

一向に受け取る様子のないナマエに痺れを切らし、ペパーは上着をナマエの肩に掛けるとまた扉の方へ戻って行った。
上着といってもベストなのですぐに身体が温まることはないのだが、まだペパーの温もりが残るその上着を羽織っているとナマエの心臓は鼓動を速め、じんわりと体温が上がるのを感じた。

「……どうして」

ぽつり、と独り言を言うようにナマエが呟いた。
小さな声だったが静まり返った室内ではしっかりとペパーの耳までその声が届いた。
自分に言っているのか独り言なのか解らず、ペパーは黙ってナマエの言葉の続きを待った。

「どうして、優しくするの……?」

構わなくていいって言ったのに、と続けられた言葉は確かにペパーに向けられたものだった。
その問いの答えは考えるまでもない。
そんなの好きだからに決まってる。
そう答えたいのにまた拒絶されるのではと怖くなってペパーは口を噤んでしまった。

しかし――ふと、ペパーは考えた。
最初に拒絶したのは自分の方だ、と。
好きな子に告白されて嬉しかったはずなのに、意図せず冷たい態度を返して傷つけた。
だけど初めて一緒にお昼ご飯を食べた時、一緒に食べようと提案してくれたのはナマエだった。
あの時……ナマエはこんな気持ちだったのだろうか。
また拒絶されるんじゃないかと恐怖心を抱えていたのだろうか。
それなのにあの時のナマエは恐怖を乗り越えて歩み寄ってくれた。
そう考えた時、自然とペパーの口は動いていた。

「好きだから」

「……え?」

ナマエの視線が、漸くペパーへと向けられた。
驚きと困惑に彩られたその眼を、ペパーは真っ直ぐ見つめ返す。
ついに言ってしまったとペパーは緊張と不安から強く手を握った。
心臓がバクバクと強く脈打ち、じわりと汗が滲んでくる。
暫しの沈黙の後、ナマエが口を開いた。

「……アオイちゃんのことが?」

「は? なんでアオイ……?」

「え?」

「えっ」

再び二人の間に沈黙が流れる。
多分、おそらく、何かが噛み合っていないのだと、この瞬間にお互い理解した。

「アオイちゃんの友達だから、私に優しくしてたんじゃないの……?」

「なんでそうなるんだよ!?」

「だっ、だって……」

自分の言葉に強めのツッコミを入れてくるペパーに気圧され、ナマエは言葉を詰まらせた。
頭の中で情報処理が追いつかず、ナマエの思考はショート寸前だった。
アオイはペパーの恩人で、だからアオイの友人である自分にペパーは優しく接してくれて、でもペパー曰く優しくしてくれるのは好きだから……。

(なにを、好きだから……?)

ナマエがこんがらがる思考を整理していると、不意に影が差した。
見るといつの間にか扉の前にいたペパーがナマエの前に立って、まっすぐナマエを見下ろしていた。
どこか真剣な眼差しを向けてくるペパーから、ナマエは視線を逸らす事が出来なかった。

「オレ……ナマエが告白してくれた時、本当はすげえ嬉しかった」

「え……?」

「あの時、なんでこんなオレを好きになってくれたんだって……本当はそう訊きたかったんだ」

ペパーの言葉にナマエは微かに眼を見開いた。
この言葉が嘘か真か、それはナマエには到底判断できない。
しかしペパーの表情を見ていると、ナマエはペパーの言葉を信じたくなった。
ペパーから視線を逸らす事なく、ナマエはゆっくりと口を開いた。

「……入学したての頃、家庭科の授業でペパーくんと同じ班だったんだ」

覚えてる?とナマエが訊くと、ペパーは少し考えた後に申し訳なさそうに小さく首を横に振った。
しかしナマエは気にする様子もなく「それでね」と言葉を続けた。

「私、不器用だから調理実習の時、皆みたいに上手く出来なくて……その時、ペパーくんがお手本を見せてくれたの」

ナマエの話しを聞いて、ペパーの脳裏に薄れ掛けていた記憶がぼんやりと蘇ってきた。
確かに、そんな事があったと思う。
同じ班の女子がやけに手際が悪くてつい口を出してしまったのだ。
ペパーのアドバイスをその女子は熱心に聞き、上手く出来ると嬉しそうに「ありがとう!」と言っていたのを思い出す。
そうか、あれはナマエだったのか。

「それから、なんだかペパーくんが気になってたまに眼で追うようになったの」

見ていたら色々なことが知れた。
ペパーくんは他の人に対してどこか壁を造っているように感じるけど、決して意地悪じゃない、優しい人。
彼がマフィティフに向ける優しい眼差しも知っている。
あまり勉強は好きじゃないのか、家庭科以外の授業は少し面倒くさそうに受けている事も知っている。
何かひとつ知るたびに、どんどんペパーくんから眼が離せなくなって、気がついたら好きになっていた。

「……だから、何で好きになったのって訊かれても実は私もハッキリ答えられないんだ」

そう言いながらナマエは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
明確な答えが見つからない事を申し訳なく思っているのだろうが、ペパーはそんなこと気にする余裕もなかった。
ドキドキと心臓が強く脈打ち、今すぐにでもナマエを抱き締めてしまいたいという強い衝動に駆られるのをグッと堪えていると、ナマエが更に言葉を続けた。

