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▼ 03

先日ランチを共にしてからと言うもの、ペパーとナマエの関係は眼に見えて変わった。
教室で顔を合わせれば笑顔で挨拶を交わしては世間話に興じ、互いに時間が合えば二人でランチを食べることも増えたいった。

「最近ペパーとナマエって仲良しだね!」

勿論二人の距離が近づいたことは学年の違う友人達も気づいており、アオイがニコニコと満面の笑みで言うほどであった。

現在、ナマエはアオイにネモとボタンの三人と共にペパーの補習が終わるのを待っていた。
待っている間に女子だけでお喋りを楽しんでいると、不意にアオイが先程の言葉を言い放ったのだ。
そこに揶揄いだとか意地悪だとか暗い雰囲気は一切無く、ただ友達同士の仲が良くて嬉しいといった純粋な感情しかなかった。
だからこそナマエは何だか気恥ずかしくなり、小さく「そうかな」と呟くようにしか言葉を返す事しか出来ずにいた。

「確かに! まさかペパーとばっかりバトルしてたりする!?」

「ずるーい!」と声をあげるネモに、ボタンが「バトルだけとは限らんでしょ」と意味ありげに笑みを浮かべた。
三者三様の反応にナマエは顔を赤くして俯いた。
ペパーと仲良くなれたという自覚は、ある。
だけどそれを第三者に指摘されるとなんだかむず痒い気持ちが溢れて、なんと答えれば良いのか解らないのだ。

「そ、そういえば……三人はどうやってペパーくんと知り合ったの?」

何とか話題を変えようと苦し紛れに出した話題も結局ペパーの話となってしまったが、どうにか三人の関心をずらす事に成功したようだ。

「学校で見かけてバトルしようって声かけたなー」

断られたけど、と明るく笑うネモにつられてナマエも笑みを浮かべた。

「ウチはアオイに恩返しする時に会った」

ネモともそこで初めて喋ったな、と話すボタンはどこか懐かしそうに顔を綻ばせた。

「私は……」

話し始めたアオイの馴れ初めに、ナマエは聞かなければ良かったと後悔する事になる。

はた、と気づいた時、ナマエは寮の自室のベッドの上にいた。
アオイ達と会話したことは覚えている。
そしてペパーの補修が終わり、四人と共にカフェに行ったことも覚えている。
だけどどんな会話をしたのか、どうやって帰ってきたのか全く覚えておらず、記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているようだった。

――覚えているのは、アオイの話だけだった。
ペパーとアオイの出会いと、そしてその後の話。
アオイはペパーとマフィティフを救ったヒーローだったのだ。
ペパーにとってアオイはきっと誰よりも特別な存在で、その関係を崩せる者などいないだろう。
そこまで考えて、ナマエはある事に気がついた。

「ああ、そっか……」

ペパーが自分に友好的になったのはアオイの友人だったからだ、と。

そう考えればしっくりきてしまった。
アオイの、恩人の友人だから無碍にする事なく友好的に接してくれたのだと考えると、ナマエが告白した時と今とでペパーの態度がまるっきり違うことも説明がつく。
それを理解すると同時にナマエの眼から涙が零れ落ちてきた。
ペパーに申し訳なくて泣いているのか、仲良くなれたと勘違いしていた自分を恥じて泣いているのかナマエには解らない。
胸の奥を強く掴まれるような深い悲しみに囚われて、ナマエはただ涙を流し続けた。

――次の日、ナマエは教室に行くことが出来なかった。
その次の日も、さらに次の日も、ナマエは自室の扉を開けることが出来なかった。
教室に行こうという意思は確かにある。
筆記用具と教科書を鞄に入れ、身支度を整え、さあ行こうと扉のノブを掴むと途端に足が震えて部屋から出られなくなるのだ。

三日も欠席が続けば心配した仲の良いクラスメイトや、クラスの違うアオイ達まで体調を気遣う内容のメッセージを送ってきてくれた。
そしてメッセージを送ってきた者の中にはペパーもいた。

“どうした? 体調悪いちゃんか?”

文面からも以前のような刺々しさは一切感じられず、本当に仲良くなれたんだなと三日前のナマエなら素直に喜べただろう。
だけど今のナマエでは純粋に喜ぶことが出来ず、むしろ胸が痛んだ。
返信しようか悩んだ末、結局ナマエは返信せずにスマホロトムを机の上に置き、そのままフラフラとした足取りでベッドの上に倒れ込んだ。

――どれくらい時間が経っただろうか。
いつの間にかナマエは眠っていたらしく、ぼんやりと浮上する意識の中、誰かの声と扉を叩く音が聞こえることに気づいた。
どこか切羽詰まったかのように何度も扉を叩く来訪者に、ナマエは何事だろうと重い足取りで扉へと向かい、ゆっくりと扉を開けた。

「ナマエ……!!」

来訪者は、ペパーだった。
今一番会いたくなかった相手の突然の来訪にナマエは眼を見開き、石のように硬直した。

ペパーは息を切らして額から汗を流しており、ナマエの姿を確認すると安堵したのかその場にしゃがみ込んでしまった。
三日も学校を休み、送信したメッセージはいつまで経っても返信がなく、アオイ達も何も知らないと言うものだからまさか部屋で倒れているのではと思い、居ても立ってもいられず走ってきたのだ。

「マジで……焦った」

そう言いながら安堵の笑みを浮かべるペパーを見ていると、まるで本当に自分を心配してくれたのかと勘違いしてしまいそうで、ナマエは無意識に自身の手の甲を強く抓った。
爪が食い込み、皮膚が破け、血が滲みそうになってもナマエは力を弱めることはなかった。
痛みを感じていないと心がグチャグチャになってしまうような気がしたのだ。

「ナマエ……?」

不意にペパーはナマエが一言も話していないことに気付いた。
やっぱり体調が悪いのかとペパーが顔を見上げてナマエに視線を向けたその時、思わず息を呑んだ。

ナマエは、今にも泣きそうな表情をしていた。
その表情には覚えがあった。
忘れもしない、ナマエが想いを告げてくれた時に自身が冷たく突き放した、あの瞬間の顔だ。

「あ……」

「もう、いいよ」

ペパーが何か言うより先にナマエが口を開き、言葉を吐いた。
泣きそうな表情は変わらないのに一切淀みのないその声はハッキリとペパーの耳に届いた。
もういい、とは一体なんなのかとペパーが考えると同時にナマエは更に言葉を続けた。

「もう、私に構わなくていいよ……今までごめんね」

そこまで言われて、ペパーは漸く自分がナマエに拒絶されたのだと解った。
しかし理解した時には既に遅く、ナマエを引き止めようと立ち上がって手を伸ばしかけたところでバタンと扉が閉じられてしまい、ペパーの手は行き場をなくした。

「なんで……」

ポツリと呟いた言葉は誰の耳に届くわけもなく虚しく消えていった。
まるでナマエがペパーに告白した日の再来のようだった。
違う点を挙げるとすれば今回拒絶されたのはペパーの方だというところだ。

何がいけなかったのかと考えたところでペパーは一向に答えに辿り着けなかった。
仲良くなれたと思っていたのは自分だけだったのか、そもそもナマエを傷つけた自分が彼女と仲良くなれたと思い上がったのが間違いだったのだろうか。
ナマエは……どうして謝ったのだろうか。

何も解らないままペパーはただその場に立ち尽くすのだった。



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