「ペパーくんは……どうして私を好きになったの?」

ペパーがナマエに問うた内容と全く同じことをナマエに問い返された。
言うのは正直恥ずかしいが、ナマエが答えてくれたのだからペパーが答えないわけにもいかない。
気恥ずかしそうにフイとナマエから視線を逸らすと、ペパーはポツリポツリと話し出した。

「……一目惚れなんだ」

あの瞬間まで、ペパーは一目惚れというものを経験した事がなかった。
そもそも人を好きになるにはその人物がどのような人柄かを知らなければ好きになりようがないだろう、というのがペパーの考えだった。

――しかしあの日、ペパーは生まれて初めて一目惚れというものを経験した。

入学して何ヶ月かが経った頃、授業が始まる前の校庭でイーブイと戯れている女生徒がいた。
朝から人間もポケモンも元気いっぱいちゃんだな、と何気なくペパーが女生徒に視線を向けた時、ペパーは思わず足を止めてしまった。
彼女の表情は一目見ただけでイーブイの事が好きなんだと解るほどに愛情に満ちた顔をしており、その顔があまりに綺麗でペパーはつい見惚れてしまったのだ。
どこか熱に浮かされたような思考のまま、ペパーはぼんやりと考えた。
もしも――彼女があの顔を向ける相手が自分だったら、と。
そういう考えが頭に浮かんだ瞬間、ペパーの心臓が強く脈打った。
ドッドッ、と強く速く脈打つ鼓動を抑えるようにペパーは無意識のうちに胸を押さえた。

しかしあまりに凝視し過ぎたせいだろうか、女生徒はペパーの視線に気づくと見られていたのが恥ずかしかったのか慌てた様子でイーブイを抱えて校舎の方に走って行ってしまった。
彼女の姿が見えなくなってもペパーの心臓は落ち着きを取り戻す事がなく、ペパーは夢見心地な気分のまま暫くその場に立ち尽くしていた。

その後、あの女生徒が同じクラスだと知ったペパーは意識して彼女の事を眼で追うようになった。
まずは名前を知り、苦手な科目を知り、好きな食べ物を知った。
決して交友関係が広いわけではないが、穏やかで優しい彼女の周りにはいつも人がいた。
きっとペパーが声をかけても彼女は優しく応えてくれただろう。

「だけど話しかける勇気がなくて、ずっと見てるだけだった」

「……変なの」

ナマエが眉を下げて困ったように笑った。
その言葉はペパーに向けて言ったものではなく、自分達のこの状況について言ったのだ。
好きになった時期も近く、両想いだったと言うのに互いに話しかける勇気を持たず、無意味にすれ違っていたなんて。

「なんだか、凄く遠回りしてたんだね」

「……わるい」

ナマエの言葉にペパーはシュン、と肩を落とした。

「傷つけて、本当にごめん……」

そもそも自分が余計な事を言わずにナマエの告白を素直に受けていればこんな事にはならなかったはずだ。
ナマエを傷つける事も、不安にさせる事もきっとなかった。
そう思うとペパーは後悔せずにはいられなかった。

「ペパーくん」

そんなペパーの手をナマエは優しく握った。
仄かに温かい体温に包まれているとまるで全てが許されるような、そんな感覚をペパーは覚えた。

「好きです、ペパーくん」

「えっ……」

ナマエの言葉にペパーが顔を上げると、ナマエと視線が交わった。
ナマエは――微笑んでいた。
その笑顔はペパーが恋焦がれていたあの愛情に満ちた笑顔だった。

「……オレも」

声が震える。
まるで夢のようだとペパーは思った。
やり直す機会が与えられ、この笑顔に見つめられる先に自分が居るなんて。
しかしこれが夢ではなく現実であると理解している。
今にも泣き出してしまいそうになりながら、震える声でペパーは続けた。

「オレも、ナマエが好きだ」

――瞬間、ガタンと物音が鳴った。
それは扉の方から聞こえ、ペパーとナマエはビクリと身体を震わせてほぼ同時に扉の方へと振り向いた。

「げっ」

「あっ」

「え、えへ」

いつの間にか扉が少しだけ開いており、その隙間からアオイとネモとボタンの三人が仲良く顔を覗かせていた。
気まずそうな表情の三人にペパーとナマエは上手く状況が飲み込めず、顔を真っ赤にさせて互いを見ることしか出来なかった。

――アオイからペパーとナマエを部屋に閉じ込めたと知らされたネモとボタンは、アオイにしっかり説教をしてから用具室まで来たものの、中から薄っすらと聞こえた会話から扉を開けるのが躊躇われたため様子を伺っていたらしい。
しかし二人を閉じ込めた張本人であるアオイが鍵を開けてコッソリ中を覗き込んでしまったのだ。
止めようとしたがネモとボタンも年相応に恋バナだとか色恋沙汰に関心があるお年頃。
アオイと一緒になって野次馬をしてしまった、というのが事の次第だ。

「仲直りできて良かったねえ」

ニコニコ暢気に笑っているアオイだが、ネモとボタンに叱られた時に掛けられたのか、彼女の首からは悪戯したニャースよろしく「私がやりました」という反省文が下げられていた。
その光景が何だか面白く、恥ずかしさなどがどこかに吹き飛んでしまったのかナマエは小さく笑いながら「うん」と頷くのだった。



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